昔と同じノリはボクの前でだけにしてよね、もぅ!
79.乾いた音
西の空が淡く、陽炎のように揺らめきながら朱く染まっていく。
昼間の太陽によって温められた空気は、夏らしい積乱雲となって夕陽を陰らせる。
そんな夕方から夜へと移り変わっていく様子を、隼人たちは電車の窓越しに言葉もなく眺めていた。
あの後、姫子の甘味リクエストで向かった先はカラオケセロリだった。先日隼人と春希が入ったのと同じ店だ。
初めての場所に驚き慌てふためく姫子が、2回目で余裕もあった隼人にむくれたりする一幕があったものの、その後は食事にカラオケに大いに盛り上がる。特にハニートーストは、ダイエット中の2人が今日だけは特別とばかりに夢中にさせたものだ。
そんなことを思い出しているのか、皆の顔は疲労に滲んでいるけれど、どこか心地よさと満足感にもあふれている。
やがて電車は隼人と春希、姫子の最寄り駅へと辿り着く。
「じゃ、俺らここだから。……その悪かったな、春希も姫子も遠慮なく頼んで」
「いや、結局半分は出してもらったし、僕も皆の色んな側面を見られて楽しかったよ」
「あのその海童さん、今日はごちそうさまでした!」
「……その、海童、今日はあんがと」
電車を降りた隼人は振り返りざまにひらりと手を振れば、一輝もそれに応えるかのように手をあげる。
「また今度一緒に行こう。隼人君の抑揚のない一本調子の歌声はクセになりそうだよ」
「ばっ、てめ、うるせぇよ!」
「おにぃが歌下手でちょっと安心した、ていうかはるちゃんすっごく上手かったし!」
「そりゃあボクは風呂場で散々鍛えてきたからね!」
「春希……」
「はるちゃん……」
「ちょっ、隼人もひめちゃんもそんなかわいそうな子を見る目で見ないで?!」
「ははっ」
そんなやり取りを繰り広げられるのを見た一輝がさぞ愉快気に肩を揺らせば、丁度電車の扉が閉まり、あっという間に別の街へと流れ去っていく。
「……帰るか」
ぼんやりと一輝を見送った隼人は上げたままだった手でガシガシと頭を掻いて、春希と姫子を駅の外へと促す。
その足取りは今日という日が終わるのを名残惜しいのかどこか重く、改札を出ようかという頃、ふと春希が足を止めた。
「あーボク今日はもう夕飯はいいや。食べ過ぎちゃったし。このまま帰るね」
「あたしもー。あっても軽いものがいいかな、アイスとか」
「姫子、それはもう飯じゃないだろう。それじゃ春希、家まで送る」
「いいよ、一雨来そうだし……ほら」
「あー……」
空を見上げれば、赤黒く染まった入道雲がゴロゴロと厳つい声で唸り声を上げている。しばらくは持ちそうだが怪しい雲行きである。
「そういうわけだから、またねっ!」
「あ、おい……ったく」
「またねー、はるちゃん」
春希は制止を聞かず小走りで駆け出した。
隼人の伸ばした手は空を切り、そしてため息とともに下ろす。
「……大丈夫かな」
「大丈夫じゃないの、子供じゃないんだし。おにぃ過保護すぎ。それよりスーパー寄って帰ろうよ」
「そう、だな……」
◇◇◇
日暮れ前の住宅街、春希は長く伸びた影を振り切るかのように駆けている。
「あー、もうっ!」
今日は楽しかった。かつての子供時代の時のように楽しかった。
あの時と同じように遊び場を野山や神社、普段は使われてない山小屋から、映画館にファミレス、カラオケへと場所を変え、お互い新たに様々な一面を知った。
歌うのが苦手で棒読みを指摘されて仏頂面になる隼人。
今度クラスメイトと行くためにと、やけに真剣な顔でリズムを追いかける姫子。
曲と共に身振りを交えて春希が歌えばどこか悔しそうな顔で拍手をする隼人に、歓声をあげながらどうやって踊るのかと食いついてくる姫子――そして、そんな隼人を弄って皆の笑いを誘う、いつの間にか輪の中にスルリと入り込んでいた一輝。
思い返せば、みんな確かに笑顔だった。だというのに、春希の中ではドロリとしたものが渦巻き胸を焦がしている。痛みが走る。
それは焦りにも妬みにも嫉妬にも近いものの、そのどれにも至りはしない、独占欲にも似た子供じみた感情だった。
「ひめちゃんがちょっと羨ましいなぁ……」
ふと足を止め、そんなことを独りごちる。気付けばもう家の前だ。
どうしてそんな言葉が口をでたのかはわからない。その理由に気付いていないかのように眉をひそめる。ドツボに嵌りそうだった。
「ん、よしっ」
このままではいけないとばかりに、春希はパンパンと自分の頬を叩く。
そして自分を戒めるかのように、なるべくいつもと同じ声色を意識して、いつもと同じ儀式の呪文と共に扉を開けた。
「ただい――」
「
パァン、という乾いた音が玄関先に響き渡る。
予想外の衝撃を先ほど気合を入れたばかりの頬に受けた春希は、痛みよりもまず困惑が先に立ってしまい、呆けた顔で視線を元へと戻す。
そこに居たのは苛立ちを隠そうともしない妙齢の佳人――田倉真央の姿があった。春希は
見目麗しい顔立ちにやけに迫力のある瞳で、
「――お母さん」
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