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98.かわいい制服


 終業式の日、その放課後。

 校内の至る所から悲喜こもごもの叫びが響き渡っている。

 それは隼人たちの教室でも例外ではなく、隼人は成績表を片手に眉をひそめていた。


「ふふ、隼人くんはどうでした?」

「……可もなく不可もなくだよ」

「そうですか。こちらは学年1位ですよ、1位。私の勝ちですね!」

「はいはいそうですね、って別に勝負してないだろ?」

「私が勝ったから、隼人くんには何してもらおうかなー?」

「何もしねえ!」

「えー?」


 期末試験そのものは、隼人は若干の戸惑いを覚えながらも過ぎていった。

 転校後初めての試験ということもあり、それなりに気合も入れたし結果も悪くはない。

 眉の皺の原因はその結果ではなく、隣の席でドヤ顔をしている春希である。

 普段から身近におり、そしてよく悪ふざけをしたりポンコツな姿を見ているが、現在擬態中・二階堂春希は文武両道大和撫子な優等生である。

 このように、さも当然のごとく学年1位を取ったと言われても、どこか詐欺にあっているかのように錯覚してしまう。


「ちなみに隼人くんは何位でした? 見せてもらいますね、っと!」

「あ、ちょっ、おい!」


 春希はその無駄に高い反射神経で、隼人の一瞬のスキを突いてひょいとばかりに成績表を取り上げる。そしてそれを見た後、困った顔で眉を下げた。


「……その、ごめんなさい」

「待て、なんで謝る! 決して悪い成績じゃないだろ!?」

「ええっとその、僅差で私に負けてるとか、目も当てられないほど悪いとか、理数系と文系で両極端だとかそんなエンタメ性が皆無で……」

「アホか! そんなものを求めるな!」


 ちなみに隼人の成績は251人中106位である。全体的に平均かそれより少し上の成績であり、本人の言う通り可もなく不可もない。

 むしろ良い方だが、特筆すべき点も無く面白みが無いのも確かである。


「へぇ、106位って、転校してきたことを考えると結構いいんじゃないかな? ちなみに僕は122位、負けちゃった。てことは隼人くんに何かされちゃうのかな?」

「む、海童!」

「一輝……何もしねぇよ、というかしたくねぇよ」


 いつの間にかやってきた一輝が、ひょいとばかりに春希の手にある隼人の成績表を覗き込んでいた。

 春希はうげぇとばかりに身を捩り、一輝への不機嫌を隠さず隼人に成績表を突き返す。それを見た一輝は、ますます笑顔をにこにこと輝かせる。むすーっとした春希が一輝に突っかかるも、さらりと受け流される。


 今も「勝手に覗くなんて変態!」「無理矢理奪い取るのはいいの?」「ぐぬぬ……っ」と言い合っており、隼人は呆れた目でため息を零す。


 それはここ最近、すっかりお馴染みになっている光景でもあった。

 周囲の反応も慣れたもので、生暖かいものである。


「はいはい、何やってんだお前ら。それよりも明日から夏休みだな?」

「夏休みかー、隼人は何か予定立ててる? ボクは真っ白だけど」

「僕は部活かな? あ、プールの日は空けておくけど、いつか決まったかい?」

「そういやまだ聞いてないな」

「ボク、まだ水着買ってないや。可愛いデザインのになると途端に高くなるんだよね。布地面積は少ないのにさ」

「ははっ、それはデザイン料込だからだろうね」


 そんな中顔を見合わせていると、言い出しっぺでもある伊織がへらりとした感じで手を挙げて近付いてくる。


「よぅ隼人、今日この後は暇か?」

「特に何もないな。打ち上げか何かするか?」

「あぁいや、それもいいんだが、ええっとな……ちょっと今回成績がヤバくて……」

「……伊織?」


 だがいつもと違い歯切れが悪い。成績が振るわなかったということだが、どこか要領を得ない。

 隼人がどうしたことかと首を傾げれば、いきなり伊織はパンッと手を合わせて拝んできた。


「すまん! 補習のある日、オレの代わりにバイト出てくれないか!?」

「バイト?」

「あぁ、7月中だけでも良いんだ、頼む!」

「あーいや、その……」


 ここまで必死に頼まれれば、隼人としても断り辛い。それにバイトには興味があった。


「俺でも大丈夫なのか? バイトなんてしたことないし……それにどういう内容なんだ?」

「飲食店の調理補助とちょっとした接客だな、そんな難しいもんじゃない。確か料理とか得意じゃなかったっけ?」

「あぁ、おかん・・・っぽい隼人くんにはぴったりかもしれないね」

「っ! ぷふっ、おかん……っ!」

「……おかんぽいって何だよ。まぁ調理はそれなりには出来るけど、あくまで我流だぞ?」


 一輝がそう揶揄からかえば、春希は思わず吹き出し肩を震わせる。

 隼人がジト目で睨むも、一輝はにこにこと笑顔で肩をすくめて受け流し、春希はそっと目を逸らすのみ。そして隼人は大きなため息を1つ。


(……まぁ最近、出費続きだったからな)


 色々と悩むことはあった。田舎者なので人に慣れておらず接客には向かないと思うが、だが表に出ない調理補助ならばと思い直す。そして伊織に向き直る。


「わかったよ、俺で良ければやらせてもらう」

「悪ぃな! 早速今日からでもいいか?」

「それは構わないけど……肝心の店ってどこだ?」

「こっから電車で2駅先にある『御菓子司しろ』って和菓子屋、そこに隣接してるイートインの純和風喫茶店だ」

「ん、あぁ、あそこか」

「お、知ってるのか?」

「場所だけな」


 そう言えばと思い出す。伊織が言ったのは隼人の母が入院している最寄り駅であり、そこの近くに時折行列の出来ている和菓子屋が記憶に残っていた。

 駅からは少し離れたところにあるものの、歴史が古そうな純和風の大きな店構えで、落ち着いた雰囲気の如何にも老舗といった感じの店だ。

 まだまだ都会の華やかなものに慣れない隼人は、あそこならばと安堵のため息を吐く。


 そこへ春希が「あ!」と声を上げる。何かに気付いたとばかりに目を大きく見開き、伊織に詰め寄った。


「御菓子司しろ……あそこってもしかしてあの、矢羽袴の制服が可愛いところの!?」

「矢羽袴……あぁ、あそこか。僕のクラスでもよく女子が話題に出してることがあるね」

「おぅ、制服だけじゃなくて女の子のレベルも高いぜ?」

「伊織、お前その言い方……」


 春希はやたらとそわそわしていた。

 隼人と伊織の顔をしきりに交互に見て「あそこっていくつかのパターンのあるんだよね」と呟けば、何を考えているかはよくわかる。だが今回誘われたのは隼人であり、その業務は調理補助だ。


 こっそりと話しかけてみる。


「春希、バイトに興味あるのか?」

「バイトというか制服に、だね」

「そう、か」

「そりゃボクだってね、可愛いと思われたいのですよ」


 誰に、とは言わなかった。

 いつもと同じ悪戯っぽい笑みを浮かべしかし、その頬はほんのりと赤くなっている。

 思わずドキリとしてしまう。それを誤魔化すようにそっぽ向いて頭を掻く。


「ははっ、隼人くん、可愛い女の子と知り合えるチャンスかもね」

「お? 隼人、ナンパはいいけど仕事中は止めてくれよ?」

「むっ!」

「……そんなのしねぇよ、勘弁してくれ」


 そして一輝と伊織が揶揄えば、あからさまに春希の顔が不機嫌に変わる。隼人は勘弁してくれとばかりに頭を掻く。


「しかし意外だったな、伊織がそんなところでバイトしてるだなんて」

「はは、オレだってそう思う。ま、実際自分ん家ちじゃなかったら手伝いでバイトなんかしてなかったと思うわ」

「……は? 自分ん……えっ!?」

「てわけで可愛い女の子はヘルプじゃなくてもいつだって大歓迎だぜ、二階堂さん?」

「ふぇっ!?」


 そう言って伊織はイタズラが成功したかのような顔で、驚く隼人と春希に対して片目を瞑った。

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