126.ガキが小難しく考えるんじゃねぇ!


 太陽は随分と西側へと傾き柔らかくなった陽射しの中、隼人は自転車を押しながら、都会と違って狭く傾斜のきつい坂道を下る。

 流通組合や郵便局などがある街道沿いの月野瀬の中心部まで戻ってくれば、前方からやって来た軽トラにプァとクラクションを鳴らされた。


「おーい、いたいた。霧島の坊~っ!」

「源じいさん?」


 運転席から顔を出し手を上げているのは、顔なじみの老人だった。

 1人暮らしの源じいさんとは、収穫や草刈りなど畑仕事をよく手伝って小遣いをもらっていた間柄だ。

 どうやら隼人に用があるらしい。自転車を押す足を止める。


「ちょっとまた頼みがあってなー」

「何ですかねー?」

「今夜祭りの打ち合わせがてら宴会でなー、また色々と作ってくれんか?」

「あーいいですよ。姫子に声を掛けてからいつもの場所に向かいます」

「いや、そっちはもう拾ってきた」

「へ?」


 源じいさんが顎で荷台の方に顎をしゃくれば、そこから顔を出した春希が、積み荷のトウモロコシを片手に恥ずかしそうな顔で振っている。

 状況が一瞬、理解できなかった。

 源じいさんの畑で採れた野菜と思われる。他にも宴会で使うと思われる野菜が載せられており、その監視という名目なのだろう。それはわかる。

 困惑する隼人をよそに、源じいさんは豪快に笑いだす。


「あっはっは、いやぁ驚いた! うちの羊に靴下を履かせて喜んでたような悪ガキの片割れが、えれぇ別嬪さんになってるじゃねぇか!」

「ええっとそれはその、子供の頃の話ですから……」

「そう、昔! 捕まえた虫や蛇の抜け殻を見せに来たり、変な野草拾い食いして腹壊していたりしてたってのに、こんなに大人しくいじらしくなっちまってまぁ、人は変わるもんだなーっ!」

「も、もぅ! 源じいさんったら……っ!」


 どうやら春希の変化に驚きつつも面白がっているようだ。

 源じいさんの視線を受けた春希は肩を縮こませ、口元に手を当て目を逸らす。

 かつての悪童じみた姿からは想像もつかない、奥ゆかしく恥じらう楚々とした乙女の姿だった。源じいさんも思わず目を大きく見開き、揶揄って悪いとばかりにコホンと咳払い。

 それは学校などで見る猫かぶりのそれを、今日はことさらに輪をかけたものだった。

 春希と目が合えば、困った笑みを返されるのみ。

 隼人が眉間に皺を寄せていると、春希の後ろの方から不満気の声が聞こえてくる。


「源さんはやーい! あたしたち、自転車なんだからねーっ!」

「ふぅーっ、ふぅーっ!」

「あっはっは、これは悪かった、姫子ちゃん、沙紀ちゃん!」


 自分の自転車を必死に漕いでいる姫子と沙紀だった。

 沙紀はといえば、少しばかり息を上げてしまっている。

 それを目にした春希は申し訳なさそうな顔で軽トラの荷台から降りた。


「源さん、隼人くん・・とも合流できましたし、私はここで降りますね、ありがとうございます、先に野菜とか運んでおいてください」

「おぅそうか、若者同士の方がいいかもだな! ったく、霧島の坊も隅に置けんな!」


 すると沙紀の姿にも気付いた源じいさんは、良い笑顔を作って隼人に親指を立ててる。

 隼人が困惑しているのをよそめに、こほんと咳払い。そして改まって春希に向き直る。少し恥ずかしそうに、奥歯にものが挟まったかのようにしている。


「えーとそのだな、二階堂さんとこが急にいなくなったのはびっくりしたけど、色々あったのはオレらよかもっと上の世代だし、あーその、なんていうかだな」

「源じいさん……?」

「その、沙紀ちゃんも色々気にしてたみたいだし、ええい、おかえり、だ、おかえり! ガキが色々小難しく考えるんじゃねえ! じゃあ先に行っとくからな!」


 そう言って矢継ぎ早に言葉を紡ぐと、ちょぴり顔を赤らめながら軽トラを急発進させ、あっという間に去って行く。

 どうやら気にするなと言いたいらしい。


 春希を見れば目をぱちくりとさせており、そして視線が合えば、あははと笑みを返された。


「源じいさん、相変わらずだね」

「俺も色々世話になってる」

「案外、考えすぎだったのかも」

「……そうかもな」


 なんだか少し、拍子抜けだった。

 そこで春希はぐぐーっと大きな伸びを1つ。そしてふぅっと、いかにも疲れましたといわんばかりのため息を零し、肩も落とす。


「……まぁでも何ていうかさ、子供の頃を知られてるのってやり辛いや」

「そりゃあはるちゃん、昔はおにぃと一緒に悪戯ばっかしてたもんね、しょうがないよ」

「ええっとその、当時の春希さんは少々わんぱく? おてんば? だったといいますか……」

「ぐぬぬ、かつてのボクが居たらしかりつけてやりたい……」

「え、はるちゃんの本性、昔とあまり変わってなくない?」

「ひ、ひめちゃん!?」

「あ、あはは……」


 自転車を降りた姫子と沙紀が、春希の肩をぽんぽんと叩く。

 けらけらと笑う姫子と、おろおろとする沙紀が対照的だ。


 どうやら春希は月野瀬に着いて以来、ずっとこの調子らしい。

 きっと沙紀の家でも同じようなやりとりがあったのだろう。

 確かに人当たりの良い大和撫子然とした春希の猫かぶりお嬢様モードは、田舎での物珍しさとかつてのギャップも相まって、ウケ・・もいいだろう。


 現に今しがた目にした通り、反応も悪くない。

 だけどどうしてか、隼人の中にはうまく言えないもやもやしたものが渦巻いていた。


「……隼人?」

「っ! ど、どうした春希?」

「いやほら、源じいさんの言ってた宴会って集会所?」

「あぁ山のふもと神社の入り口の近く、村尾のばーちゃんの駄菓子屋の隣のところだ」

「あぁ思い出した! 村尾のおばあちゃんの……って、あれってもしかして沙紀ちゃんの?」

「ふぇっ!? え、えぇそうです。元々うちの神社が管理していた集会所だったんですけど、皆さんが集まって騒ぐことが多いので、御菓子や飲み物の置き場として始めたとか」

「あはは、そうだったんだ。どおりであそこ、あたりめとかさけとば、かいひもといった乾きものが充実してたんだね」


 そんな話をしながら集会所を目指す。

 日暮れまでにはまだもう少しだけ時間がある。

 だけどそこには、既に多くの軽トラや原付、自転車が並んでいるのが目に入る。

 隼人にとっては見慣れた光景だ。遠くからもがやがやといった笑い声が聞こえ、どうやら一足早く出来上がっているらしい。


 きっと、いつものように多くの人が集まっているだろう。そう思った時、隼人の手が反射的に動いた。


「春希」

「うん? 隼人?」

「え……あーいや」


 気付いたら春希の腕を掴んでいた。

 突発的な行動だった。どうしてかだなんて、隼人自身も理由もよくわかっていない。

 ただ確かなのは、あそこに行くと二階堂春希・・・・・になる。そのことが、隼人の眉間に皺を作らせていた。


 そんな隼人の顔を見た春希は苦笑を零し、にこりと、しかし嫋やかに仮面《猫》を被って微笑む。


大丈夫ですよ・・・・・・隼人くん・・・・

「…………そうか」


 隼人は曖昧に言葉を返し、そしてがりがりと頭を掻くのだった。

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