110.イベントっ!?
春希たちが水着を買いにやって来たのはシャインスピリッツシティの専門店街だった。
各ビルを繋ぐ地下一階地上三階にも渡る回廊型のショッピングセンターである。
専門店街というだけあってバラエティ豊かな店が軒を連ねており、各ショップでは夏ということもあってプールや海に関するもののフェアが行われていた。
その一画のとある店で、春希は頬を引きつらせていた。
「はるちゃん、このタイサイドビキニとどう? せっかくだし冒険してみようよ!」
「し、下の結び目が紐っ!? それもちょっとハードル高いかなぁ、なんて……」
「恵麻さんはこういうのどうです!? ちょっと落ち着いた方がグッと大人っぽくなって、彼氏さんもグーっときてぎゅぅーんってなっちゃいますよ! 彼氏さんも!」
「あ、あはは、そうかな?」
頬を引きつらせているのは春希だけでなく伊佐美恵麻もだった。それだけ姫子のテンションが高い。
(ま、まぁでも悪い空気じゃないよね)
待ち合わせ場所で伊佐美恵麻と会った時、姫子はいつものように人見知りを発揮しておどおどしていた。そして、そんな姫子を見る伊佐美恵麻の目も険しかった。
だがシャインスピリッツシティの規模に度肝を抜かれ興奮し、その時伊佐美恵麻がさらりと『彼氏とよく来る』という言葉を聞いて感情のリミッターを外してしまう。
彼氏という単語がよほど姫子の琴線に触れたらしい。そして懐いた。相変わらず姫子はチョロい。伊佐美恵麻はたじたじだ。
「(ど、どうしてこの子を連れてきたのよ!)」
「(水着買うなら一緒の方がいいかな~って思って……こ、ここまで興奮するとは思わなかったけど……ごめん)」
「(そうじゃ……あーもう、悪い子じゃないんだけどっ!)」
春希は頬を引きつらせている伊佐美恵麻に、ごめんとばかりに苦笑いを返す。
「他にも似合いそうなのがあってね、はるちゃんはこれ、恵麻さんはこっち!」
「ちょ、これお尻が丸見えになるんじゃ!?」
「こっちは色は大人しいけど編み上げレースアップ……でもこれはこれであり、うぬぅ……」
姫子のそれは「彼氏さんに!」「彼氏さんなら!」といった言葉を連呼したうざ絡みに近いものの、見立てのセンスは確かなものだった。
それに屈託のない笑顔と共に愛嬌を振りまかれれば、伊佐美恵麻も無碍に出来ない。伊佐美恵麻は困った顔で笑いを零す。
「あ! あっちのお店は、こるせっとびすちぇ? なんか面白い型のフェアだって!」
「待ってって、ひめちゃん、持ってきたものを元に戻さないと!」
「あ、嵐のような子……」
早く早くと言わんばかりに姫子が急かす。その足元はそわついている。
春希と伊佐美恵麻は互いに見合わせ眉間に皺を寄せる。
ふと、真剣な顔を作った伊佐美恵麻は、一瞬ちらりと姫子を見やったあと、そっと耳打ちした。
「わ、私は二階堂さんの味方だからね」
「あ、あはは」
春希は姫子に振り回されっぱなしの伊佐美恵麻に、曖昧に笑った。
◇◇◇
「大収穫だったね、はるちゃん、恵麻さん!」
「そうね、色々迷ったけどいいものが選べたわ」
「あ、あはは……」
力なく笑う春希とは裏腹に姫子は顔色をつやつやさせており、伊佐美恵麻もなんだかんだとほくほく笑顔を見せている。
水着選びは難航した。何せ数も種類も多かった。どれを選んでいいかわからない。
春希は嬉々として選んでいた姫子と伊佐美恵麻を見て、「これが女子の買い物……」と戦慄していた。
ふと、先日隼人と一緒にスマホを選びに行ったことを思い出す。
(そういや隼人、どれを選んでいいかわからないからスマホ持ってなかったんだっけ)
そのことを思い返せば、春希の喉が愉快気に鳴る。そこへ伊佐美恵麻が話しかけてきた。
「お昼、どうしようっか?」
「んーっと……」
時間を確認してみれば14時を少し回った頃。お昼はとっくに過ぎていた。
だけど空腹感よりも疲労感の方が強く、不思議とお腹は減っていない。それは伊佐美恵麻も同じの様で互いに顔を見合わせてしまう。
すると姫子が急に、「んぅ?」と疑問の声を上げた。
「どうしたの、ひめちゃん?」
「いや、何かあるのかなって……ほら」
姫子が視線で促せば、どこかへ向かう人の流れが出来ていた。しかも春希たちと同じ世代の女子ばかりである。
案の定、姫子は奇心に彩られた顔をしていた。春希は「あはは」と苦笑を零す。
「あそこは時計広場の方だね。多分何かイベントやってんじゃない?」
「イベントっ!?」
姫子の瞳が一層輝き出す。
そんな無邪気な笑顔でずずいと迫られれば、伊佐美恵麻はたじろぎつつも「覗きに行ってみる?」と言うしかなかった。
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