68.アレ、ろくなこと考えてないな
登校して教室に入ってみれば、やけにご機嫌な春希の姿があった。
今にも鼻歌を唄い出しそうな、いつもより5割増しなにこにこ笑顔を振りまき教科書を取り出し授業の準備をしている、そして時折何かを思い出したかのようにメモをしたり、スマホを弄繰り回してそわそわすれば、何も無いと考える方が難しい。
「おはよーっす、随分と機嫌がいいな?」
「……へ? い、いつも通りですよ?」
「そうか? まるで遠足前の小学生みたいだぞ?」
「そ、そんなことないもん!」
どうやら春希も、映画をよほど楽しみにしているようだった。
ちなみに先日映画館に行ったことは? と聞けば、『今は動画配信サービスって充実しているよね』という力強い言葉を頂いている。
「ははっ、じゃあそういうことにしておこう」
「むぅ!」
春希は大きな声で子供じみた抗議の声を上げ、ぷくりと頬を膨らませる。
そんな春希の気持ちがわかる隼人だから、先程海童一輝にも指摘されたこともあって、ついついかつてのノリで揶揄ってしまう。
しばしにらみ合った後、春希はハタと何かに気付いた様子で小さく息を飲む。
そしてくるりと身体を翻したかと思えば、彼らを見ていた伊佐美恵麻の所へと向かっていく。どうしたわけか、伊佐美恵麻は物凄く珍しいものを目にしたかのように驚いていた。
「伊佐美さん、ちょっといいですか?」
「へ? あ、うん……何、かな?」
「ちょっと相談したいことがありまして……あ、佐藤さんに白波さんもこっちへ!」
「あ、あーしも?」
「え、えーと……?」
春希の普段隼人以外には見せないイタズラっ子めいた表情と勢いに、伊佐美恵麻はタジタジになってしまう。
そして彼女だけでなく他の驚いている女子達も巻き込んで、どんどんと盛り上がっていく。
(アレ、ろくなこと考えてないな……)
見覚えのある貌だった。
かつて月野瀬に居た頃、落とし穴を掘ったり、蟻の行列を途中で遮ったり、源じぃのところの羊や犬に靴下を履かせてイタズラして遊んだ時と、同じ貌だった。
隼人はそんな周囲を巻き込む嵐のような春希の姿を見て、ガシガシと頭を掻いて呆れた色のため息を吐く。
だけどそれは隼人にとっては見慣れた貌と言動で、その口元は緩んでしまう。
ちなみに春希たちのそれに興味を持って近付く男子達も居たが、全て「女子の会話だから!」という声で完全にシャットアウトしていた。
「彼女、取られちゃったな」
「……彼女じゃねーし」
「いや、オレの。恵麻のことだよ」
「……」
「へへっ、睨むなよ」
そんな隼人の隣に森がやってきたかと思えば揶揄われ、ブスリと顔を歪めてしまう。
いつものように軽薄な調子で「悪ぃ悪ぃ」と謝罪の言葉を口にしつつ、春希と伊佐美恵麻のグループに目を向ける。
「オレさ、恵麻から相談されてたんだよね」
「相談?」
「どうしたら二階堂と友達になれるかって」
「……へぇ、友達か」
「ほら、と言っても霧島は知らないか。二階堂ってどこか壁を作ってて友達らしい相手も居なくてどこか孤高でさ、だけど最近接するうちに仲良くなりたいって……まぁこの調子なら問題無さそうだな」
「そう、だな……」
森と同じ視線の先では、和気あいあいと春希たちが女子同士で盛り上がっている。
如何にも仲良さげで微笑ましい光景とも言える。
森も自分の彼女を眺めながら目を細めている。
だというのに、隼人の眉はひそめてしまっていた。
「霧島?」
「ん、何でもない」
隼人はどうして自分の顔がそうなってしまっているのかわからない。その理由も思い当たらない。
しかし森とのやり取りで生まれた胸にチクリと刺さるトゲのようなものは、頭を振って飲み下そうとするが上手くいってくれない。
「で、森はどうなんだ? 彼女が二階堂に取られていいのか?」
だからそれは、八つ当たりじみた質問だった。
「そうだな、今度こそ友達が出来るといいな……」
「……森?」
「はは、何でもねぇ。忘れてくれ」
「そうか……」
しかし返ってきたのは、どこか不機嫌そうな隼人の声色とは対照的に、伊佐美恵麻を気遣うものだった。明らかに気になる言い草だ。
だけど森の神妙とも言える表情を見ると、これ以上ツッコむのは野暮に思えてしまう。
(誰だって色々ある、か……)
そんなことを考えさせられた隼人は、再びガリガリと頭を掻いて自分の席に座った。
◇◇◇
「あ、伊佐美さん、例のお店行きましょう?」
「うん、任せて!」
その後、春希と伊佐美恵麻の悪だくみとも言えるものはお昼も続き、そして放課後になっても終わることは無かった。それだけ話が弾んでいるようだった。
鞄を取りまとめた春希は、隼人の方に一瞬ドヤ顔を向け、彼女の方へと向かっていく。どうやら一緒にどこかへ出かけるらしい。
「……ん?」
隼人はそんな春希の後ろ姿を見送った後、スマホに通知があったことに気付く。それを確認した隼人は、より一層しかめっ面を作ることになる。
「フラれたな、霧島」
「何だよ、森」
「フラれた者同士、どこか寄ってくかってお誘い」
「……いや、俺はちょっと帰りに寄ってくとこあるから」
「何だ、夕飯の買い出しか?」
「いや、病院だ」
「へ?」
隼人は何とも言えない顔で鞄を掴み、教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます