95.ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?


 十数分後、617号室には少々バツの悪そうな顔が4つ並んでいた。

 そんな中、気を取り直した隼人の母・真由美は、コホンを咳払いをして春希と向き直る。


「ごめんなさいね、昔が昔だったから春希ちゃんのこと男の子だと思ってて」

「あ、あはは。実はひめちゃんにもそう思われてたみたいで……」

「そりゃあだってねぇ、いつも泥だらけにして擦り傷ばっか作ってた子が、こんなに美人になっちゃって……隼人も凄く驚いたんじゃない?」

「……ノーコメントで」


 隼人の胸がドキリと跳ねる。それを悟られぬよう、曖昧に返事をして誤魔化す。

 チラリと春希の方を見てみれば、真由美からつやつやのどんぐりをドヤ顔で見せに来た、自分で草を編んで作ったトラップに嵌ってコケて泣くのを必死に我慢をしていたなど、絶賛黒歴史を語られ真っ赤になって俯いている。

 その様子にホッとした隼人は、自分にちらちらと視線が向けられていることに気付く。


「……あ」


 三岳みなもは目が合うや否や申し訳なさそうな顔を作り、そして確認するかのようにおずおずと訊ねてきた。


「その、霧島さんと二階堂さんって幼馴染……なんですね」

「まぁそうなるな。ええっとその、二股と勘違いしてるそいつは春希のもう1人の幼馴染、というか俺の妹。姫子」

「ご、ごめんなさい、私早とちりしちゃって」

「いや、いいよ。しかしそれいつの間に……」

「クラスの子の妹さんが撮ったものでして……」


 そう言って隼人はやれやれといった様子で三岳みなもの手に持つスマホの画像に視線を送る。そこに映し出されているのは先日の映画館前で姫子に詰め寄られている隼人の姿。伊織にも見せられたものだ。


「妹さんですか。可愛らしい子ですね、羨ましい」

「そうか? ぐぅたらでめんどくさがり屋でよく寝坊もするし、まぁ食べ物の好き嫌いが無いのは褒めてやってもいいけど」

「ふふっ、そういうところですよ。あ、この日の霧島さんもいつもと違ってカッコイイですよ?」

「っ! そ、それは姫子、妹が勝手に弄ったというか、あー……」


 いきなり褒められ気恥ずかしくなった隼人はそれを誤魔化すよう、真由美に弄られている春希の方に視線を移し、そして話題を変える。


アレ・・を見ての通り春希の奴、学校じゃ猫被っている感じなんだが、あーその、イメージ変わったか?」

「確かに……あ、でも悪い意味じゃなくてあんな感じの二階堂さんの方が、と、友達としてもより親しみを持てるといいますか……っ」

「お、おぅ」


 グッと胸の前で握りこぶしを作った三岳みなもは前のめりになって力説すれば、驚きたじろいだ隼人はそっと目を逸らす。


 今日の三岳みなもは先日同様髪がしっかりとセットされており可愛らしい。そんな彼女にずずいと迫られる形となれば、ドキリとしてしまうのも無理はない。

 だがそれを良しとしない者も居た。


「ふ~~~~~~ん」


 それまで真由美に弄られていた春希は、それを見止めるや否やジト目で不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「な、なんだよ春希」

「べっつにぃ? ただ鼻の下が伸びてるなぁって。今日の三岳さん、すっごく可愛いもんねー?」

「ばっ、別に伸ばしてねぇよ! その、可愛いのは認めるけどさっ」

「む、どーせボクは可愛くないですよーだ。そりゃ男子と勘違いされるボクと違って、三岳さんは小さくて可愛くて女の子ーって感じだもんね? ……あと、おっぱいも大きいし」

「おっ……って、そうは言ってないだろ!」

「つーん」

「ガキか!」


 お互い変な意地を張り、むくれる春希にむすっとする隼人。まさに子供の喧嘩じみていた。

 そんな2人を目の当たりにした三岳みなもと真由美がくすくすと微笑ましさから忍び笑いを零す。それに気付いた隼人と春希は互いにバツの悪い顔を見合わせ目を逸らす。するとますます三岳みなもと真由美は相好を崩す。


「相変わらず仲が良いのね、あんた達は」

「まぁ、悪くはないけど……」

「ふふっ、仲が良くて羨ましいです」

「み、三岳さんまで! ボク達はその、ふつーだというかええっと……」

「うーん、隼人と春希ちゃんの仲が良いのは分かったけど、それ・・、どうにかならない?」


 真由美は突如そんなことを言いだした。虚を突かれ、どうしたことだと首を傾げる隼人と春希を見やった後、三岳みなもに視線を移す。


三岳さん・・・・、よ」

「わ、私ですか?」

「……三岳さんがどうかしたのか?」

「ボク、三岳さんに何かしたっけ?」

「だから、三岳さん・・・・。みなもちゃんと友達じゃないの? 1人だけ名前呼びしてないのってよそよそしいんじゃない?」

「は?」

「へ?」

「ふぇ?」


 そう言って真由美は人差し指を隼人と春希に突き付けて、目っと言わんばかりに窘たしなめる。

 隼人は一瞬どういう意味かと呆けてしまうも、理解が及ぶにつれ徐々に顔を赤くしていく。同級生の女子を名前で呼ぶ、それは年頃の男子である隼人にとって中々にハードルが高い。


(春希はまぁ、アレだけど……)


 そう思って隣に視線を移せば、やけに難しそうな顔をした春希がぶつぶつと口の中で言葉を転がしていた。


「あ、あのその私のことは別に無理に……っ」


 この状況におろおろとしていた三岳みなもが申し訳なさそうに口を開けば、それを見た春希はよし、とばかりに彼女に詰め寄る。その目はやけに真剣だ。


「み、みなもちゃん!」

「はひっ!」

「ぼ、ボクのことは春希って! その、友達! 友達だからねっ!」

「は、春希さん、ですね! 友達……友達ですもんね!」


 三岳みなもは一瞬驚き目をぱちくりさせたものの、顔を真っ赤にして言い立てる春希を見れば、どんどんとその表情を嬉色に染め上げていく。


 そんな2人を微笑ましく見守っていた真由美は、次はあんたの番よとばかりに隼人に目を向ける。水を向けられた隼人はがりがりと頭を掻いた後、やおら立ち上がり扉を目指す。


「顔見せは終わったし今日はもう帰るぞ、春希…………と、みなも……さん、も」


 そう言って逃げるようにガラリと外に出た隼人の後ろ姿を見送った3人は、互いに顔を見合わせくすくすと笑いを零す。


「待ってよ、隼人ーっ。あ、また来ます、隼人のおばさん。みなもちゃんも行こ?」

「あ、はい! お邪魔しました」

「あらあら、またね」




◇◇◇




 西の空はほんのりと赤く色付き始めていた。

 病院を出て駅を目指す隼人の顔も赤い。


「うちの母さんが変にお節介ですまん、その、みなも……さん」

「いえいえ、気にしてないです」

「そ、そうか」


 みなもの機嫌はすこぶる良かった。

 ハーフアップに整えられたくりくりとした後ろ髪が嬉しそうに揺れる。

 隼人は多少何故だろうと疑問に思うものの、気恥ずかしさの方が上回り頭かぶりを振る。


 その様子をじっと見ていた春希は、ふと疑問に思っていたことを尋ねた。


「みなもちゃんさ、その髪型すっごく可愛いよね。どうしていつもそれにしないの?」

「ふぇ!?」


 みなもの肩がビクリと震え足が止まる。眉に困ったぞと皺が寄り、顔も赤くなる。


「こっちの方はいつもより断然似合ってるよね。隼人もそう思わない?」

「まぁ、それは確かに」

「あぅぅ」


 春希の純粋な瞳を向けられ少しばかり後ずさるも、やがて観念したとばかりに声を絞り出す。


「そのこれ霧し……隼人さんのお母さんにしてもらったので、自分ではその……」

「……なるほど。おばさん、隼人に似てお節介だから」

「おい」


 春希は得心がいったとばかりにポンと軽く手を叩く。一方隼人はみなもに名前を呼ばれ、その気恥ずかしさから春希にツッコミを入れつつ頭を掻いている。


「じゃあさ、ボクと一緒に練習しない? 僕もさ、実はこういうの慣れてないんだ。ほら、隼人のおばさんに男子と思われたくらいだしね」

「ふぇ!? えとあのその、いいんですか?」

「うん、だって友達じゃん」

「あ……ふふっ、そうですねっ」


 春希とみなもは顔を見合わせ笑い合う。

 まだまだぎこちないが、それでも仲の良さがうかがい知れる。


(仲が良い女友達、か……)


 隼人はその微笑ましい筈の光景に、どうしたわけか笑顔の春希の姿を見ればチクリと胸が痛んでしまう。そして誤魔化す様に再び頭を掻く。気付けば駅はもう目の前だった。


「私はここからバスですので。春希さん、隼、人……さん、また明日学校で」

「……ちょっと待ってくれ」


 もう一度みなもから躊躇いがちに隼人の名前が呼ばれたとき、隼人は遠慮がちに口を開いた。


「その、学校では三岳さん、のままの方がいいだろうか? 春希の時もそうだったし、ええっと周囲に妙に誤解を、というか……」

「あ……そう、ですね……ですが……」


 みなもは今その事に気付いたとばかりに目を大きくし、そして少しだけ表情が沈む、そして口元に手を当て逡巡する。

 春希は少し難しい顔をして、そんなみなもと、そして隼人の顔を交互に見やる。


「名前で呼ばれるの、好きです。その、家族みたい・・・・・に仲が良くなったみたいな気がして」

「そっか、わかった。じゃあその、みなもさん」

「はいっ!」


 みなもは笑う。隼人は気恥ずかしさから頭を掻く。

 しかし春希は2人気付かれることなく眉を顰め、そして何かを考え込んでいた。


「それでは、これで――」

「待って!」

「――ふぇっ!?」

「春希?」


 春希はバス停に向かおうとしたみなもの手を強引に掴んで引き寄せる。

 そして隼人に振り向いた時の顔と声色は、やけに真剣だった。


「ねぇ隼人、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」


 その瞳に意識が吸い込まれていく。

 何を言うつもりかはわからない。ただ無意識に、「あぁ」と言って頷いた。

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