107.……苦手なんだよなぁ


 待ち合わせ場所は、何度か春希や姫子とも行っている都心の駅前だったが、いつもと違い東口でなく西口だった。

 鳥のオブジェがある広場を中心にカラオケや映画、専門店と言った遊びに特化した色を持つ東口と違い、西口はオフィスや飲食店が多く、同じ街だというのに随分と様相が違っている。

 お昼時ということもあって駅と併設されているデパ地下からは甘い香りが、街の方からはおいしそうな匂いが漂い、それに誘われ店に吸い込まれていく人々ばかりだ。隼人も思わずごくりと喉を鳴らす。


 初めての場所ということもあって、ちゃんと出会えるかどうか心配だったが、それは幸いにして杞憂に終わった。


「……なんだあれ」


 思わず目を見開き独りごちる。

 待ち合わせ場所はすぐにわかった。

 正確には待ち合わせている相手の1人――一輝がいることがすぐに分かった。スラリとした高い身長に爽やかで甘いマスクは、雑踏の中からでもよく目立つ。


「えー、いいじゃんいいじゃん」

「ダメだって、それに僕は今から友達と約束してるんだって」

「カズキチに友達・・ー? きゃはっ、なにそれウケるんですけどーっ!」


 それが一輝だけでなく、親し気に話しかける華やかな女の子と一緒ならば尚更だ。

 周囲の行き交う人たちも、一輝たちを注目しながら足を運んでいる。隼人もその1人である。


 一輝に絡む女の子を観察する。

 歳は同じくらいか少し上だろうか? スリムで背が高く、目鼻立ちがくっきりしていて大人っぽい雰囲気だ。

 長く明るい色の髪を纏めて盛っており、服装もピンクのカットソーにデニムのホットパンツで、肌面積も広く派手な印象を受ける。


 春希とは真逆の、クラスカースト上位に位置する、いわゆる陽キャグループに所属する、ギャルとか呼ばれる類の女の子だった。


(……苦手なんだよなぁ)


 思わず眉をひそめてしまう。月野瀬ではお目にかかれなかった人種である、彼女たちのノリは独特だ。

 聞き慣れない略語や単語、すぐに騒ぎ立てるけれどそのツボもよくわからない。対応に困るというのが隼人の本音である。


 そして彼女が一輝に対する様子は随分と親し気だった。

 しきりに一輝をベタベタと触っており、言葉も馴れ馴れしい。知り合いなのだろうか?


 スマホを取り出し時間を確認する。待ち合わせの時間まではあと15分もある。


(……伊織もまだだな。アレは一輝がそのうち何とかするか)


 隼人は巻き込まれては堪らないと他人を決め込み、そして周囲に視線を走らせた。

 駅前という事もあり多くの人が行き交っている。

 月野瀬の全住人よりも多い人々が一瞬にして改札から吐き出され、そして飲み込まれていく。まるで駅舎が生きて呼吸をしているかのようだった。


 その流れを見ているとなんだか眩暈めまいに見舞われ、人混みに酔ってしまう。


「…………っ」


 ならばと動きのない壁の方に目を滑らせればショーケースがあり、そこにはいくつもの水着のマネキンがあった。


『夏の視線をひとりじめ!』

『海を背景にするならやっぱりこれ!』

『7月末まで全品30%OFF!』


 ショーケースにはそういった煽り文句が躍っている。どうやら併設されている駅のデパートのものの様だ。

 一瞬、春希の姿が脳裏に過よぎり、隼人の顔が神妙になる。


 そしてかぶりを振って、今度は街並みの方に目を向けた。


「おぉっ!?」


 思わず声を上げる。そこには色とりどりの看板が見えた。

 ラーメン、牛丼、カレー、ハンバーガーといった隼人でも名前の知っているチェーン店から、エジプト、トルコ、ベトナム料理といった各国の珍しい料理を出してくれるものまで様々だ。食欲だけじゃなく、好奇心も刺激される。


(カプリチョーザにビリヤニ、ガスパッチョ……名前は聞いたことあるな、どんなんだろう? って、今日は焼肉、牛だ牛!)


 隼人は牛肉に思い入れがあった。

 月野瀬で肉と言えば、もっぱら猪か鹿を差す。たまに穴熊。どれも畑を荒らす害獣であり、解体の手伝いをしておすそ分けを貰うことも多い。

 牛はと言えば流通の悪さから値段も高騰しがちで、食べる機会は極端に少なかった。大みそかのすき焼きくらいである。その牛肉が食べ放題なのだ。


(ええっと、まずはタン塩をレモンで、だっけ。その後は――)


「隼人くんっ!」

「――っ! か、一輝……」


 いつの間にか一輝が絡まれていた女の子を伴ってやって来ていた。先ほど声を上げてしまったのを思い出す。それで気付かれたのだろうか?


 一輝の顔はホッとしているものの、その声はどこか苦言を呈する色をしている。

 隼人は後ろめたい気持ちもあって「わりぃ」と言いながら視線を逸らせば、彼女と目が合ってしまう。


 しまった、と思った時にはもう遅かった。そんな隼人を見とめた彼女は目をぱちくりとさせ、スゥっと目を細めた。


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