111.――田倉真央
シャインスピリッツシティの時計広場というのは、専門店街にある巨大な柱時計がランドマークになっているオープンスペースである。
地下1階から地上3階までの吹き抜け構造であり、天候に左右されないということもあって、様々なイベントが行われている。メディアでもよく取り上げられる場所だ。
姫子も時計広場を見た瞬間に「あれ、見たことある!」と興奮気味に声を上げれば、周囲からくすくす笑いと共に注目を浴びて背を縮こませてしまった。
時計広場は同年代の女子でごった返していた。
彼女たちは皆、これから始まるイベントについて熱を上げながら囁き合っている。
ステージ上に備え付けられている大型ビジョンには、見慣れたロゴ。
「あれ、あたしたちが使ってるスマホのキャリアの……」
「姫子ちゃんたちもあそこのなんだ……でも、なんだろう?」
「……まぁ見る分にはタダだしね」
スマホのキャリアと彼女たちの関係がうまく結びつかない。首を傾げつつ端の方へと遠慮がちに陣取る。
しかしその疑問も、ステージにやって来た派手な印象の少女の登場と共に氷解した。
『みんなーっ! 今日は愛梨がカメラ機能が目玉の新機種と、愛梨流加工アプリの使い方を披露しちゃうよーっ!』
ワッ、と耳をつんざくような黄色い大歓声が時計広場に轟き広がる。
春希はそのあまりに大きな喝采の音量に、ビクリを身を震わせた。
「はるちゃん、愛梨だよ、愛梨! わぁ、本物だ、本物! はるちゃん!」
「え、うそ、それで……って、一緒に撮ったのを加工してくれ……くっ、抽選か!」
「あぁ、なるほどね……」
若干引き気味の春希と違い、姫子と伊佐美恵麻は完全に浮き立っていた。
前の方ではスタッフが出てきて整理番号が配られているのが見える。
佐藤愛梨はこの数か月で頭角を現してきた、春希でも知っている読者モデルだ。
姫子から貸し出された雑誌にもよく載っていて覚えている。人気があるのだろう。
とはいえ春希にとって顔は知っている、その程度の認識である。2人ほどの思い入れがあるわけでもない。
「その、ボクちょっと疲れちゃったからさ、向こうで休んどくよ。ひめちゃんと伊佐美さん、2人で行ってきなよ」
「えっ、はるちゃんいいの!?」
「あ、二階堂さん――」
春希は返事を待たず、その場を後にした。
去り際にちらりと舞台を見る。その瞳はどこか硬い。
時計広場の様子がぎりぎり分かるくらいまで離れた春希は、ふぅ、と大きく息を吐いて背中を壁に預けた。
佐藤愛梨に思うところはない。だが
(…………お母さん)
ぎゅっと片手を胸にあてる。何かがせり上がってきそうな思いを必死で押さえつける。
つい先日も疎まれたばかりだ。今度は知らず、叩かれた頬に手を当てる。
佐藤愛梨はモデルだ。女優ではないし、関係ない。接点もないはずだ。
だけどもし、ここで母親と遭遇したら――そんなことを考えると、早く家に帰りたい気持ちでいっぱいになってしまう。
そしてどういうわけか帰るべき場所として思い描いたのは、自分の家ではなく、隼人のマンションだった。
しかも当たり前のように出迎えてくれる隼人の姿付きだ。
「……くすっ」
そんなことを考えてしまった自分がおかしくて、思わず変な笑いが出てしまう。
先日はいきなり母を目の前にして逃げ出してしまった。不意打ちで、覚悟がなかったというのもあるだろう。もし今出会ったとしても、たとえ後で折檻・・が待っていたとしても、泰然と受け入れられる――そんなことを思っていた時のことだった。
「君は愛梨のところへは行かないのかい?」
「っ!?」
「君たちの世代で大人気、のはずだけど……まぁ癖の強い性格でもあるからなぁ」
「…………あ、あなたは?」
予想外に声を掛けられビクリと肩が揺れる。
顔を上げれば春希の目に、30過ぎのピシッとスーツを着こなした、端正な顔立ちの偉丈夫が目に入った。
周囲には誰も居ない。居ても意識は時計広場に向いている。春希は状況も相まって警戒心を引き上げる。しかし何かが引っ掛かった。
「おっと、今日
「…………ぁ」
男はその端正な顔に困った表情を作り、おどけた様子で両手を上げる。ふと、病院で出会ったことを思い出す。意外な相手だった。だけど、どうして自分に話しかけて来たかはわからない。
まじまじと観察する。
改めて記憶をさらってみるも見覚えのない相手だ。自然と顔も強張ってしまう。
「はは、睨まないで欲しいな。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「……それはどうも、こういう顔です。ナンパならお断りです」
「違う違う、あー僕はその、このイベントの関係者でね」
「その関係者さんがボクに何か?」
「君は今でも十分綺麗だが、磨けばすごく光ると思う。それこそ、あそこにいる愛梨よりも。芸能界に興味とか、ない?」
「……っ! いえ、まったく、これっぽっちも……っ」
「あぁ、ごめんごめん! これは職業病のようなもんでね」
「他、を、当たってくださいっ!」
春希はどんどんと苛立ちを募らせていった。
何もかもが気に入らなかった。男のどこか軽薄そうな態度も、飛び出す話題も。考えたくもない。
その感情を隠そうともせず踵を返しこの場を立ち去ろうとすれば、背中に男の鋭い声を掛けられた。
「――田倉真央」
「っ!?」
肩がビクリと跳ねる。
振り返ってみれば、先ほどとは打って変わって真剣な――否、深刻な顔で、確信と共に春希を見据えていた。
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