よろしくお願いね
67.仮面剥ぎ、化け猫退治
その日の空は、朝からどんよりと曇っていた。
隼人は通学路を歩きながら、スンスンと鼻を鳴らす。
(臭いは薄いけど、降るかもだなぁ)
隼人は、やってしまったとばかりに眉を寄せる。
今朝家を出る前は、空を見て降らないかなと思ったが、確かに雨の予兆を嗅ぎ取った。どうやらこちらは随分と匂いは薄いらしい。そんなところでも田舎と都会の違いを感じてしまう。
だけどその顔はどこか機嫌が良さそうだった。足取りも軽く、浮かれていると表現した方が近いと言える。
事実、隼人は映画を楽しみにしていた。
姫子から聞いた映画館の規模は、完全に自身の理解を越えた未知の存在であり、冒険心とも言えるモノがくすぐられる。
そこへ春希と一緒に行くというのだ。
枯れた井戸場、生活モノレール跡地、山奥に打ち捨てられた神社――かつて色んな場所を探検と称して出掛けたことを想い起こされ、それが余計に期待に胸を膨らませてしまう。
「やぁ、何か良いことがあったのかな、霧島くん」
「うげ、海童……なんでもねぇよ」
しかし学校も近づいてきた大通りで海童一輝に出会い、その眉に皺を寄せた。
「そんなに嬉しそうな顔をしているのに?」
「……気のせいじゃないか?」
「はは、じゃあ気のせいでいいや」
「……ちっ」
彼は隼人のそんな反応なぞ知ったことかと、一気に距離を詰め隣に並ぶ。あからさまに邪険にされているというのに、何が楽しいのかニコニコと笑顔を浮かべている。そんな彼とは対照的に、隼人はしかめっつらでつむじを曲げていく。まるで海童一輝に揶揄からかわれているように思ってしまう。
隼人はジト目で彼を見やる。
スラリとして隼人より少しだけ高い背丈に、部活で鍛えられて引き締まった身体、短く刈り込まれつつも丁寧に手入れされた髪は彼の爽やかで涼し気な目元とよく似合う。同性から見ても、モテそうだというのがよくわかる。事実、海童一輝はよく目立つ。
「おはよーっす、海童」
「よっ!」
「あ、海童くんだ。おはよー」
「やぁ、みんなおはよう」
今だって男女問わず、すれ違う生徒達に声を掛けられいる。
そんな彼が爽やかな笑顔と共に返事をすれば、悪印象を持てと言う方が難しい。
隣にブスっとした隼人の顔が添えられていたら、その効果はより一層ばつぐんだろう。
それだけ、春希に負けないほどの人気があった。
実際、隼人の教室に来ては男子たちに混ざって悪ノリとも言えるバカ話に興じる様子を見ているうちに、隼人としては遺憾ながら、そう悪い奴ではないなという考えを抱いている。
(こいつは……アレ……?)
しかしこうして隣にいるうちに何かが気にかかり、違和感めいたものを覚えてしまう。
愛想と笑顔を振りまき挨拶を交わし手も振っているにもかかわらず、彼のところへ寄って来るものは誰もいないのである。それがどうしても、隼人に――を連想させてしまった。
「……」
「うん? 僕の顔に何かついているかい?」
「いや、別に。ただアイドルみたいだなって思ってさ」
「
「熱心に
「そうかい……」
一瞬、海童一輝は大きく目を見開いたかと思えば、困った顔で目を瞬しばたたかせる。
隼人はそんな彼を見ながら、自身が妙に気にかかっていたことの1つの正体が、既視感だったということに気が付いた。そしてガリガリと頭を掻きながら言い捨てる。
「なるほど、その顔は文字通り甘いマスクという名の仮面か」
「――っ!!」
スタスタと前を行く隼人の背中から、息を呑む声がきこえ、足音が止まる。同時にため息も吐いてしまう。
誰にでも良い顔をしているくせに、誰とも距離を置いている――なんてことはない、海童一輝は
彼が一体どういう理由があるのかはわからない。もしかしたら唯の処世術なのかもしれない。そもそも良く知らない相手だし、知りたいとも思わない。
だけど隼人は春希と重ねてしまったとき、どうしたって春希の寂し気な顔も重ねてしまっていたのだった。
(ああ、くそっ)
失礼で不躾な言葉をぶつけた自覚はある。彼と春希とのことだって気にならないわけじゃない。自分でも何を考えてるんだかと思う。
だけど背後の彼の表情を考えてしまうと、無視したり切り捨てたりするには、春希と重ねてしまった以上どこか目覚めが悪かった。
だから隼人はもう一度大きなため息を吐きつつも、色んな想いと共に頭を掻きながら振り返る。
「おい、なに立ち止まってんだ? 置いてくぞ」
「っ! あ、ああっ! はは、あははははっ!」
隼人の声で我に返った海童一輝は、一瞬ぐにゃりと顔を歪ませたものの、すぐさまいつも通りの顔を取り戻して小走りで再び隣に並ぶ。
その顔は驚きと共に清々しい色に彩られていて、そんな表情でまじまじと見つめられれば隼人も困惑ばかりしてしまう。
「……なんだよ、俺にはそんな趣味は無ぇぞ」
「奇遇だな、それは僕もだよ」
「じゃあなんだよ、珍しい顔でもないだろう?」
「いやさ、霧島くんっていい奴だなぁって思ってさ」
「はぁ?! なんだよ急に、気持ち悪ぃ」
「はは、確かに」
海童一輝は心底愉快とばかりに肩を震わせると、目尻に浮かんだ涙を指先ですっとぬぐった。そのまま、やや複雑な心境の隼人の隣に肩を並べ、歩き出す。
「それに、噂は噂だから」
「どの噂だよ」
そして、隼人にだけ聞こえるように声を押さえ、その事を切り出した。
「――二階堂さんのこと」
「……っ!?」
唐突に切り出されたその名前に、隼人は知らず身構えてしまう。自然と拳は拳を握りしめられ、睨みつけるように目を細めて振り返る。
だが、海童一輝はそんな隼人の視線を、むしろそれが好ましいものであるかのようにさらりと受け止めた。
「僕にとって二階堂さんは、そういうんじゃない」
「……へぇ」
「だから、気にしなくていいよ」
「はっ、別に俺は二階堂とは特にそんなんじゃねぇし」
「はは、そう。そうなんだ。……ふぅん」
そこでふと、海童一輝の表情に浮かぶ、彼らしくない、どこか悪戯げな表情に隼人は気がついた。
「……何だよ」
隼人はそこに、どこか親しみのある既視感を覚えた。海童一輝と春希には、どこか似てる所があるのかもと思い、そう思ってしまった自分に、すぐに否定を返す。
(何考えてんだ、俺は)
そんな隼人の態度に海童一輝は、まるでそれを楽しんでいるかのように一人、うんうんと理解を示す。
「あの特大の化け猫の皮を剥がしておいて、……なるほどね。そんなんじゃない、か」
「いやお前、化け猫って」
「我ながら、言い得て妙だろ?」
「……否定は、出来ねぇな」
海童一輝は涼し気な顔で隼人の視線を受け流し、そしてからかう様に話をずらしていく。彼の方が1枚も2枚も上手だった。
そして天も彼に味方したのか、ポツリポツリと雨が地面を叩き始める。雨足の弱いにわか雨で、傘を差す必要もないほどだ。
「急ごう、霧島くん。競争だ!」
「あ、おいっ! ああ、もうっ、子供か!」
挑発されるかのように言われれば、隼人も思わず彼の後を追うように駆け出し始める。
その口元は、うっすらと笑みが浮かんでいた。
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