63.でさ、霧島
今日の二階堂春希は、どこかおかしい。
それが教室内での共通認識になっていた。
「……はぁ」
今も午後の授業中だというのに、頻繁に物憂げなため息を吐いている。その姿は非常に良く目立つ。
普段の春希は教師陣にも覚えがめでたい優等生だ。教師としても普段と違う授業態度の春希を見れば、何事かと声を掛けずにはいられない。
「あーその、二階堂。どこかわからないところがあったか?」
「えっ……その、特に無いです……」
「そうか……では授業を続ける。ここは――」
しかし春希は、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すだけ。
そう言われると教師としても、特に何も言えなくなってしまう。
隼人はどうしたことかと春希の様子を見てみるが、その視線に気付かれれば慌てて目を逸らされてしまう。チラリと見える耳はほんのり赤く染まっていた。
(……どう考えてもさっきのことだよなぁ)
隼人も昼休みのことを思い出してしまい、ガリガリと頭を掻く。
何か妙案が浮かぶわけでもなく、この少しギクシャクした空気のまま、授業は過ぎていった。
そして訪れた放課後。
春希は未だに昼間の事を引きずっているのか、愁いを帯びた顔色のままだった。
春希は良くも悪くも竹を割ったような性格だ。昔から後に引きずることはなく、喧嘩しても次の日はケロリとして遊ぼうと言ってくる。
現に再会してからも、さっきの昼休みの様に際どいことも何度かあった。だけど尾を引くことなく、次の日には屈託のない笑顔を向けてきてくれた。
だからどうして、今回に限ってこんなにも引きずっているのかわからない。調子が狂ってしまう。
(……昼間のはただの事故だしなぁ。一応、俺は何とも思ってないからって言っとくか)
隼人は何かしら話が必要だと思い、お互い気にするなと言おうと決意する。
よし、と自分の頬を叩いて気を取り直した隼人は、意を決して春希に話しかけてみた。
「なぁ、二階堂」
「な、ななな何でしょう、き、霧島くんっ?!」
「あー、そのだな……」
過剰な反応だった。
話しかけた隼人の方がビックリしてしまう。
これでは話どころでなく、周囲にも何かがあったと言ってしまっているようなものである。現に妬み混じりの男子の視線と、興味混じりの女子の視線が突き刺さるのを感じる。
「や、やっぱ何でもねぇ」
「そう、ですか……」
そのくせ話を切り上げるとシュンとした顔を覗かせて、ズキリと罪悪感すら感じてしまう。
しかし残念ながら隼人には、この奇異な注目を浴びている状況から話を続ける度胸と、彼らを納得させて誤魔化すコミュニケーション能力は持ち合わせていなかった。
(あぁくそっ、還暦越えたジジババ相手なら色々気にせず言えるんだが!)
隼人は自分のこうした経験値不足を嘆き、情けなさからため息を吐いて頭を掻こうとして――そんな隼人の肩をトントンと叩く者が居た。
「うんうん。霧島くん、いいからここは私に任せたまえ」
「……え? えーと確か、伊佐美さん……?」
振り返ると、そこには最近春希によく絡んでいる女子が居た。
明るい髪と性格が特徴的な、伊佐美恵麻である。
彼女はニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、隼人に向かって親指を立てながら春希の傍へと駆け寄っていく。
「二階堂さん、ちょっと話いいかな?」
「伊佐美さん? はい、いいです――み゛ゃっ?!」
そしていつもと様子の違う春希の所に集まるのは、何も伊佐美恵麻だけではなかった。
「あーしたちも、ちょーっと聞きたいことがあるんだよね」
「悩みとかさ、色々聞いてあげたくなるじゃん?」
「ついでに幼馴染の、そのご家族の話も聞こうか!」
春希は彼女だけでなく他の女子達も群がられ、あっという間に囲まれてしまっていた。み゛ゃ~み゛ゃ~情けない声も聞こえてくる。しかし隼人はそれを見るも、どうすべきかの答えは持ち合わせていない。
「はは、すまんね、うちの彼女・・が」
「森……って、彼女?!」
隼人は女子達のけたたましく目まぐるしい状況の変化についていけず、伊佐美恵麻の行動を見守っていると、今度は森がトントンと肩を叩いていた。
その中には、聞き逃せないような単語もある。
「恵麻のやつ強引だからな……ご愁傷様、二階堂」
そうして隼人が困惑しつつも、森に促されて春希の方を見てみれば、伊佐美恵麻に耳打ちされている春希の姿が見えた。
されるや否や、春希は顔を真っ赤にしつつもコクンと頷けば「きゃ~~~~っ!!」と盛り上がった女子たちの黄色い声が聞こえてくる。
「てか二階堂さんが来るのって珍しいっしょ」
「それだけ悩んでることってことだし?」
「そ、そういうわけじゃないんですけどっ!?」
そして、春希は伊佐美恵麻たちに先導される形で教室を出ていく。必死に何かを弁明しているが、その表情は売られていく子牛のようだった。
一方伊佐美恵麻はその去り際、隼人と森に向かって『そういうわけだからごめんね』とでも言いたげな笑った顔で手を振った。随分と気心の知れたやり取りに見えた。
隼人はそんな彼女と森の顔を交互に見る。どこか呆気にとられているかのような隼人の視線に気付いた森は、肩をすくめて苦笑い。
「恵麻はな、腐れ縁の幼馴染なんだ」
「っ! そう、なのか……」
いきなりの森からもたらされた彼女との情報に、思わずビクりと肩を震わせ動揺してしまう。
それは隼人にとって、意外であり、聞き逃すには無視できない言葉があった。
幼馴染。今の隼人と春希を表す関係。
好きかどうかと聞かれれば、迷わず好きと言える。しかし今は
「でさ、霧島」
「なんだ?」
「帰り、どっかに寄ってかないか?」
「……あぁ」
だから隼人は反射的に、神妙に頷くのだった。
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