88.やれやれ
この日は一日中居心地が悪く、隼人はずっと眉をひそめていた。
その原因を作った春希はと言えば、ひっきりなしに女子に囲まれ質問攻めにあい、男子からは何かの間違いであってくれと願う悲嘆にも似た視線を向けられている。
男子の視線が隣の席の隼人を捉えるや否や、たちまち突き刺さるようなものへと変化すれば、あまりにも見事な手のひら返しに色んな意味を含んだため息が漏れていた。
春希に対する女子のそれは、追及というよりも質問するたびに慌てふためきもじもじと赤くなる反応を楽しんでいるというのに近い。マスコットを弄るかのような微笑ましいものとも言える。
しかし決して春希を逃さないとするさまを、とある男子が「高校生にもなってかごめかごめを目にするとは思わなかった」と評すれば、思わず隼人も噴き出してしまった。
「わ、わたし用事がアレのそれで早いですからっ!」
放課後になるとすぐに、春希は慌てて教室を飛び出して行った。
さすがに質問攻めで弄られへとへとになってしまったらしい。
隼人は脱兎のごとく教室を逃げ去る後ろ姿を見送りながら、やれやれといった様子で鞄を引っ掴み、キーホルダーの付いていない家の鍵を手のひらで転がす。念のため家に置いていた大元の鍵だ。
(……ったく、自業自得だ、バカ)
悪態づいた言葉を口の中で転がすも、皆に好意的な笑顔を向けられたじろぐ春希の姿を思い出せば、自然とくつくつと喉が鳴る。
「よっ、今日はもう帰るのか?」
「森か。夕飯の買い物以外でも寄るところがあるからな」
「そうかー、
「……あー、
「おぅ、楽しみにしとくぜ」
森の何の気なしに言った
今日、隼人の方に男女問わず春希並みの追及がこなかったのは、ひとえに森と一輝のおかげであった。
森がそれとなく皆の気になりそうなことを答えやすく質問し、そして一輝が先日一緒に遊んで仲良くなったことを話せば皆の興味もそちらに移る。話題は春希とのことよりも、抑揚のない一本調子の歌声で盛り上がり、披露する羽目にもなった。
違った意味で大いに弄られることになったのだが、これは確かに2人への大きな
そんなことを考えながら、隼人は駅前を目指す。引越してすぐに利用したカギ屋があるのだ。
「あれ、隼人くんはもう帰ったのか……」
隼人と入れ違うようにして、一輝が教室へと訪ねてきた。
きょろきょろと周囲を見渡すも目当ての人物は見つけられず少し困った顔をする。
それを見とめた森が、どうしたとばかりにひらりと手を振った。
「何でも用事があるんだとさ。それよりも放課後に珍しいな、部活はどうしたんだ?」
「さすがにテスト期間前はね……そうか、隼人くんはいないのか……」
「……一輝?」
なにか喉に挟まったかのような様子の一輝に、森は訝し気な目を向ける。
それを受けた一輝は気まずそうに肩をすくめ、そして視線を女子達のグループで談笑している伊佐美恵麻の方に向けた。
「ま、時間の問題か」
一輝はどういう意味が分からないといった感じの森を手招きし、周囲に見えないようこっそりとスマホの画面を見せる。
それをみた森は目を見開き、そして乾いた笑いをこぼす。
「これは……ははっ」
「まぁその、中学生の妹がいる鳥飼さんって子から回ってきたものでね」
そこに映し出されていたのは、映画館前でいつもと違う格好をした隼人が姫子に詰め寄られ怒られている写真だった。
怒られてはいるものの、姫子の顔は拗ねているといった方がいい表情で、隼人も宥めるかのようにあやしている。明らかに仲の良さがわかるものだ。そして姫子の姿はよく春希が周囲に見せていたりもしていた。
これがどうなるかはわからない。
森は同じく苦笑している一輝と見合わせ、そして互いに肩をすくめるのだった。
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