124.女3人寄れば


 霧島家は月野瀬では一般的だけれども、都会基準で考えると随分と大きな木造平屋の一戸建てである。実際、床面積なら都会のマンションの倍以上を誇る。

 しかしそれでも4人で手分けをすれば、小一時間もあれば粗方掃除も片が付く。


「これでよし、と」


 隼人は庭先で布団のシーツを干し終え息を吐く。

 流れる額の汗を手の甲で拭いつつ締め切られた吐き出し窓からリビングに戻れば、クーラーの効いた部屋でぐてーっとソファーで溶ける姫子の姿が見えた。

 色んな意味で眉をひそめていると、キッチンから沙紀がお茶の入ったコップをお盆に乗せてやってくる。


「えっと持参したペットボトルでその、姫子ちゃんに聞いてコップ使わせてもらって……少しぬるいかもしれませんが……」

「あー沙紀ちゃんありがとー」

「姫子……村尾さん、色々とすまない」


 どうやら2人は先に掃除を終えたようで、沙紀がお茶を入れてくれたらしい。

 隼人はジト目で姫子を見るが、ソファーの上で溶けているのみ。

 困った顔の沙紀と目が合えば互いに苦笑いを零す。


「まぁ姫ちゃんですから」

「……ったく」


 隼人は沙紀からお茶を受け取り一気に呷る。多少ぬるいものの、汗ばんだ身体に喉から水分が行き渡っていくのは心地よい。ふぅ、と息が漏れる。


 そこでふと、春希の姿が無いことに気付く。

 先ほどまで姫子と一緒に姫子の部屋を掃除していたはずだ。一体どうしたことだろうか?


「姫子、春希はどうした?」

「んー、はるちゃん? そういや見ないね。そのへんどっかうろついてるんじゃない?」

「…………え?」


 ビクリと隼人の肩が跳ねる。なんだか嫌な予感がする。

 かつては春希もよく霧島家を訪れていた。当時と間取りはさほど変わっていない。

 そしてふと、嬉々として隼人の部屋を探検・・する春希の姿が脳裏に思い浮かぶ。


「まさかっ!」

「おにぃ……?」

「お、お兄さん……っ!?」


 隼人は慌てて、自室のある2階へと駆け出した。

 目指すは屋根裏をリフォームしてつくられた、姫子の部屋の隣だ。

 突然の行動に姫子と沙紀が目を丸くしているが、気にしている余裕はない。


「春希……ッ!?」

「……………………」


 その扉を勢いよく開け放つ。

 いくつか物が少なくなっているものの、都会に引っ越す前とさほど変わらない自分の部屋だ。 

 するとそこには、床で正座をする春希の姿があった。


 いかにも待ってましたという体勢だ。だがその顔は無表情だった。

 そしてこれ見よがしに春希の前にあるのは、長い銀髪の楚々とした美少女と抜けるような青空が描かれたトールケース。

 18という数字がよく目立つ、キラキラとしたシールが貼られている。……年頃の男子・・の部屋なら、こういうものの1つや2つくらいあってもおかしくない代物だ。


「……」

「……」


 真夏だというのに、ぞくりとするような空気だった。

 気まずい、なんてものじゃない。

 隼人の顔が引きつり背中に嫌な汗が流れる。


 春希はにこりとあからさまな作り笑顔を浮かべ、右手でとんとんと床を叩く。どうやら座れと言いたいらしい。


「えーあの、それはだな……」

「エニシノソラ、ですね」

「あっはい、エニシノソラです」

も拝見していた深夜アニメの原作となった――エロゲーですね」

「そ、その、こっちにいた頃の高校で好きな奴がいて、そいつにおしつけられたというか……」

「プレイしたと?」

「いや、ええっとだな……」

「とりあえず、座りましょうか」

「……………………はい」


 隼人は取り調べを受ける容疑者のような心境でその場に座った。どうしたわけか、自然と正座になった。

 そしてエロゲーを挟んで春希と向かい合う形になる。


 剣呑な空気が流れていた。

 屋根裏部屋をリフォームして作られただけあり天井が低いこともあって、息が詰まってしまいそうになる。


「…………で?」

「……で?」

「隼人くんは一体、どのキャラが好みだったのでしょう?」

「あ、あのその春希さん……っ!?」

「幼馴染の巫女さんに学校の先輩、クラスメイトのお嬢様、そしてパッケージにも描かれている実妹……どの子に一番お世話・・・になったんでしょうか?」

「ちょっ、何聞いちゃってんの!?」

「いいから!」

「言えるか、バカッ!」


 押し付けられた布教されたとはいえ、隼人も健全な男子高校生である。こういったものに興味がないわけではない。

 もちろんプレイしたし、原作としてアニメ化するほどの面白さである。全ルートをコンプリートしたし、何なら色んな意味でお気に入りのシーンがあったりもする。


 だがそれを春希に言えるはずがない。

 いくら気心の知れた幼馴染であるとはいえ、春希は女の子なのである。

 それも、隼人が可愛いと思ってしまう程の。


 今すぐこの場を逃げ出したかった。だがにこにこと笑う春希に威圧されて、それも出来そうにない。

 冷や汗が流れ、どうしたものかと視線を泳がせる。


 その時、どたどたと階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。


「おにぃ、はるちゃん、大きな声出して何かあったのー?」

「お兄さん、春希さん、どうしたんですか~?」

「…………ぁ」


 姫子と沙紀が部屋に顔を出し、そして表情が固まった。

 美少女が描かれ18という数字がよくわかるシールが貼られているトールケースを挟んで正座をしている隼人と春希を見れば、どういう状況なのかを察するのは容易いことである。

 隼人の顔はどこまでも青褪めていく。

 ジト目になった姫子が兄隼人を一瞥し、春希と頷きあう。


「はるちゃん、これはえっちであれなものですか?」

「はい、これはとてもえっちであれなものです」

「……あたしとしては理解ある妹として、おにぃも年頃なのでしょうがないことだと思います。ね、沙紀ちゃん?」

「ふぇっ!? そ、その……お兄さんもそういうこと、興味あったんですね……」

「いやそのこれは押し付けられたというか、その、勘弁してく――」

「しかし姫子さんに沙紀さん、この作品に出てくる――」

「春希ーーーーーっ!!」

「わぷっ!?」


 隼人は慌てて、何かを口走りそうになった春希の顔に、近くにあったクッションを押し付けた。反射的な行動だった。

 しかしそんな隼人を、いきなりのことで涙目になった春希がじろりと睨み、姫子は呆れてため息を吐き、沙紀はオロオロと見つめるばかり。完全に針のむしろである。


「お、俺、夕飯の買い出しに行ってくるから!」


 さすがに居た堪れなくなった隼人は、そんな言い訳を口にしながら立ち上がり、外へと駆け出すのだった。

 あとに残された春希と姫子と沙紀は、互いに顔を見合わせ、はぁ、と苦笑を零す。


 この場にもう用事はない。

 だがどうしたわけか、誰もこの場を動こうとしない。

 3人の視線はトールケースに注がれている。


「あーあ、逃げられちゃった」

「もぅ、はるちゃんが揶揄うからでしょ」

「あ、あまりやり過ぎるのは、その~……」


 そんなことを言いながらも、どこかそわそわした空気が漂っていた。

 彼女たちの瞳は好奇心に彩られている。


「……ところでこれ、どんな内容なのでしょうか?」

「さぁ? はるちゃん、これ有名なの? どんなのか知ってる?」

「ボクは原作とも違う感じになったっていうアニメで見ただけだから、さすがに内容は……」

「……」

「……」

「……」


 そして彼女たちは、どこか共犯者めいた表情で頷き合うのだった。

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