103.会いたい
月野瀬の西の山が茜色に染まっていく。
沙紀の日課のお
沙紀の手に持つスマホでは、沙紀⛩、三岳みなも、ひめこの名前と共にお稲荷さん、羊、自撮りアイコンが躍っている。
『ふわぁ、姫ちゃん凄いよ! これ本当に全部和菓子なの、ていうか食べられるの!?』
『食べられる、というか正直食べるの勿体なかったよ! 水槽で泳いでる金魚の錦玉にスイカをかたどった練り切りはザ・夏って感じでさ、これがまた抹茶と渋みが合うのにセットで500円! そりゃあ行列も出来るはずだよ』
『あのお店、見た目もオシャレですよね。私もよく前を通るので興味があるのですが、行列が凄くてなかなか機会が……』
沙紀の顔は驚きと興奮の彩られていた。
弾む話題は姫子が今日行って来たという和菓子屋の画像を中心にしたものである。
また、先日グルチャに入ってきたみなもとも随分と打ち解けていた。
少し早とちりするところがあるものの、礼儀正しく物腰も柔らかく、年上という事を感じさせず話しやすい。
それに野菜の栽培に料理といった、想い人隼人との共通の話題を出してくれて便乗することも多い。何より隼人への恋慕の念を感じられないところがポイントが高い。
『うぅ、いいなぁ。月野瀬のお菓子といったら草餅ばかりだから……』
『そうだよね、その辺に摘んできたよもぎに村で採れた小豆で作ってたよね』
『私から見れば、それも贅沢な気もしますが……』
『えぇ~、あぜ道に生えてる雑草使ってるんだよ?』
『形とかも野暮ったいですしね、ほら』
そう言って沙紀はグルチャに、鍋にいっぱい入れられたよもぎの画像を映す。春先、氏子の集会と称した宴会で撮ったものだ。
これを煮詰めたものを、白玉粉とすり鉢で練り上げモノを混ぜ合わせ草餅を作る。中々の重労働だったのも覚えている。
(そういえばお兄さん、あの時も氏子のおばさんたちと一緒にひたすら草餅を作ってったっけ……)
沙紀はふとそのことを思い出し、ズキリと胸が後悔で滲む。
あの時はまさか引っ越すだなんて思ってもみなかった。
『それじゃあ沙紀ちゃん、月野瀬に帰る時にその和菓子お土産に持って帰るよ』
『わぁ、楽しみ! 金魚鉢の錦玉お願いね、姫ちゃん!』
『あ、みなもさん、その時は一緒にお店に行きません? あたしももう一度行きたいんだけど、1人じゃ流石に敷居が高いというか』
『ふぇ、私とですか?』
『あはは、みなもさん、姫ちゃん人見知り激しいから付き添ってあげてください』
『ちょ、沙紀ちゃんーっ!?』
『くすくす、そういうことでしたら』
沙紀は
『あ、でも和菓子はおにぃに買ってもらったほうがいいかも。バイトしてるからね、社内割引的なものがあるかもだから』
だけどこの親友は、時折大事なことを言いそびれることがある。
引っ越しのこともそうだったし、今しがた言ったこともそうだ。
『ば、バイトッ!? え、お兄さんが!?』
『え……隼人さん、御菓子司しろでバイトしてるんですか!?』
『うんうん、そうなんだよーびっくりだよね。はい、これ』
「っ!?」
そして思わず沙紀は息を呑む。
姫子によってグルチャに隼人のバイト姿の画像が貼られる。
甚平に三角巾、それに前掛けエプロン。如何にも和風といった出で立ちに笑顔と共にお盆を片手に飛び回る姿。
それは沙紀が月野瀬で遠巻きに見てきた姿でもあった。
『あはは、ええっと、私たち高一だしバイトって初めてですよね? でも隼人さん、なんだか堂に入っているというか……』
『お兄さんはその、村の宴会でしょっちゅうこういうのに慣れていたと言いますか……そういえばどうしてバイトを?』
『あ、それだ! 何かおにぃに既視感があったと思ったんだよね。バイトはクラスメイトの代打らしいよって、一輝さん――おにぃの友達にそう教えてもらった……って思いだした、おにぃがあたしに教えてくれてなかったからあの後大変だったし、バイトしてたのおにぃだけじゃなかったんだよね、ほら!』
「っ!?」
そして沙紀は再び息を呑む。
今度は春希の画像だった。
大正モダンな感じの矢羽袴に前掛けエプロンは、楚々とした春希の雰囲気に非常によく似合っている。後頭部で1つに結われた髪を揺らして給仕している様は活動的な印象を与え、いつもと違った魅力がある。沙紀をして可愛いと思ってしまう。
彼女に接客されたいが為に通う人もいるんじゃないかと思うくらいには可愛いと思う。
沙紀は、ほぅ、と悩ましいため息を吐くと共に目を見開いた。
春希の画像の奥に隼人の姿が見えた。
たまたま映ったのだろう。
だが必然でもあった。同じ場所で同じ様に働いているのだから。
(私は……遠巻きに見ていただけだから……)
胸が
沙紀個人としては春希に対抗意識があるものの悪い感情は無い。グルチャで話す様になり、仲も急速に深めて行っている。素の彼女は好ましい。
だが、隼人のことが絡むと話は別だ。
特に最近はちょっと引っ掛かることが続き、胸が騒めくことも多い。
だけど、いやだからこそ。沙紀は一度春希と顔を合わせてじっくりと話をしたいという想いを募らせる。
『うわ! ボクのいつの間に!? ひめちゃんが撮ったの!?!?』
そこへ†春希†という文字と共にゲームの妖精ぽいアイコンが躍り出す。どうやら春希がやってきたようだ。
早速自分の画像を目にするなり、『思った以上にハードだった疲れた』『立ちっぱなしで足が棒のようだし腰にキた!』『制服は可愛いけど実際問題袖が片付けに凄く邪魔!』といった愚痴を垂れ流す。それに姫子にみなも、そして沙紀自身も『あはは』と苦笑いを返す。
話題こそ、いつも春希が繰り出すゲームやガレージキットでなくバイトというだけで、このところやりとりされたものとあまり変わりない。場も和やかになっていく。
……時折、春希が隼人もフォローされたことを悔しそうに話し、微笑ましいものの少し羨ましさが募る。そんな自分に呆れてしまう。
『そういやはるちゃん、社内割引とかそういうのあるの? 月野瀬に帰る時、沙紀ちゃんへのお土産って考えてるんだけど』
『うーんどうなんだろう、わかんないや。そっか、ひめちゃん達は夏休みに月野瀬に帰るんだよね……ん~、ボクはその間バイトに精を出すかなー?』
「…………え?」
沙紀は思わず変な声を上げてしまう。
隼人と姫子の帰郷に合わせて一緒に来るものと思っていた。思い込んでいた。
だが冷静に考えれば、月野瀬での
『あれ、春希さん夏休みに月野瀬に帰らないんですか?』
『あはは、
『っ! えぇと、随分誰も住んでいないからその、色々隙間風が夏は過ごしやすいことになっているというか……』
『だよねー……』
それは月野瀬の住人なら誰しもが知っていることだった。
二階堂春希に
そして、どんな顔をして帰ればいいかもわからない。
『だったら、私の家に泊まればどうですか? うちは幸いにして神社なんで、無駄に広いし部屋も余ってます』
だけど沙紀は反射的にそんなことを打ち込んでいた。
酷く個人的な理由だ。相手の、春希の都合なんて考えていない。完全に自分の我儘で――エゴで、でも言わずにはいられなかった。
『いやでもボクは――』
『私、春希さんに会いたいんです』
『――え……』
会って話したいこと、伝えたいことがたくさんあった。
自分の想いを分かってもらう為に――……だがそれは、自分勝手な理屈でしかない。
『あ、あははて……ボクも沙紀ちゃんに会いたいし、前向きに検討しとくよ』
『はい、是非に』
それを分かっていてなお、沙紀は言わずにはいられなかったのだった。
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