78.気に入らないや
そこに居たのは男子4人のグループだった。
「相変わらず女子と一緒なんだな、海童」
「で、今度はどういう繋がり? あ、もしかして早速もう修羅場?」
「今度はどれだけもつんだかね」
隼人は彼らの顔に覚えがなかった。
見たところ同世代だろう。春希の方に目線で尋ねてみるも軽く左右に顔を振られるのみ。どうやら同じ高校というわけではないらしい。
しかし海童一輝にとっては違うようだ。その顔は常に涼し気な彼からは想像出来ないほど蒼白としている。
彼らも一様にニタニタと底意地の悪そうな笑みを浮かべて海童一輝を卑しめる言葉を吐けば、とてもじゃないが友好的な様子には見えない。剣呑な空気だった。
「……っ」
海童一輝は俯き歯を食いしばっている。
彼らが如何に挑発しようと拳を握りしめ、青白くなるほど力が籠められるが何も反応をしない。それはまるで嵐が通り過ぎるのをただただ耐えているかのようでもあった。
(……なんだ、これ)
隼人は突然のことに困惑していた。
いきなり見知らぬ相手がやってきたかと思えば、成り行きとは言え連れ立っている海童一輝を悪しざまに言われれば良い気もしない。
それに少なくとも隼人の知る海童一輝は、誰かに故意に傷つけたり貶めるような人間ではない。思わず眉をひそめてしまう。
「アンタもさ、女子目当てなら海童とつるむのと止めといたほうがいいぜ」
「そうそう、オレらも小中一緒だったけど結局全部アイツが持ってっちまうしさ」
「ホイホイ釣られる女も女だけどな、はっ!」
そして不意に彼らは隼人へと水を差し向け、一瞥するかのように春希と姫子を嘲笑う。
嫉妬、侮蔑、憎悪……それらのものに似ているがどこか違う。複雑なものだがしかし、春希や姫子ではなく
彼らと海童一輝との関係はよくわからない。だが話しぶりから、なんとなく予想は付いた。
海童一輝はよくモテる。きっと、そういうことなのだろう。
チラリと隣に顔を向ければ何も言い返さず唇を噛み締める海童一輝。
本音を言えば、隼人にとってはどうでも良い事だった。
海童一輝にそこまで興味があるというわけではない。
だけど彼らの方へと視線を戻せば、そこには醜く歪み憎悪と共に妬ましさが混じった顔が目に飛び込む。それがひどく隼人の胸をざわつかせる。その表情にはどこか覚えがあった。
『海童さんの本命は二階堂さんだって』
かつての三岳みなもの言葉を思い出す。
(……あぁ、くそっ!)
そしてかつての自分の子供じみた行動も思い出し、ガシガシと頭を掻く。まるでかつての自分を見せられているかのように感じてしまい、渋面になってしまう。彼らをもう見てはいられなかった。
「メシが不味くなった。出るぞ春希、姫子……それに海童も」
やおら席を立ち上がった隼人は半分近く残っている皿をそのままに、伝票を引っ掴んでレジへと向かう。その顔は自嘲で歪んでいた。
「なっ?!」
「てめ……っ!」
「き、霧島くんっ?!」
突然の行動に面食らったのは彼らだけではない。
海童一輝は隼人の行動だけでなく自分の名前が呼ばれた事にもひどく驚いており、どうしてといった顔で泡を食う。姫子はオロオロとした表情で残された皆の顔と料理の残っている皿を交互に見やり、きゅっと春希のスカートの裾を掴む。
そんな中、春希だけがやけに落ち着いており冷静だった。
「あのさ、一応ここでハッキリ言っておくけど、ボクって海童のこと好きでもなんでもないんだよね」
淡々と、そして無機質な声で彼らに告げる。
その春希の言葉は、隼人を追いかけようとした彼らの足を止めるのに十分なものだった。
驚き目を丸くする皆を前にして、春希はさぞ迷惑と言いたそうな表情で愚痴るかのように言葉を続ける。
「好きどころか逆だよ。普段外面ばかり取り繕って本心を見せないところとかさ、誰にでも良い顔をしようとして愛想を振り撒いたり、そのくせ
それは果たして誰に向けて言ったものなのか。
どんどんと熱が籠もっていった声色は、最後は啖呵を切るかのように語尾を強めていた。そして春希は目を細め彼らを一瞥する。
「そんな上っ面だけ見てどうこう言うだけのあんた達はそれ以下だね。行こ、ひめちゃん」
「……あっ」
呆気にとられる彼らを無視して、春希も立ち上がり姫子の手を引く。
彼らにしてみれば突然の展開だった。
それでも春希にもバカにされたとわかった彼らの内の1人は、顔を真っ赤にして春希に掴みかかろうとする。
「ちょっ、待てよこのクソア――」
「――ふんっ!」
「あがっ?!」
しかし春希はなんてことない風に軽やかに身をかわし、ついでとばかりに足を引っかける。勢いづいた彼はそのまま床へとぶつかり無様に這いつくばり、情けない声を上げた。
これほどの騒ぎを起こせば必然、店内の注目を集めてしまう。端から見れば美少女にすげにされ床にはいつくばっている構図だ。
彼らはバツの悪そうな顔で倒れた彼を助け起こし、そそくさと席へと去っていく。これ以上は恥の上塗りになるのがわかるのか、何かをするつもりも無いようだった。
「……ほんと、ダサッ」
春希はそんな彼らを見下す様に吐き捨て、ため息を1つ。
そして未だまごついたままの海童一輝に声を掛ける。
「ほら、行くよ。……海童も」
「っ! ……あぁっ!」
返事をする海童一輝の声は、少し震えていた。
◇◇◇
「もぅおにぃ、いきなり何してんのさ! 食べてる途中だったのに!」
「あーその、すまん。悪かったって」
店を出て少し行ったところでは、隼人が姫子に怒られていた。
さすがに隼人も自分勝手な行動をしたという自覚があり、姫子に言われるがままである。助けを求めるかのように春希の方へと視線を移すも、肩をすくめられるだけだ。だがその瞳はやけに優しい。それは姫子も同様だった。
「霧島くんっ!」
「海童」
少し遅れて合流した海童一輝は、すぐさま隼人に頭を下げた。
「その……さっきはありがとう。彼らは同じ地元の中学で――」
「やめてくれ、わざわざ話さなくてもいい。聞きたくもないし、興味もない。アレは俺の勝手な都合だ。海童は関係ないし、知らん」
「それでも……っ!」
しかし海童一輝は頑なだった。
隼人としては複雑な心境である。
そして真正面からこうも感情をぶつけられると邪険にもし辛い。
だから隼人は困った顔のまま、ため息とともに本音を零す。
「俺は海童、お前のことが苦手だ」
「ははっ、見ればわかるよ。だけど、いやだからこそ、僕はキミと仲良く……友達になりたいんだ」
「……そういうことをわざわざ聞くところとかが苦手なんだ」
ひらりと手を振った隼人は、話はこれで終わりとばかりに身を翻す。その顔は以前と困ったままだったが、口元は仄かに緩んでいた。
「口直しに別の店に入りなおそうか。お前の奢りでな――……
「っ、あぁっ! 霧し――
「あ! それならあたし甘いものがいい! ハニートースト食べてみたい!」
「…………ぁ」
隼人が歩き始めれば、姫子は手をあげ主張した。一輝は笑いながらその輪へと入っていく。
春希はそんな3人の姿をどこか呆然とした様子で眺めていた。
「はるちゃーん? どうしたの、おいてくよー?」
「あ、うん。今行くーっ」
我に返った春希は小走りで追いかける。
しかしその顔は困った様子で、そして自嘲気味にぼそりと呟くのだった。
「……やっぱりボク、海童は気に入らないや」
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