117.誰が為に


 朝から散々滑り倒した隼人たちは、姫子のくぅ、という可愛らしいお腹の音でお昼にすることになった。ちなみに、その腹の音を指摘した隼人に、姫子が拗ねる一幕も。

 軽食を提供しているフードコーナーの前には、パラソル付きのテーブルと椅子が並んでおり、思い思いの昼食を摂る客でごった返している。隼人たちもそのなかの1つだった。


「え、これ全部隼人くんが作ったのかい!?」

「おにぎりにから揚げにだし巻き、簡単別にそれほど驚くものじゃないだろ」

「ふふーん、隼人の料理は味も確かなんだからね!」

「まぁ、おにぃのレパートリーがちょっと偏ってるのはあるけれどね」


 驚く一輝に訝し気に答える隼人、そして何故か得意顔の春希に上から目線の姫子。

 彼らの目の前に広げられているのは、隼人が作ってきた弁当だった。


 目玉はカリカリの食感にこだわったから揚げである。

 鶏もも肉に、酒、醬油、みりん、ごま油、それに擦り下ろした生姜とニンニク、玉ねぎを入れて揉み解して寝かす。

 その少し濃い目に味付けした鶏もも肉を薄力粉、片栗粉、そしてパン粉の厚めの衣で最初は低温でじっくりと、そして次は高温でからりと二度揚げしたものだ。もちろん、味は月野瀬の酒呑みたちのお墨付きである。


「ん~~~、おいしっ! ちょっと食感がチキンカツに近いけど、でもから揚げだ!」

「う、衣が厚いせいか喉が渇いちゃう! おにぃ、お茶!」

「その隼人くん、本当に僕も食べていいのかい?」

「多めに作って来てるからな。その代わり後でかき氷おごれよ?」


 皆、和気藹々と弁当に手を伸ばし口に頬張る。しかし微動だにしない者もいた。伊織と伊佐美恵麻である。

 2人とも完全に茹でだこになっており、椅子に座る身体の向きも微妙にそっぽ向いている。だというのにそのくせ、ちらちらと相手の方に視線をやっては目が合い顔を逸らし、ぷしゅーっと頭から湯気を出す。


 ケルピーライドはこのカップルにとって刺激が強過ぎたようだった。

 見ている方も微笑ましく感じる一方で、先ほどと比べて会話も完全に無くなり悪化したように感じる様は、さすがに罪悪感を刺激してしまう。

 隼人と姫子は顔を見合わせ眉を八の字にし、春希は困った顔で小さく顔を左右に振る。一輝は肩を竦めるのみ。隼人はガリガリと頭を掻きながら、から揚げの入った容器を伊織と伊佐美恵麻に差し向けて言葉を紡ぐ。


「あーその、たくさん作って来たんだ。よかったら伊織と伊佐美さんもどうぞ……」

「お、おうっ、ええっとうん、悪ぃな、隼人」

「っ!? ちょ、ちょっと待って!」

「…………恵麻?」


 伊織が隼人のから揚げに手を伸ばそうとした時のことだった。

 弾かれたように焦った声を上げた伊佐美恵麻が、先ほどまでのカチコチ具合とは打って変わって機敏な動きで荷物からバスケットを取り出す。


「その、私も、お弁当……っ! いーちゃんがその、言ってたから、食べたいって……あの、いっぱいあるから、皆さんも一緒に、どうぞ……っ!」


 そこに敷き詰められていたのはサンドイッチだった。

 定番のたまご、ハムときゅうり、ツナとレタスに、ちょっと手の込んだチーズとアボカドに、トマトが主役のBLT、そしてデザート代わりなのかイチゴとカスタード、バナナとチョコクリームなんてものもある。種類も多く見た目にも華やかで彩り豊かだ。


「恵麻、本当に作ってくれたんだ……その、ヘマしなかったか、大丈夫か?」

「さ、サンドイッチならあまり火も使わないし、でもその、形が……」


 伊佐美恵麻が自信なさげに言う通り、残念かな形はどれも不揃いで、あまり慣れているとは言い難いのは一目瞭然だった。彼女は形の整っている隼人のおにぎりやだし巻きを見ては、不安そうな顔になってシュンと小さく縮こまってしまう。


 だが隼人は「へぇ」、と感嘆の声を上げた。どれもこれも手間が掛かっているというのが、見ただけで分かったからだ。

 形は悪いものの、断面から覗く具からは、丁寧に作られているのが見てとれる。すると、次は味が気になり自然と手が伸びる。


「それじゃ、俺も1つ――」

「おにぃっ!」

「――ッ!?」


 だがその伸ばし掛けた手も、ぴしゃりと姫子に叩かれる。

 面食らった隼人が姫子に目を向ければ、やけに険しい表情が返ってくるのみ。一輝も苦笑いを零し、春希でさえ呆れた視線をよこしてくる。


「おにぃ……そのお弁当さ、誰が誰のために作ってきたものなのかな?」

「…………あ」


 なら最初に手を付けるべきは誰なのかわからないかなー? そんな顔を3人から向けられている事に気付いた隼人は、ハッと我に返り、伸ばした手でガリガリと頭を掻く。

 そして春希が大きなため息を吐き、しみじみと言葉を零した。


「まったく隼人はいくつになっても乙女心がわからないんだから……」

「は、春希に言われたくねぇっ!?」

「さ、最近はボクもそうでもないもん!」

「やっぱり最近までは自分でもわからなかったのかよ!?」


「ぶふっ! んぐ……んんっ、けほ、けほっ……ふふっ……くふふふうふふあはははははははっ!!!」


「「一輝(海童)っ!?」」


 隼人と春希のやり取りに、一輝は食べかけのおにぎりに咽ながらも堪らないと噴き出した。その笑いの輪は呆れた苦笑を零す姫子、そして固くなっていた伊織と伊佐美恵麻に忍び笑いを零させるほどに広がっていく。


「「……」」


 今度は隼人と春希が微笑ましいものを見る目で見られる番だった。

 居た堪れなくなった隼人と春希は互いに顔を羞恥の色に染めながら、黙々とお昼を食べるのであった。

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