109.バーカ
街中に乱立している雑居ビル、その二階のフロア全体。そこに目当ての店があった。
もぉもぉ牛丸太郎は安さが売りの焼肉チェーン店である。
制限時間60分と短いものの、食べ放題平日ランチ888円は食べ盛りの男子にとって非常に魅力的だ。夏休みということもあって、隼人たち以外にも似たような学生客が多い。
「……」「……」「……」
その客室の一画で、隼人たちはひたすら肉を焼き、食べていた。無言だった。
隼人は元を取らねばという使命感から。
一輝は部活帰りの空腹感から。
伊織はそんな2人に釣られる形で――
食べ放題という場は戦場だった。
先ほどの一輝の『元カノ』の件も忘れ去るほどに。
じゅうじゅうと肉の脂が焼ける音が響く。
時折、網の下に滴り落ちた油に火が付き燃え上がる。
そこから立ち上る香りが、どこまでも食欲を刺激する。
安物の肉だ。だが、牛肉だ。網の上はもちろん野菜なんてなく、肉のみである。
栄養バランスなんて知ったことかと、ただひたすらに、焼けた肉を奪い合うように食べる。
熱気と食欲を刺激するタレと白飯の相乗効果で誰の箸も止まらない。
食べ放題なのだ。食べるのが目的だなのだ。しかし60分という時間は案外短い。
そして時間いっぱいまで食べきった時、3人に奇妙な連帯感が生まれ――友情が育まれているのであった。
◇◇◇
「うぐ、食べ過ぎた……でも元は取れただろ……」
「僕も隼人くんに釣られて食べ過ぎちゃったよ……」
「歩くのきつい……喉から色々出てきそう……けどここの平日食べ放題ランチ、一度は来たかったんだよな」
店を出た隼人たちは腹ごなしとばかりに、特に当てもなくぶらついていた。
大通りの両側には多くのビルが建ち並び、そこかしこに看板が掲げられている。
多くは飲食店であり、居酒屋やスナック、バーといった、明らかに隼人と縁のない店も見受けられる。それだけに物珍しくて、ついキョロキョロとしてしまう。
そこへ伊織が話しかけてきた。
話を振るのが一輝ではないのは、先ほどの
「で、どうするよ?」
「うん?」
「とりあえず当初の目的は達したわけだけど、折角集まったわけだしさ」
「あー、それもいいな。けど……」
「けど?」
折角こうしてわざわざ都心にまで出てきたのだ。このまま帰るのはもったいない。それに家に帰っても1人。他にやることもない。
だから伊織や一輝と遊ぶのは賛成だが、問題もあった。
「俺、ここに何があるかわかんないから、聞かれても何が出来るとかわかんねーぞ」
「そういやそうだった」
確かにとばかりに伊織が苦笑を零す。
隼人は何度かこちらにやって来ているものの、事前に何をするかどこへいくかはきっちりと定めていた。だから急に遊ぼうと言われても、よくわからない。
(そういや昔、春希とは目的もなく遊んでたっけ……)
かつてのことを思い返すも、当時と今では遊びの種類も違うだろうと自分に呆れていれば、一輝が顔をのぞかせる。
「この間行った映画館にカラオケ、他にもゲームセンターにボーリングにバッティングセンターといった定番どころは粗方揃っているけど、僕としてはシャインスピリッツシティをお勧めするかな。ここからだとちょっと歩くけどね」
「それはありだな、あそこいろんな店があるだけじゃなく、イベント会場や水族館、プラネタリウムまであるし。俺も恵麻とよく行くよ」
「シャインスピリッツシティ……? 名前だけは聞いたことあるな?」
「ええっと、あそこはだね――」
シャインスピリッツシティ――ショッピングセンターをはじめ飲食店やイベントホールに様々な遊技場やテーマパークなどが集まった、いわゆる複合商業施設である。
月野瀬の田舎ではまずお目にかかれないもので、隼人は説明を受けてもいまいちピンとこない。
首を傾げていれば、にこにことした一輝が揶揄からかうように声を掛けてきた。
「隼人くんも二階堂さんとのデートのために、どこになにがあるか押さえておいた方がいいんじゃない? いいところいっぱいあるしね」
「ばっ! だ、だから俺と春希はそんなんじゃねぇっての! って、そういうの詳しいのは、さっきの元カノと行ったからか!?」
「おい、隼人!」
「あ……悪ぃ」
そして春希とのことを揶揄われてついカッとなった隼人が、仕返しとばかりに元カノの話を掘り返す。
さすがに配慮に欠けた物言いに伊織が窘たしなめ、隼人も頭を下げる。
しかし一輝は何てことないように、むしろ気を遣わせて悪いといった風に肩をすくめ苦笑し、シャインスピリッツシティへと足を向ける。
顔を見合わせた隼人と伊織は、そんな一輝の背中を追いかけた。流れるような人通りの中、一輝はぽつぽつと話し出す。
「まぁアレは付き合ってたというより、お互い利用し合ってたって感じだったね。今考えると肩書と付き合って、周囲と比べて優越感に浸っていたいだけだった。最低だった」
「一輝……?」
「だから色々周りを振り回してしまったし、進学と共に
「…………」
そして無言になった。雑踏がひどく喧やかましい。一輝の表情はわからない。
隼人の顔がくしゃりと歪む。
(……ったく)
呆れたようなため息が零れる。隼人も一輝に振り回されたことがあった。
そこからわかることは1つ。なんてことは無い。一輝は色々わかった風でいて、ただただ不器用な奴、というだけなのだ。――春希と同じで。
だから隼人は、少しむしゃくしゃした思いで先に行く一輝の背中をバシッと叩く。
「痛っ! 隼人くん……?」
「バーカ」
「…………ぁ」
呆れた顔で苦笑いしつつ隣に並ぶ。それを見た一輝の目が見開き揺らめく。
そこへ伊織が追い付き肩を並べる。にかっと笑みを浮かべる。
「よし、んじゃ今日はオレのおススメ紹介していくぜ」
「任せた伊織。あ、金はあまり使わないところで頼むな」
「……ははっ、それはいいね!」
一輝もすっきりとした笑みを浮かべて2人に応え、目的地へと向かうのだった。
◇◇◇
シャインスピリッツシティは郊外にあった。それだけにかなりの敷地面積を誇っている。
60階建てのランドマークタワーを中心に折り重なるように様々な建物が広がっており、それだけ1つの街じみたものを形成していた。
隼人の知る複合商業施設と言えば、月野瀬の農産物直売所や地元特産品の売店やイートインコーナーが混在となった道の駅くらいである。あまりに想像の上をいく規模に目を丸くしてしまう。
「ここが……すげぇな……」
「色んなものがあるからなぁ。1日かかっても回り切れないし、だからオレも恵麻と何度も来てるぜ」
「な、なぁ、ここって入場料とか取られたりしないのか?」
「おいおい、そんなの取っちまったら買い物客なんて来ねぇだろ」
「そ、それもそうだな」
「ははっ、やっぱり隼人くんは姫子ちゃんとよく似てるね。うんうん、兄妹だ」
「うっせ、一輝。それに姫子と似てるって何だよ……」
夏休みということもあって、隼人たちと同じくシャインスピリッツシティを目指す同世代の人々であふれていた。
その中でもやたら女子の姿が目に付く。そして皆、一様に同じ場所へと向かっているようだった。
どういうことかと首を捻れば、伊織が得心がいったとばかりに声を上げた。
「あぁ、何か女子向けのイベントがあるのか」
「イベント?」
「シティ内にある広場でちょくちょくて色んなことやってんだわ。テレビとかでも時々映る場所だし、見ればあそこだってわかると思うし、芸能人にも会えるかもよ? 行ってみるか?」
「芸能人……」
その言葉を聞いて、隼人は顔をしかめた。
(――田倉真央)
有名な女優、春希の母親。その顔が思い浮かぶ。
そしてあまり良い顔をしていないのは、隼人だけではなかった。
「あはは、僕はちょっと遠慮したいかな……さっき愛梨を見かけたから、その……」
「あーなるほどな。じゃ、別のところ行くか」
「……そうだな」
隼人は一輝に便乗する形で、イベント会場から別の方向へと足を進めるのであった。
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