64.あー、そこからかー


 森とやって来たのは、駅前にあるファミレスだった。

 放課後のまだ早い時間ということもあり、同じ様な学生客もそれなりに見受けられる。


「くくっ、あははははっ! 霧島って本当にファミレス初めてだったのな!」

「……悪ぃかよ」

「ははっ、ごめん、ごめんて!」


 ボックス席では森が腹を抱えて笑っていた。その前にいる隼人はブスっとした表情で、唇を尖らせている。

 その原因は、隼人がタッチパネルとドリンクバーに戸惑い、無様を晒してしまったからだった。

 オロオロと上ずった声で『これちゃんと注文出来ているのか?』『本当にいくら飲んでもいいのか?』等というセリフが、森のツボにはまってしまったらしい。


 隼人は気まずそうにしながらアイスティーを啜る。

 そして森はひとしきり笑い終えた後、仕切り直しとばかりに話を切り出してきた。


「で?」

「うん?」

「昼間何があったんだ?」

「何って……」


 直球な質問だった。馬鹿正直に言えないことでもあった。

 ズズズとストローから音を立てながら顔をしかめる。


(でもなぁ……)


 しかし何も話さないということは、今日の春希の態度から、想像を変な方に加速させてしまうかもしれない。


「そのだな、準備室の方で色々整理していたらな、図書室の方でイチャつきだしたカップルがいてな、それでまぁ、うん……」

「なーる。それは色々気まずくなるよな。二階堂、モテるわりにそういうの苦手なんだ?」

「んー、モテるといっても、どこか壁があって敬遠けいえんされてるというか、直接告白されたこととか無いって言ってたし、そういうの耐性ないんじゃないか」

「へぇ、なるほどね。ていうか霧島、二階堂の事情に随分詳しいんだな?」

「そうか?」

「うん。二階堂って滅多に自分のことを話さないし」

「…………ははっ」


 しまった、と思ったときには既に遅かった。

 森はニヤニヤと隼人の顔を眺めている。完全に自白に近いことを言ってしまって、してやられたという形だ。

 変な笑いが零れてしまい、背筋に汗が流れるのを感じてしまう。


 さて、どうしたものか――隼人は大きなため息を吐きつつ、ガシガシと頭をかき混ぜた。


「ま、それはさておいて」

「へ?」

「オレさ、伊佐美――恵麻のやつと付き合ってまだ3か月も経ってないんだわ」

「あ、あぁ、そうなんだ?」


 急な話題転換だった。

 てっきり春希とのことを追求されると思っていたこともあって、拍子抜けしてしまう。


「幼稚園の頃から顔を突き合わせてるし、何でも知ってると思ってたんだけど……それ、全然思い違いでさ」

「……へぇ」


 どういう意図なのかはわからない。

 しかし続く森の話とその真剣実を帯びた表情は、聞き流すことは出来そうにない。


「ゲーセンでぬいぐるみを集めるのが趣味だったり、自分に似合わないと言ってるくせにフリフリの服が好きだったり、親がアレルギーだけどずっと猫を飼いたいと思ってたりだとか……付き合ってからそんな知らなかった事ばかり発見するんだわ」

「……惚気か?」

「はは、惚気だ」

「惚気る割りには、学校でイチャついてるところとか見たことないな。まだ付き合って3か月なんだろ?」


 森はどこか照れ臭そうにしながら鼻をこすり目を逸らす。

 隼人は今一つ、森の言いたいことを測りかねる。


「友人同士の期間が長かったし、わざわざ2人で出掛けるようなこともなかったし。でもさ、デートをするようになって、新たな発見して驚きつつも戸惑ってばかりで……でも色んな恵麻のことを知れて、新鮮で嫌な感じはしない」

「……そうか」

「まぁその、あれだ。一緒に遊ぶってさ、お互いの色んなことがわかるぞって話だ。別に二階堂のことだけじゃないけど、今度オレらとも一緒にどこか行かないか? 霧島、いつも帰るの早いしさ」

「そう、だな。それもいいな」


 それはお節介なアドバイスのようにも思えた。

 変に勘繰られるよりもいいが、どう言う風に自分の中で処理していいか困ってしまうのも事実である。


(そういやスマホ一緒に買いに行ったっきり、どこかに行ったこともないな)


 顔自体は毎日突き合わせている。しかし、特別なことは無く日々の生活上一緒に居るというだけのことでもあった。


 ふと、昔のことを思い出す。

 月野瀬の山やあぜ道に小川、神社や竹やぶに近所の工房。様々な場所を遊び場にして、その辺りに転がっている色々なものを玩具にして笑顔と思い出を重ねてきた。

 春希のことは、学校の誰よりも知っているかもしれない。

 蝉取りが好きなこと、ラムネが好きなこと、木の廃材を使って秘密基地を作るのが好きなこと――それらは全て過去のことだ。


 一体、今の春希をどれだけ知っているだろうか?


 相変わらずゲームが好きで、コンビニ弁当ばかり食べてて、私服のセンスが壊滅的で――そして一人ぼっち。


 ふとした時に見せる寂しげな顔が、あの時・・・の姫子を連想させられることもあって、堪らなく気に入らない。


「遊びに行く、か……」


 だからそれは、ひどく妙案に思えた。

 たとえ場所やモノが違っていたとしても、かつてと同じように遊べばきっと、笑顔と思い出を増やせるに違いない。隼人と春希の間にある空白を、少しは埋められるかもしれない。


 そのことを考えると隼人の口元は自然と緩んでいき――そして、眉間に皺を寄せた。


「……霧島?」

「いや、そのだな……」


 それを見とめた森が怪訝な声を上げる。

 確かに隼人にとって森の提案は素晴らしいものであったが、1つだけ致命的な問題も存在していた。


「遊ぶって、いったいどこで何をすればいいんだ?」

「あー、そこからかー……くくくっ」


 月野瀬に娯楽施設なんて存在しない。休日はゲームか近所の畑仕事の手伝いばかりしてきた隼人にとって、それはひどく難しい問題でもある。

 隼人は笑いを噛み殺して肩を震わせる森を、うらめしそうに睨むのであった。

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