75.どういうつもりだ?
隼人と春希は互いの顔を見合せば、鼻を摘まんだり突っ込んだり耳を引っ張ったりしている滑稽な姿を衆目に晒していることに気付く。
この随分と仲睦まじいとも言える姿は、周囲の通行人の視線と忍び笑いという形でいかに目立っているかということを示していた。
その事に気付いた隼人と春希は慌てて手を離し距離を取る。しかし海童一輝はそんな隼人と春希を見て、可笑しそうに肩を揺らし目尻の涙をぬぐう。
「ははっ、その、奇遇だね、霧島君に二階堂さん」
「そう、だな」
「僕と違って2人は偶然じゃなさそうだけどね」
「……あぁ、そうだよ」
隼人はガリガリと頭を掻きながら、はぁ、と観念したかのようなため息を零した。
先ほどの状況を思い返す。
子供のじゃれ合いそのものだった。とてもじゃないが、転校したての隣の席同士の男女がするようなものではない。現に海童一輝は顎に手を当てながら大仰にうんうんと頷き、さぞ面白いものだと言わんばかりの表情だ。
(……あー、迂闊だった。しかもよりによって見つかるのがコイツとか……)
休日、街で学校の人と出会う――彼の様に話しかけられはせずとも、誰かの目に触れるというのは当然のことだ。それでなくとも春希という少女はよく目立つ。見た目に気合を入れた今日は、格別に。
前回見られなかったのは滞在期間が短かったというのと、主に店内にいた事、ドラマ撮影で他に目を引くものがあったからだろう。
「そっちの女の子が噂の幼馴染さんかな? 初めまして、2人と同じ学校の海童一輝です」
「っ!」
「あ、おい、姫子!」
改めて隼人と春希を観察していた海童一輝は、姫子の存在に気付きにっこりと笑いかけ自己紹介をする。
海童一輝は見栄えが良い。いわゆるイケメンだ。その数多くの女子を虜にしてきた笑顔を向けられた姫子はどう反応して良いか分からなくなり、そして人見知りをいかんなく発揮して隼人の背中に隠れてしまう。これには隼人も海童一輝も苦笑を零すしかない。
「残念、フラれてしまった。それにしても姫子……呼び捨て、ね」
「あー、それはだな……」
肩をすくめた海童一輝は、言葉とは裏腹に興味津々と言った目で口ごもる隼人と姫子を見比べる。
何ともバツの悪い空気だった。
それは隼人と春希、姫子の関係を学校では公にしていないというやましさも手伝っている。無遠慮とも言える視線に晒された姫子はビクリと肩を震わせ、隼人のシャツに皺が出来る。何とも説明にしづらい状況だ。そしてチラリとそんな姫子の顔を見た隼人が、口を開こうとした時のことだった。
「海ど――」
「ちょっと海童、ジロジロ見過ぎ! ひめちゃんビックリしてるでしょ!」
「おっと、これは失礼」
「――春希」
春希は海童一輝の前に、姫子への視線を遮るかのように躍り出た。その顔は彼を非難するかのように眉をひそめており、ビシりと人差し指を突き付ける。驚いた海童一輝は思わず仰け反り両手を上げる。
またもや海童一輝は驚いていた。
当然だ。春希の言動や態度はあまりに普段の学校で見かけるそれと違っており、それが自身へと向けられると戸惑うなと言う方が難しい。しかし同時に強い興味も抱かせる。だからお返しにと投げかけた言葉には、多分に揶揄からかいの色を含んでいた。
「……それにしても二階堂さん、すごく可愛らしい感じだね。その服も髪型も、随分と学校でのイメージと違う。驚いたよ、霧島君に見せる為かな?」
「そうだよ、当たり前でしょ。隼人やひめちゃんを驚かすためにこんな格好してるんだから!」
「っ! ……へ、へぇ、そうなんだ」
しかしそんな海童一輝の意地悪めいた言葉はサラリと受け流され、開き直ったとも言える春希は自分の姿を見せつけるかのように腰に手を当て胸を張る。
海童一輝はそんな春希の行動に目を見開き、そして眩しいものを見るかのように目を細めた。
「もっとも、隼人にしてやられたけどね。まぁでもボクのエロい下着であの反応ってことは、こっちの勝ちってことで良いかな――むぐっ?!」
「おい、春希!」
「ぶふっ! な、下っ……けほ、けほっ!」
「はるちゃん、もういいからこっち!」
そしてドヤ顔で、隼人へ故意に下着を見せつけたと言い切った。
驚き咽る海童一輝。あちゃあと額に手を当て天を仰ぐ隼人に、思わず口を塞ぎに動いた姫子。そこで初めて春希は自分が何を言ってしまったかを認識し、羞恥に顔を赤く染める。
当然ながら先ほど以上に目立ってしまっていた。春希の鈴を転がすような声はよく通り、エロい下着という単語に反応した周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。
ただでさえ隼人も姫子も注目されていることに慣れていない。その場の空気に耐えられなくなった2人は春希を引きずりながら、慌てて人通りの少ない端の方へと移動する。
自分のしでかしたこと正しく認識した春希は顔を両手で覆ってうずくまり、調子を取り戻した姫子に慰められては「うぐぅ」と涙目で鳴き声を漏らしていた。
そして代わりに隼人が痛む頭を押さえながら、着いてきた海童一輝の前に出る。
「まぁなんだ、海童。春希の
「いいけど……その、キミ達は随分と仲が良いんだね」
「そりゃ、幼馴染で古い付き合いだからな……って、もう気付いてるだろ? で、散々春希が周囲に言ってきたコイツは姫子。俺の妹」
「き、霧島姫子です。は、はじめまして……っ」
「あ……うん」
幾分かいつもの様子を取り戻した姫子は、隼人に背を押される形でおそるおそるであるが、今度はしっかりと挨拶をした。
それに気付いた春希は、先ほどやられっぱなしだったこともあって、いい子いい子と姫子の頭を撫でる。
「お、今度はちゃんと出来たね、えらいえらい」
「もぅ、はるちゃんは調子いいんだから!」
「……ったく、何やってんだ。そろそろ行くぞ」
そうやって隼人が促せば、「「はーい」」と調子のよい言葉が返って来る。それは幼い頃に幾度と繰り返されたものであり、先ほどのようなアクシデントがあったものの、もはやいつも通りの空気になっている。それは隼人達だからこそ作り出せる空気だった。
隼人は少し照れたような顔を浮かべながら海童一輝に声をかける。
「今日は皆で初めて映画館に行くところなんだ。田舎じゃ無かったし。時間もアレだし、俺たちはそろそろ行くわ……その、今日のことは黙っていてくれると嬉しい」
それじゃあと、隼人は手を挙げて身を翻す。
隼人と海童一輝は知り合ってまだ間もない。特別仲が良いと言うわけでもないし、噂の件もあって友達とも言えないあやふやな関係だ。
「待ってくれ、僕も一緒に連れていってくれないかな!」
だからその言葉は予想外の一言に尽きた。
「海童……?」
「むっ!?」
呼び止められて振り返った隼人や春希は驚き、互いに見合わせる。
何より海童一輝の顔が一番驚愕に彩られており、本人もそんなことを言ってしまった自分に戸惑いを隠せない。
そんな中、一番最初に動いたのは春希だった。
「どういうつもり?」
ぐいっと一歩踏み出し詰め寄って、その顔は怪訝な様子でいっそ睨むという形容がぴったりな目をしている。
海童一輝は思わず後ずさってしまうも、そんな春希をしっかりと見返し、たどたどしくも言葉を紡ぐ。
「……ええっとその、僕が居たほうが色々と都合が良いと思うんだ」
「都合がいい?」
「ほら、君たちのことって大っぴらにしていないだろう? だから僕が居るとWデートの様に見せられるし、他の誰かに見つかったとしても誤魔化しが効――」
「だっ、だだだだだぶるでーとっ?!」
「――くというか……って、二階堂さん?」
「だだだWデートって、誰と誰がどうなって?! は、隼人はダメだよ、あげないからね!!」
突如Wデートという単語に敏感に反応してしまった春希は、瞬間湯沸かし器となってしまった。今にも頭から湯気が出そうな顔でスカートのフリルを弄りながらチラチラと隼人と姫子の顔を伺う。
様子を見守っていた隼人はやれやれと言った様子で「あげないって俺はモノかよ」とため息を吐きながら、ポンコツになった春希を姫子に預け、海童一輝と向き直る。
「……で」
「で?」
「どういうつもりだ?」
「つもりもなにも、言った通りなんだけど」
「…………ふぅん?」
「……き、霧島くん?」
隼人はその真意を探ろうと、ジッと海童一輝の瞳を見つめる。
不安げにも揺れつつも、何かの期待に満ちた色に揺れていた。何かを恐れているようにも、眩しいものを求めるかのようにも見える。……どこか覚えのある瞳だった。
――
それはかつて見たものと同じだった。
隼人としては海童一輝の事情なんて知らない。ましてや深入りする気もない。だけどあまりに似た色のそれを前にしてしまうと、放って置くには気が引けてしまう。
それに先程からの言い訳じみた海童一輝の弁だが、確かに一理あると納得するものでもあった。余計なトラブルを避けるのには効果的だろう。大きなため息を吐いた隼人は、ガリガリと頭を掻き乱す。
「……コーラとポップコーン、奢りな」
「霧島くん!」
「隼人ーっ?!」
驚きつつも喜びを滲ませる海童一輝の声と、抗議めいた声を上げる春希の声が対照的だった。隼人も思わず困った笑いが零れてしまう。
そんなことは気にしていられないとばかりに流した隼人は、スタスタと先へと足を進める。
「あーもぅ! せっかくあたしが整えたのに!」
そして隼人はぐちゃぐちゃになった髪のことを、追いかけてきた姫子に非難されるのだった。
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