101.姫子はもちろん、花より団子
何もせず、ただ立っているだけで汗の噴き出す炎天下。
そんな厳しい暑さも御菓子司しろの人気を陰らせるには至らない。
それは姫子や穂乃香たちも例に漏れなかった。彼女達はひとたび姫子に紹介された一輝に質問の嵐を浴びせ、そして彼はさらりと応えながら列に並んでいる。
「霧島ちゃんのお兄さんの友達なんですね! てことはうちらの1個上かぁ」
「ぐぬぬ、出身は全然知らない中学……遠くから通ってるんですね。あの高校、なんだかんだで進学校でレベル高いからなぁ」
「部活はサッカー部……でも姫子ちゃんのお兄さんは園芸部だし……あれ、どうやって知り合ったんですか?」
「隼人くんはほら、姫子ちゃんのお兄さんだから目が離せなくて……と言ったらわかるかな? その姫子ちゃんとは街でお兄さんと一緒にいるところを見かけて遊んだのが切っ掛けなんだ」
海童一輝はよくモテる。
爽やかで人好きのする笑顔、スラリと背が高く部活で鍛えられた引き締まった身体、そして人を
話題は必然、一輝と姫子のことに向けられていた。
当然だろう。転校してきた少し抜けているけれど純朴な美少女と、都会で出会った仲良さげにしている兄の友人だというイケメン。
娯楽が制限される中学3年生受験生の、そして年頃の乙女である彼女たちにとって、こんな色めくような話を放って置けるはずもない。
やがて女子の集団という事もあって、気が大きくなったのか穂乃香たちの質問はどんどんと遠慮が無くなり踏み込んだものへとなっていく。
「海童さんは今、彼女さんとかいるんですか?」
「っ! い、いや今はいないかな……その、部活が忙しいし……」
それは一輝が見せた隙だった。穂乃香たちの好奇心の火に油を注ぐ言葉でもあった。
「今は、てことは以前は居たんですね!?」
「どんな子と付き合ってたんですか!? 綺麗系、可愛い系!?」
「次彼女にするとしたらどんな子が好みです?! あ、年下ってアリですか!?」
「ええっとその、今は当分そういうのはいいかなぁって、それよりも……」
責め立てるかのような穂乃香たちの反応に、一輝の顔が迂闊だったと苦々しくひきつってしまう。
一輝は困った顔を浮かべながら、その中で彼女たちの話題に入ってこず、1人神妙な顔をしている姫子に気付く。
そして穂乃香たちも目線を変えた一輝の先を追えば、場違いとも言える表情をしている姫子に首を傾げる。
「姫子ちゃん、どうしたの?」
「……へ? あ、うん。ちょっとアレを見てさ……」
「アレ……?」
姫子が指差したのは店前にある上り看板。
そこには大きく『かき氷はじめました!』という文字と共に、涼やかな濃緑の宇治金時の絵が躍っている。
「せっかく和菓子屋さんに来たんだからさ、隣にあるぷるぷるした納涼セット抹茶付きの方がって思う一方で、この暑い日に食べるかき氷も絶対に美味しいと思うんだよね。でもかき氷なら別に和菓子屋以外でもって考えるとぐぬぬってなっちゃう」
姫子の顔はひどく真剣だった。
先日ダイエットに成功したばかりということもあって、両方を頼むという選択肢は無い。お小遣い的にも厳しい。表情がより一層険しくなる。
姫子は姫子らしく、どこまでも花より団子だった。
そんな姫子に呆気にとられる穂乃香たちの隣で、一輝はくつくつと肩を震わせる。
「もぅ、何なんですか一輝さん!」
「ははっ、何でもないよ。ほら、僕たちの順番が回ってきたようだ。店に入ろう?」
「むぅ~~~~っ!」
にこにこと機嫌の良い笑顔を浮かべた一輝は、宥たしなめるようにして姫子の背中を押す。
ぽかんと立ちつくしていた穂乃香たちであったが、慌てて2人の後を追いかける。
目ざとい彼女達は一輝の姫子を見る目が、自分たちを見るそれとは違うものであるというにも気付き、無言でそわそわとしながら頷きあう。
一方姫子はまたも子供扱いされたとばかりに唇を尖らせる。そして店内に入るや否や、そのふくれっ面を驚愕の色へと塗り替えた。
「いらっしゃいま――」
「はるちゃん!?」
「――ひめちゃん!?」
姫子は出迎えてくれた店員――春希と顔を合わせるや否や互いに指を差し合い、金魚の様に口をパクパクとさせる。
そんな姫子と春希の姿をにこにこと眺める一輝。そして穂乃香たちはその店員春希の姿に目を大きく見開いていた。
楚々とした可憐な相貌に結い上げられた艶のある長い髪は、御菓子司しろの制服である矢羽袴に良く映える。まるで彼女の為にあつらえたかのようだ。
あまりに似合っているので店に入った瞬間、まるで映画かドラマの世界に入り込んだのかとさえ錯覚してしまった程だ。
だが穂乃香たちの驚きはそれだけじゃない。
「ど、どどどどうしてはるちゃんがここに!? って、その制服すっごく可愛いんだけど!」
「今日いきなりヘルプで……制服、変じゃないかな?」
「うんうん大丈夫、ちゃんと女の子に見えるよ。中身がバレなきゃ大丈夫!」
「ははっ、二階堂さん猫被るの得意だし、心配無いんじゃないかな?」
「むっ、海童! どうしてここにいるって、もしかしてひめちゃんを誑たぶらかしたの!?」
「あはは、一輝さんとはそこでたまたま出会ったんだよ。だからついでにって」
「そういうことさ……って、痛っ! 蹴らないでよ
「ぐぎぎ……」
穂乃香たちの目の前では姫子と春希、そして一輝の気の置けないいかにも仲良さそうなやり取りが繰り広げられていた。特に春希が一輝に足を出しているのは動揺を隠せない。思わず姫子の手を引き周囲を取り囲む。
「ちょっ、姫子ちゃん! あの二階堂先輩と知り合いだったの!?」
「成績3年間ずっと1位で全国模試も上位でスポーツも万能であの容姿!」
「去年までうちの中学じゃ知らぬ人のない……っていうか、えぇっ、蹴ってる!?」
「え? え? 二階堂先輩……はるちゃんのこと? 有名人……どういうこと!?」
穂乃香たちは興奮状態だった。
鼻息荒く目は血走っており、さすがの姫子も後ずさるも囲まれており逃げられない。
二階堂春希は有名人である。
それは春希が去年卒業した中学校でも同じであり、しかも穂乃香たちが在学中見せなかったような姿を目の前に晒しているのだ。息巻くのも無理はない。
「お客様、奥の方の席が片付きましたのでそちらの方へどうぞ! おい、春希!」
「あ、はい! んんっ! ではご案内します、こちらへ」
そこへ若い男の叱咤の声が響く。
我に返った春希は一瞬バツの悪い顔を作るも、慌てて気を取りなおして職務に戻る。
穂乃香たちもようやくそこで目立っていたことに気付き、気恥ずかしそうについて行く。その中で、姫子だけがまたもや驚きの声を上げていた。
「どうしておにぃまでここに居るのっ!?」
「「「っ!?」」」
姫子が指を差す先には甚平に前掛けエプロンに三角巾がやけに似合う男性店員――隼人がやれやれとばかりに頭を掻いており、春希が助かったとばかりに頭を下げる。
穂乃香たちは新たに追加された情報に互いに目を合わせ驚き、一輝はくつくつと笑いを堪え、肩を震わせていた。
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