127.ちらつく過去の妹の顔
月野瀬神社のふもと集落の外れの方にある集会所は、横に広く1階建ての瓦葺きの建物である。
一見すると年季の入った平屋の日本家屋のようにも見え、入り口に掲げられた『月野瀬集会所』という看板がなければ、月野瀬の住人以外は普通の住宅と間違えることだろう。
外見通り玄関を上がると奥まで見通せる廊下があり、左手にはところどころ襖が開け放たれた和室の大部屋が2つ、右手には納戸とトイレ、給湯室があり、その構造も一軒家じみたものだ。
ちなみに納戸には机や座布団の予備の他、囲碁や将棋のセットも充実しており、6畳ほどある給湯室はやたらと火の周りが充実したキッチンになっている。
娯楽に乏しい月野瀬では、何かにつけて頻繁に集まっては宴会が行われていた。
今回は夏祭りの打ち合わせという体だが、他にも消防団の集まりだとか避難訓練でどうだとかで、色々集まるダシにされている。
隼人も中学に上がった頃から集まりに呼ばれては、お小遣いを貰ってツマミを作ってきた。
既に20人ほどの男性陣が集まっており、まずは軽くつまめるものをと用意していく。慣れたものである。
ちらりと大部屋に視線をやれば、既にいくつかビールの空き瓶が転がっており、すっかり出来上がった様子だ。
そして話の肴はといえば、やはりというべきか春希だった。
「はい、枝豆ととうもろこし、茹で上がりましたよ~っと。それからビールのお代わりの人は……」
「おぅ、ここだここ! いやぁ、それにしても沙紀ちゃんから話は聞いてたけど本当変わったなー! 最初は誰かと思ったよ!」
「昔はアリの巣を水浸しにして喜んでたりしてたってのにな!」
「あぜ道の雑草を結んでは罠をしかけたりもな!」
「柵の上を歩いて壊したこともあったっけか!」
「も、もぅ、意地悪言わないでください! そんな人にはビールはあげません!」
がっはっはと源じいさんたちに笑われながら昔との違いを弄られれば、つーんとばかりに差し出そうとしたビールを引っ込め、ぷいっとばかりに顔を逸らす。
それは困るとばかりに兼八さんが情けない声を上げながらビールへ手を伸ばすも、ぴしゃりと春希にその手を叩かれる。笑いが起こる。
昔馴染みの月野瀬の住人たちは、ただでさえ皺の多い顔をくしゃくしゃにしながら豪快に笑う。お酒が入っているということもあるだろう。
「まぁでもそう言われるのも無理ないって。昔のはるちゃんって男の子みたい、というかあたし男の子だと思ってたし。うちに来るとよく虫捕りに誘ってたよね? 女の子相手に虫捕りだよ?」
「がっはっは、そういやセミ100人斬りだーって言って虫かごいっぱいになるまで集めてたっけ!」
「カブトやクワガタの罠もよく仕掛けてたな!」
「ひ、ひめちゃんまで~っ!」
隼人はそんな様子を、給湯室で手を動かし眉間に皺を作りながら見ていた。
姫子のツッコミというかフォローもあって、
それはかつての子供時代のことまで計算に入れた、見事な
今日の楚々とした白のワンピース姿は、この田舎では珍しい大和撫子然としたものであり、そんな春希にお酌をされるのを嫌がる人はいない。
悪くない雰囲気だった。
ちゃんと
それが必要なのも頭では理解している。
しかしどうしても隼人の胸には釈然としないものがあり、苛立ちからか思わず手元が狂い、トマトをいびつに切ってしまう。それを見て更に眉を顰めた。
「あ、あのっ! お兄さんその、これ、猪の……い、一応日本酒に漬けて、臭みは……」
「っ! と、村尾さん。ありがとう、下処理もしてくれたのか。その辺に置いといてくれ」
「は、はいっ」
そこへ薄切りにされたイノシシ肉を持った沙紀が現れた。隼人も意識を切り替える。
緊張しているのかカチコチとぎこちない動きで、調理台の上に肉を置く。
最近グルチャではよく話すようになったものの、やはり面と向かえば今までと同じようになってしまうらしい。
沙紀と目が合えば、お互い何とも言えないぎこちない苦笑いを浮かべた。
「はぁぁぁ~……あ、隼人、お肉早くもってきてだってさ」
「っ、春希……リクエストのあったピリ辛厚揚げ肉巻き、今からなんだ。ツマミが足りないってんなら、そこにある切ったトマトときゅうりでも出しといてくれ」
「おけー。あ、回収した空き瓶はどうしよう?」
「あ、あのぅ、私の方で処分しますので、適当にその辺に置いといてください」
「あ、うん。お願いね、沙紀ちゃん」
「は、はいっ!」
沙紀は春希から空き瓶を受け取ると、そそくさと隣の駄菓子屋にある瓶ケースへと持って行く。
それを見送った春希は、ぐぐーっと両手を上げて伸びをして肩をこきりと鳴らす。
隼人はより眉間の皺を険しくしながら、そっぽを向きつつぼそりと呟く。
「……その、窮屈じゃないか?」
「あはは、否定はしないかな?」
「…………」
「ったく、隼人は過保護なんだから」
そう言って春希はまかせてよと言わんばかりに力こぶをつくり、ポンと叩く。
そして大皿に盛られていた冷やしトマトともろきゅうを運んでいく。
猫を被り直した後ろ姿を見送った隼人は、大きく頭かぶりを振ってリクエストの調理に取り掛かった。
程よい大きさにカットした厚揚げに塩胡椒と片栗粉を薄くまぶし、みじん切りにしたネギを乗せてくるくると臭みを抜いた猪の薄切り肉で巻いていく。
それらを油を引いて熱したフライパンで焼き色を付け、醤油、みりん、砂糖、おろした生姜とニンニク、そして豆板醤で作ったタレを加えとろみが付くまで加熱する。
最後にくるくると大葉で巻いて白ごまを振るのが隼人のこだわりだ。
よし、とばかりにその出来栄えに満足していると、恐る恐るおさげを揺らしながらこちらを窺う沙紀の姿に気付く。
その視線は隼人の顔とピリ辛厚揚げ肉巻きの盛り付けられた大皿を行き交い、しかしその表情はどうしたものかとぎこちない。
手伝いを申し出ようとしてくれているのはわかるのだが、隼人も困った顔になってしまう。
今まで沙紀は、こういう場にあまり顔を出さなかった。
出しても精々、家の人に頼まれて駄菓子屋の方から飲み物なり追加の食材を運ぶ程度で、隼人と顔を会わせても会釈する程度である。だから隼人もどうしていいかわからない。
しかし、と思い直す。
沙紀と姫子は仲の良い親友だ。それこそ、かつてのはやと・・・とはるき・・・のように。
ふと、かつての別れを思い出す。突然のことだった。
あの時はひたすら空虚な思いを感じ、何をするにも虚しくて、ただ流されるだけの毎日を送っていたのを覚えている。
(あぁ、そうか……)
きっと沙紀も、あの寂しさを味わったに違いない。
当たり前のようだった日々が崩れ、心が弱っているのだ。かつての自分のように。
ここ最近のグルチャを作りたいと言ってきたり、こうして手伝いをしようとする気持ちが痛いほどに分かる。
そう思うと、隼人はどんどんと沙紀のことが他人事だと思えなくなっていく。
こほん、と咳ばらいを1つ。
「村尾さん、運ぶの手伝ってくれる?」
「っ! はいっ!」
すると、沙紀の顔がみるみる喜色に変わっていけば、隼人も釣られて笑顔になる。
そしてとてとてと近くにまでやってくれば、どうしてか自然と沙紀の頭へと手が伸びた。
「ふぇっ!?」
「っ! と、ごめん!」
「い、いえ、別にその……っ」
「その姫子が……あーいやなんでもない」
無意識の行動だった。
くしゃりと頭を撫でられた沙紀はビックリして、顔だけでなく耳や首筋まで赤く染め上げている。
隼人は撫でた手を見つめれば、どうしてか
だから曖昧に誤魔化すように、笑みを作る。
「行こうか」
沙紀は隼人の呼びかけに、こくりとだけ頷いた。
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