65.だってさ、悔しいじゃん
「それじゃあな」
「おぅ、いろいろ見てみる」
夕飯の準備があったので、話もそこそこで切り上げてファミレスを出た。
都会の夏の夕暮れは、陽が傾いたとしてもその暑さはなかなか和らぐことはない。
店を出た瞬間に噴き出した汗はそのまま引くことは無く、制服は肌に張り付いたまま帰路を歩く。
あの後、隼人は森からいくつか遊ぶのにお勧めのスポットを聞いた。
それらの中にはネットやテレビなどで聞いたことのある名称もあったが、よく知らないのでいまいちピンと来ていない。しかめっ面のまま食材を選ぶ隼人の姿は、周囲には随分奇異に映ったことだろう。
(春希や姫子なら知ってるかな?)
そんなことを思えば自然と笑いが込み上げてきて、スーパーの袋が軽やかに踊る。
どうやら隼人は自分で思っている以上に、どこか遊びに行くというのが楽しみになっていたようだった。
「ただいま」
「お、おかえり、隼人っ!」
「……春希? どうしたんだ、それ?」
帰宅早々玄関で出迎えてくれたのは、どうしたわけかエプロン姿の春希だった。
オーソドックスな形のパステルカラーのもので、胸元にはプリントされた猫が躍っている。
「買ったんだ。どう? 似合っている?」
「それは、まぁ、うん」
「えへへ」
似合っているかどうかと聞かれれば、似合っているとしか言いようがない。
中身はともかく見た目は清楚可憐なこともあり、制服の上から着用されたエプロンは、春希の家庭的な器量の良さを引き立てるアクセントになっている。
そんな姿の彼女に出迎えられるなんて、クラスの男子なら憧れ夢想するシチュエーションだろう。不意打ちだったとはいえ、隼人も思わずドキリとしてしまったほどだ。
春希のテンションは高かった。
エプロンを買ったからなのか、あの後女子たちと話をしたからなのかはわからない。
もしかしたら、無理やり気分を上げているのかもしれない。
だけど放課後と違って、いつもの春希に戻っているのを見れば自然と目尻も下がってしまう。
そんな隼人の視線に気付いた春希は、少し気恥ずかしそうにしながらエプロンの裾を掴む。だがその眼差しは、やけに真剣だ。
「最近さ、隼人の世話になり過ぎてると思ったわけですよ」
「そうか? 精々、夕飯くらいだろう? 食費も貰ってるしな」
「それだけでも十分なことなんだけど、他にも色々とさ」
「う~ん、よくわからんが」
「ま、隼人ならそう言うだろうと思ったけどね」
春希は困った風に、あははと笑う。
事実、隼人にとって世話をしているという認識なんてなかった。感覚的には姫子2人分の相手をしているようなものである。
「ともかく、ボクも考えたわけです。まずは出来ることからしていこうとね。なのでこれからご飯の準備や家事のお手伝いさせてください。お願いします」
「おい、ちょ、春希っ!」
そう言って春希はペコリと頭を下げた。
丁寧で礼儀正しいお願いだった。隼人はこれまでの人生で誰かにここまできちんと頭を下げられたことなど無い。しかも相手は気心知れた春希である。
驚きよりも戸惑いが先行してしまい、どうしていいかわからず面食らってしまう。
「ダメ、かな……?」
頭を上げた春希はそんな隼人の様子を目にして、不安そうに、そして悲しそうな声を漏らした。
隼人は1つ大きくため息を吐き、頭を掻きながら微妙に春希から目を逸らす。
――今日の春希はなんか色々と不安定だ。
そうは思うものの、どうすればいいかわからない。
「いや、驚いただけっていうか……あーそのだな、料理は趣味も入ってるし、そんなに気を使わなくてもいいというか」
「むぅ、でもボクの気が済まないんだよね」
「と言われてもな……」
「それにね、ボクだって女子なわけなのです。料理や家事が出来るようになった方がーって」
「女子?」
「ちょっ、何その反応?!」
「ははっ、イメージがなくてさ」
「えぇ~、こんな美少女つかまえて何さ!」
「自分で言うか?」
「うん、自分で言っててなんかちょっとゾワッてした!」
「ははっ」
「あはっ」
だけど話しているうちに、なんだか隼人と春希
お互い笑いが零れてしまい、2人の間に流れる空気もどこか心地よい。
しかし一方で隼人は、春希が真剣に頼んでいるということも分かってしまう。
ふざけた風な会話の中でも、春希の手はエプロンの裾を握りしめたままだった。
「やっぱり世話になりっぱなしってさ、悔しいじゃん……」
「…………ぁ」
そして春希はポロリと本音をもらす。
何よりも春希らしい言葉だった。
どこか拗ねたような顔で、唇を尖らせている。
隼人の顔が理解の色に染まっていく。
ふと、自分が春希の立場だったらと考える。
(そうか、一方的に何かされてるままってのがイヤなのか)
昔から何をするにしても一緒だったのだ。肩を並べ、対等の立場だったのだ。
そう考えると今の関係は一方的で、なんとなく今日の行動も分かったような気がした。
「そうだな、手伝ってくれるか?」
「ぁ……うんっ!」
そして隼人は手を伸ばす。
春希はエプロンの裾から手を離し、その手を握る。
「おにぃ、いつまで玄関に、っていうか2人して何してるの? 面白い話? ごはんまだ?」
いつまで経ってもリビングに来ない隼人を訝しんだのか、どこか不機嫌な様子の姫子が顔を出す。
どうやら笑い声を聞いてやってきたようで、仲間外れにされたと思ったのかへそを曲げた様子だ。
「はは、何でもねぇよ」
「ちょ、おにぃ! 頭撫でるな髪が乱れる誤魔化すな!」
「あはは、ひめちゃん。単に制服エプロンってエロいねって話だから、隼人も言いにくいんだよ」
「……おにぃ?」
「ちょっ、春希?! って姫子!」
慌てる隼人をジト目で睨む姫子。
春希はそんな2人を、まぶしいもののように目を細めて見ていた。
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