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115.プール
隼人たちがプールに行く日。その日は雲1つない快晴で、とても暑い日だった。
こうじえん。
そこが本日訪れたところだ。正確には国内有数の規模を誇るこうじえん遊園地に併設されている夏期のみ営業しているプールである。
子供用の浅いプールに3メートル以上もの足の着かない深いプール、流れるプール、波の出るプールといった様々な種類が揃っている。
そして幾多もの配管が施された工場のような、要塞のような巨大なウォータースライダーが目玉であり、それが隼人たちが駅から出た瞬間に目に飛び込んできて度肝を抜く。
「「すっご……っ!」」
月野瀬ではまずお目にかかれない巨大遊興施設である。
そんなものを目の当たりにすれば圧倒されるのは当然であり、隼人と姫子は呆けたように口を開け、しかしきらきらと期待に目を輝かす。
「おにぃ、あれ滑る! いっぱい滑る! 5種類あって、いっぱいで、全部制覇! 回る! ぐるぐる! いっぱい!」
「お、落ち着け姫子! 波のプールに逆行して泳いだり流れるところで浮き輪で流されたりするってのもあるんだぞ」
「わ、わわわ、わーっ、それもいい! どどどどどどうしようおにぃ! なにをどうすればいいかな!?」
「いっそのこと全てやればいいんじゃないかな!?」
「「っ!?!?!?!?」」
そんな霧島兄妹の間に、やけにテンションの高い春希が割って入る。
ちなみに、はしゃぐ隼人と姫子を見た一輝と伊織は互いに顔を見合わせ肩をすくめ、伊佐美恵麻は「……あの2人、本当に兄妹なのね」と呟いていた。
「有料だけど、ウォーターライド系のアトラクションもあるみたいだね! うんうん、これは別に泳げなくても十分に楽しめるんじゃないかな? かな!?」
どこか必死さをも感じさせる様相に、ふとその理由に思い至った隼人と姫子は、急に慈愛に満ちた表情に変わる。
「そうだな春希、これならカナヅチだなんて恥ずかしいことがバレずに楽しめるな」
「大丈夫だよはるちゃん、泳げないくらい。ちょっと深いところとか泳がなきゃな場所に行くとき仲間外れにされるくらいでさ。その、山育ちのあたし達でも泳げるけど……」
「は、恥ずっ!? 仲間外れ!? ぐ、ぐぬぬ……っ」
春希の顔が羞恥と悔しさに歪み、皆の口から笑いが零れる。
真夏の太陽が燦々と輝き、今日もとても暑くなりそうだった。
◇◇◇
早速とばかりにチケットを買って入場し、男女に分かれて更衣室に入る。やはり着替えの準備となれば男子より女子の方が時間がかかる。
こういう時、姫子に待たされることの多い隼人はいつも不満しかなかったが、今日は目に飛び込んでくる光景に胸を躍らせていた。
「はぁ、あらためて凄いな……っ!」
ため池どころかちょっとしたダムほどの規模の水場全てがレクリエーションのための施設なのである。自分たちと同じく若者たちが大勢訪れ水を満喫している。
彼らの楽しそうにしている空気に当てられ、隼人のテンションも更に上がっていく。
そこへ同じくテンションの上がっている伊織が、「へへっ」と声を弾ませながら肩を叩いてきた。
「凄いよな、隼人」
「そうだな、人もいっぱいだし、目を惹くものもいっぱいだ」
「あぁ! 小さいのも大きいのも色んなもので目移りしちゃうよな、ぐふふ……っ!」
「…………伊織?」
伊織の妙に熱を帯び、下卑た色の笑い声が聞こえてきた。どういうことかと隣を見れば、だらしなく頬を緩ませている。
隼人が首を捻れば、伊織は目線である場所を指し示す。
「あのグループとか色とりどりって感じで見ごたえあるよな」
「っ!?!?」
「いやぁ、いいね! 女子大生かな? なんかこう、同世代にはない色気というか大人の豊潤さというか……ぐふ、たまらんですなぁ」
「ちょ、おまっ!」
その行き着く先は胸だった。おっぱいだった。
一瞬にして頭に血が上ってしまった隼人は慌てて目を逸らすも、どこに視線をやっても眩しい肌色が目に飛び込んでくる。
当然ことながらプールなので、周囲はみな水着姿だ。薄い布切れ1枚だけだ。身体のラインもよくわかる。胸だけでなく、くびれや腰回り、お尻や太ももが惜しげもなく晒されている。頬に熱を持つのを自覚し、あたふたとしてしまう。
「おいおい隼人、その反応は彼女たちに失礼じゃないか?」
「いやいや失礼って、伊織、お前な……」
「なぁ、よく考えてみろよ。ここはプールだぞ? 観られるというのは当然分かっているはずで、それでもここに来ているってことは見られてもいい……いや、むしろ周囲に見せつけるために来ているんだッ!」
「な、なんだってっ!?」
隼人にいきなり、ガンと後頭部を殴られたかのような衝撃が走る。そしてちらりと周囲を見渡せば、なるほど、伊織の言うことにも一理あるなと思ってしまう。
水着姿の彼女たちの顔は、皆一様に自信に溢れていた。下着姿とほぼ変わらない布面積だというのに、恥ずかしがり委縮している者などいない。
おそらくはこの日のために身体を磨き上げてきたのだろう。春希や姫子が躍起になってダイエットしていたのを思い出す。
「僕はその、今日は友達と来ているから――隼人くん、伊織くん!」
「えー、いいじゃんいいじゃん、ならその友達も一緒にさ、ね?」
「ていうかキミの友達もどんなんか気になるー、ね、どんな感じ?」
「ちょ、おい、一輝!?」
そこへ、困った声の一輝がやってきた。
素早く隼人と伊織を盾にするかのように陣取るが、伊織はするりと抜け出しその場を去って、隼人だけが取り残される。後ろからは少し年上と思しき派手な女の子が2人。どうやら少し目を離した隙に逆ナンされていたらしい。
彼女たちを見てみる。なかなかに整った顔立ちとプロポーションだ。自分に自信もあるのか、堂々としている。伊織も思わず「ひゅう」と口笛を鳴らす。
ある意味、この入念な準備と心構えが必要とされるプールという場は、女の戦場なのだろう。彼女たちは正しく戦士であり狩人だった。
「へぇ、悪くないじゃん。キミたちいくつ? なかなか可愛い顔ね」
「わ、そっちの子もなかなかいい身体してんじゃん! あーし筋肉好きー!」
「っ!?」
だが隼人はこういった手合いが苦手だった。得物を見定めるかのような視線に、ムッと眉を寄せて恨めしそうに一輝を見る。
すると、ごめんとばかりにすまなそうな顔で片手を目の前に上げられれば、はぁ、とため息を1つ。どうしたものかとがりがりと頭を掻いた時のことだった。
「わ、わ、わ、見て見てはるちゃん、恵麻さん! 逆ナンですよ、逆ナン! わ、わ、本当にあるんだ!? ていうか一輝さん、本当にモテるんだ!?」
「「「「っ!!??」」」」
姫子だった。その背後にはムッとしているような、呆れているような春希と伊佐美恵麻の姿も見える。
プールで逆ナンというシチュエーションを目にしたためか、その声はいつもより興奮で大きく、指差ししながら周囲に喧伝している。正直ちょっとウザい。
「ど、どどどどどうするんですか、一輝さん!? 逆ナンされちゃうんですかお持ち帰りされちゃうんですかどっちが好みなんですかきゃーーーっ!!!」
「あ、あーその、友達と一緒のところを邪魔しちゃ悪いわね」
「そ、そうね、私たちはこれで、じゃ、じゃあね……っ」
「は、はは、姫子ちゃん……」
姫子、そして春希と伊佐美恵麻の姿を見た派手な女の子たちは、そそくさと、まるで逃げるようにこの場を去って行く。
だがそれも仕方が無いことと言えた。3人ともかなりレベルの高い美少女なのである。
スラリとした姫子はパステルカラーの胸元のフリルやリボンが特徴的なフリンジビキニがよく似合っている。自分の弱点を補うためのチョイスなのだろう。
伊佐美恵麻は部活で引き締まった健康的な身体を、黒のタンキニで身を包み、いつもより大人っぽく演出されている。伊織が見とれて言葉を失っているほどだ。
春希はといえば、シンプルなデザインの、しかしボトムの紐が少し大胆なタイサイドビキニだった。色もピンクと可愛らしく、だけど小悪魔的なまさに春希らしい装いだった。隼人も思わずごくりと喉を鳴らす。
その春希はこの格好が恥ずかしいのか、もじもじと両手の指を絡ませながら恐る恐る上目遣いで尋ねてくる。
「ど、どうかな?」
「可愛い」
「「……っ!?」」
一瞬にして隼人と春希の顔が赤く染まる。
それは咄嗟に
「あ、いやそのこれは、今のやっぱ無し――」
「…………うれしい」
「――ってのも、無しで……」
「……うん」
そして更に2人の顔が朱に染まっていく。
互いにどう反応していいかわからずもじもじしてしまい、視線をあちこちへと彷徨わせてしまう。挙動不審になってしまう。
心臓も痛いほど早鐘を打ち、頭もまるで熱にうなされているかのように覚束おぼつかない。だけど悪い気分じゃない。それが隼人の中の何かを困らせる。
「は、隼人くん、助けてっ――」
「逆ナンは初めてなんですか、よくあることなんですか、着いてったり連れていかれたりしたことなるんですか、どういう人が――あ、待ってくださいってばーっ!」
そこへ先ほど以上に悲痛な声を上げる一輝の声で我に返る。どうやら姫子に絡まれ根を上げたようで、助けを求めている。隼人と春希は顔を見合わせ呆れた笑みを零す。
「隼人、行こっか」
「そうだな」
隼人はやれやれといった様子で自然と春希に手を伸ばし――そして空を切る。
「……隼人?」
「っ! あ、あぁ今行く」
春希は既に向かっていた。後ろ姿から、まだ赤いままの耳が見える。
隼人はその手をしばし見つめ、そしてその手でガシガシと頭を掻いて姫子と一輝のところへと向かった。
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