108.そりゃあ


「へぇ、本当にカズキチに友達・・がいたんだ? 高校入ってからかな?」

「え、いやまぁ……おいっ!?」


 彼女は一足飛びに隼人との距離を詰めたかと思えば無遠慮に、そして「ふぅん」と鼻を鳴らしながら値踏みするかのような視線を寄越す。

 隼人は彼女たちのような人種の、この距離感が苦手だった。

 顔を引きつらせつつ距離を取ろうとするも、そんなの知ったことかとさらに踏み込まれる。


「カズキチの友達・・ねぇ……顔はまぁまぁ、ちゃんとすれば横に並べそう? でもなんか髪とかやぼったいというか表面なぞっただけというか微妙にダサいかな」

「は、はぁ……ええっと、その俺、田舎者でこういうの慣れてなくて」

「ぷふっ、田舎者ってなにそれウケるーっ! ……で?」

「で…………とは?」

「カノジョっていうかさー、女の子狙い? カズキチってモテるからねー? あ、それともあーしとカズキチのを聞いて? 困るんだよね、そういうのさー……で、どれが目的なわけ?」

愛梨あいりッ!」


 不躾ぶしつけな質問だった。思わず一輝も声を荒げ窘める。

 しかし隼人は愛梨と呼ばれた彼女の言葉の意味がよくわからなかった。

 普段から彼女たちのような人種ギャルの言うようなことはよくわからない。そして、さも知っていて当然という前提で話を進めてくる。そこが苦手だ。


 だから隼人は小首を傾かしげつつも、眉をひそめながら憮然と今日の目的を告げる。


「目的って……焼肉食べ放題?」


「……………………へ?」

「隼人くん……」


 その返答に愛梨と呼ばれたギャルは、きょとんとしつつ大きく目を見開いた。

 隼人はその様子に何か変なことを言ってしまったのかと眉をひそめたまま一輝に確認する。


「なぁ一輝、ここで12時20分に待ち合わせだったよな? もぉもぉ牛丸太郎、だっけ?」

「あ、あぁそうだよ合って……って、愛梨っ!?」


「……ぷっ。きゃははははははははははっ!!」


 愛梨は堪らないとばかりに、お腹を抱えて笑い出した。

 隼人はますます、やはりこの手の人種のツボは分からないなと、眉間の皺を増やす。


 だがそんな隼人の反応こそがおかしいとばかりに、愛梨は目に涙を浮かべて向き直る。


「え、これマジでカズキチの友達・・なん!? あの事・・・とか知った上で!?」

あの事・・・がどの事かわからないし知らないし、本人も言いたくなさそうだし、友達だからと言って俺はそこまで一輝に興味がねぇよ」

「ぶふっ! 何それウケるーっ! カズキチ、めちゃくちゃ言われてやんの!」

「……隼人くんはこういう奴なんだよ」


 一輝が肩をすくめて苦笑いを零せば、それを見た愛梨は「へぇ」と笑う。それは確かに笑みだったが、隼人の知らない鋭さを帯びた笑みだった。

 そんな顔でジロジロ見られれば、隼人としてもいい気分じゃない。それが表情として現れれば、ますます彼女の笑みの鋭さが増す。


「ふふっ、あーしさ、そんな目を向けられたの初めてだわ」

「……そりゃ、初対面・・・でそんな図々しく接されたらこんな目にもなるだろうよ」

初対面・・・かぁ。んー……、あーしのこと知らないんだ?」

「少なくとも、一輝の奴に聞いたこともないな」


 そんな隼人の素っ気ない言葉を聞いて、愛梨は愉快でたまらないという顔を見せる。


「キミ、面白いね! 連絡先教えてよ!」

「え、いや、遠慮しとく」

「愛梨、隼人くんが嫌がってるだろ!」

「うわ、断られたの初めて! ウケるー! そんなこと言わずに、隼人っちだっけ――って、あーもうっ!」


 愛梨がスマホを取り出した丁度その時、軽快なメロディが流れた。

 それを聞くや否や、愛梨は「うげぇ」と露骨に嫌な顔をする。


「もしもー、あーしだけどー、まだ時間あるんー――……って、はぁああぁぁっ!? 早巻きになったって、そっちの都合じゃん! こっちはまだノッてないんですけど!」


 何やらすごい剣幕で通話先と話をし出した。あまりの形相にぽかんとおいてけぼりになってしまう。そんな隼人を、一輝はぐいっと袖を引く。


「え、あ、おい、一輝?」

「……いいから」


 隼人が愛梨を置いて行っていいのかと目線で尋ねれば、苦笑し肩をすくめて別の場所へと誘導する。

 それは隼人としても是非もなく、向かった先には引きつった笑みを浮かべた伊織が片手を上げて待っていた。


「伊織、来てたのか。助けてくれても良かったのに」

「いや無理だろ、ていうか佐藤愛梨だろ、あの娘」

「はぁ、伊織まで……知り合いか?」


 隼人が不貞腐れたかのように言えば、伊織はぶんぶんと大げさに頭を振って肩をすくめる。


 ――佐藤愛梨。


 伊織の口から聞いてもやはり覚えはない。少なくとも同じクラスには居ない。

 隼人が首を大きく捻れば、呆れたようなため息が伊織と一輝から零れる。


「知らないのか? 佐藤愛梨、今売り出し中の人気モデルだよ。恵麻のやつもよく参考にしてる」

「へ、モデル!?」


 思わず変な声が出た。驚き目を見開いてしまう。完全に予想外の言葉である。


 確かに、そうだと言われると納得できるものがあった。

 もしかしたら姫子あたりだと詳しいかもしれない。

 だがそれでも、依然として疑問に思うこともある。


 そんな隼人と伊織の疑念の目を向けられた一輝はたじろぎ、ふぅ、と大きく深呼吸。そして観念したとばかりに両手を軽く上げた。


「彼女は知り合い、というか僕の元カノなんだ」


「「…………はぁっ!?」」


 その意外過ぎる一輝の告白に、隼人と伊織はあ然として目を見合わせるのだった。

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