81.……そうだったんだ……
「ボク、何やってんだろう……」
三岳みなもの勢いに圧された春希は、彼女の家へと連れられていた。
無理矢理押し込められた湯船に顔を半分沈み込ませてはブクブクと水面に泡を作る。脱衣所からはゴゥンゴゥンという乾燥機の回る音が響く。
眉間に皺が寄せながら、それにしても、と思う。
(随分大きな家だよね。だけど何だろ、この雰囲気……)
三岳みなもの家は先程の公園からほど近い所にあった。
少し古めかしいものの、かなり大きな日本家屋だ。家は裕福なのだろう。
風呂場に行くまでの廊下を見た感じ、いつでも誰かを招き入れられるように丁寧に手入れがされていた。
家主の、三岳みなもの性格を表すかのようにあたたかみを感じるがしかし、どこか物悲しさが漂っている。
春希はどうしてか他人事と思えず、ずぷんと湯船の中に潜り込んで眉間の皺をさらに増やす。
(ボクと隼人が同じ目をしている、か……)
そして、もう1つ心に引っかかったことへと思いを巡らす。
すると思い浮かんだのは、隼人の父によろしくお願いすると言われたことと、母が入院しているということ。
何かが引っ掛かった。だがそれが何かはわからない。
お節介で強引なところは、三岳みなもの方こそが似ているとさえ思う。
春希はのぼせそうになる頭をぷはっ、とばかりに水面から出し、そして答えが出ないまま風呂を後にした。
◇◇◇
「着替え、あんがと」
春希が着ているのは、三宅みなもの学校指定のジャージだった。
彼女は春希よりも一回り小柄なので少々きつさを感じるものの特に問題はなく、しかし胸周りはやけに余裕があって神妙な顔になってしまう。
「えとその、私服で可愛いのとか持っていなくて……」
「あ、あはは、ボクも家じゃ大抵こんな感じだし」
「そ、そうなんですね」
三岳みなもはどうしたわけか、リビングのソファーでかちこちに緊張して何故か正座して待っていた。
春希はどう反応して良いか分からず頬が少し引きつってしまう。
そして「お邪魔します」と呟いて彼女の隣に腰掛ければ、三岳みなもはビクリと肩を震わせる。
これではどちらが客が分からないと、春希はおかしくなって苦笑した。
「……」
「……」
何とも言えない空気である。
ちらりと隣を見てみるも、三岳みなもは堅くなって「うぅぅ」と唸って緊張しており、目が合えばすかさず逸らされ俯かれてしまう。
(あ、あはは……服が乾くのにも、もう少し時間がかかるよね)
手持ち無沙汰になった春希は、どうしたものかときょろきょろと周囲を見回す。
年季の入った戸棚、傷の多いローテーブル、年代を感じさせるテレビラック――部屋の調度品は少々古めかしいモノが多かった。しかしそれでも温かみを感じさせるそれは、大切に使われていることがよくわかるものでもあった。
だから持ち主の性格や思い入れが良く伝わってくる一方で、この場でポツンと1人でいる三岳みなもの姿が異様にみえる。
(あれ、そういえば……)
三岳みなも以外の住人の姿が見えないことに気付く。他に誰かいる気配もない。
先ほど持っていた醤油とみりんのボトルが足元に置かれているエコバッグが顔をだせば、より一層この異常さを助長する。何か人に言えない事情があるのが明白だった。
そんな春希の考えていることが表情にでてしまったのか、三岳みなもと目があえば彼女も困った顔で膝のうえで拳を握りしめる。そして逡巡の後、恥ずかしそうにその秘密を打ち明けた。
「私ね、ここで1人なんです」
「……………………ぁ」
それは強烈な既視感だった。思わず春希は目を見張る。
急にストンと、様々なものが胸へと落ちていく。
「もうずいぶん長い間、一緒だったお爺ちゃんが入院しちゃって寂しくて……だから二階堂さんを連れてきたのは自分の為だったんです……」
「そっか……そうだったんだ……」
彼女の姿はまるで悪いことをして謝る幼子そのものだった。
そして春希と違って意地を張らずに素直に弱音を吐いて、それでもどうすればと言葉を必死に探すその様子は、どこまでも誠実で――ここに至り三岳みなもはどこまでも
だからその寂しさをにじませながらも健気に誰かの帰りを待つ姿を見せられれば、春希の身体は自然と動いてしまう。
「1人はさ、嫌だよね」
「に、二階堂さんっ!?」
「ボクもね、1人なんだ。ひとりぼっちなんだ。1人はさ、寂しいよね……」
「二階堂、さん……」
春希は自分の中に生まれた衝動に従って、小柄な彼女・・を慈しむかのように抱きしめた。どうしてもそうしたかった。
(あ、そっか……そうだったんだ……)
突然のことに驚く三岳みなもであったが、春希の言葉と共にその体の強張りを解いていく。
おそらく隼人も似たようなものなのだろう。だからこそさっきの彼女の似ているという言葉に違いない。
「ね、また三岳さん家ちに来ていいかな? 今度は明るいうちにさ」
「あ……はい、よろこんで!」
そしてこれはおそらく、先ほどの三岳みなもが言ったように自分の為の言葉だろう。
だけど春希は今、言わずにはいられなかった。
「それからさ、友達」
「え?」
「園芸友達じゃなくてさ、普通の友達になりたい。
「そ、そんなことっ! その、よろしくおねがっしゅっ?! あうぅぅ……」
「ふふっ」
そして互いに顔を見合わせた春希と三岳みなもは、くすくすと不器用に笑い合う。
この場に横たわっていたそれぞれが醸し出す暗いものが払われていく。
きっとそれらは多分、本来はとても簡単なことだったのだろう。
いつしか意地を張り過ぎて見えなくなっていただけで、だからこそ春希は頑張ろうとかつての約束に誓う。
~~~~♪
そんな中、三岳みなものスマホが鳴った。
彼女は一瞬どうしたものかと春希の顔を伺うが、春希はにっこり笑ってそちらの方を促す。
「はい……え、はい知ってます。ええっとその、大丈夫ですか? 息が上がって……はい、はい。すぐそこに……」
少し名残惜しそうにして通話に出た三岳みなもは、しきりにちらちらと春希の方を見る。
それを不思議に思った春希はコテンと首を傾げれば、三岳みなもはおずおずと自分のスマホを差し出した。
「ええっとその、霧島さんからです」
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