遊びに行こう!

60.どこか浮ついて


 雲一つ無い朝。

 盛夏の太陽は燦々とアスファルトを照らし、熱している。


「暑ぃ……」


 今日もただ外を歩くだけでも、緑が少ない都会は汗が噴き出してしまうほど暑い。

 隼人は憎々しげに太陽を一瞥し、学校に向かう。


 校舎の裏手。畝の作られた花壇のある、園芸部の場所。

 鞄の中の入部届けを確認しながら、そこへと足を向ける。

 周囲に太陽を遮る物がなく日当たり良好なそこは、朝早い時間とは言え、すでに茹だるような暑さになっていた。


「うわ、トマトの幹にツブツブびっしり生えてきてるだけど?! 三岳さん大丈夫、病気じゃないの?」

「二階堂さん、それは気根という根っこなんですよ」

「え、これが根っこなの?!」

「はい。水や栄養が足りてないと出てくるみたいですが、トマト自体乾燥地帯の作物ですので、なかなか加減が……」


 そこに着いたとき、隼人は驚きを隠せなかった。


 三岳みなもだけでなく、どうしたわけか春希も一緒になって野菜と格闘していたからだ。2人とも額に大粒の汗を浮かべ、顔には草引きでついた葉っぱや土が付いている。


「……何やってんだ?」

「あ、霧島さん! おはようございます」

「おはよ、霧島くん。何って……収穫とか色々花壇? のお手伝い」


 それは見ればわかることだ。

 何故春希がここに居るかがわからない。若干、素の部分も見せており、三岳みなもとは随分親しげにも見える。今も手分けして剪定を行っていて、時折「ここ切った方がいい?」という春希の声が聞こえてくる。


(まぁ、春希が良いならいいんだが……)


 意外な光景ではあった。しかし2人とも機嫌良さそうに野菜の世話をしている。

 隼人は眉間に皺を作りつつも、春希が良いならいいかと納得しようとした。


「あの、霧島さん……」

「っ、三岳さん……?」

「トマトの気根ですが、その、これって大丈夫なんですか……?」


 そこへ、どこか不安そうな顔をした三岳みなもがこっそりと話しかけてきた。

 春希のことかと一瞬身構えるが、その意識と視線は花壇の方に向いている。


 トマトの気根は、いきなりイボが何十個も密集してびっちり出てくるものである。人体で言えばつぶつぶしたイボが腕などに集団で生えてくるに等しい。正直不気味だ。


「最近雨も降ってなかったし、水不足だろうね。大丈夫、病気とかでもないし実とかへの影響はないよ。実際よく出来ちゃうものだしな」

「そうですか。よかったぁ……」


 隼人の言葉を受けて、三岳みなもはふにゃりと安心した笑顔を浮かべた。

 春希の手前、園芸部員として賢しらに気根のことを話したが、どうやら不安もあったようだ。

 それだけでなく、手塩にかけて育てた我が子とも言える作物への心配もあったのだろう。

 三岳みなもは憂いの無い様子で、うきうきしながら花壇の方へ戻っていった。


「ふ~ん」

「おわっ、はる……二階堂」


 そんな三岳みなもを、やはりめぇめぇに似ているなと思ってほっこりした気持ちで眺めていると、ジト目で鼻を鳴らす春希がいた。

 春希は腕を組みながらうんうんと頷きながら、隼人と三岳みなもを交互に見ては、ふぅっと大きなため息を吐いて肩をすくめる。


「いや、三岳さんだなぁって」

「なんだよ、それ」


 そう言って、笑った。

 隼人は眉間に皺を寄せつつ、こっそりと春希に話しかける。


「……大丈夫なのか?」


 何が、とは聞かない。わざわざ言わなくても春希にはこれで通じる。


「三岳さんは良い子だしね、だから大丈夫」

「そうか……いや、それもだけど、日焼け大丈夫か? 対策していないと、結構焼けてしまうぞ」

「うっ……ちょ、ちょっとくらいなら、って霧島くんはどうなのさ? 結構焼けちゃってるの?」

「おい、ちょっと!」


 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた春希は、ぺロリと隼人のシャツをめくる。

 そして「ほぅほぅ」なんて言いながらジロジロと、お腹と腕や顔の肌の見えてる部分と見比べる。

 隼人は突然の春希の行動にビックリして立ちすくみ、その遠慮のない視線を受けて気恥ずかしくなってしまう。


「なるほどなるほど、お腹は見事に白いね。腹白さんだ。ってうわ、結構いい腹筋してない?! ね、ね、ちょっと触っていい? 先っちょだけだからさ!」

「わはは、やめ、やめろって! 指先くすぐった……っ」

「あはは、いいじゃんいいじゃん。表面は柔らかいし、なんか変な感じ~」

「ちょっ、もうやめっ……二階堂……ッ!」

「えー、ちょっとくらいいいじゃん、ね?」

「そう、じゃなくて! アレ! 三岳さん……っ!」

「…………あ」


 隼人が示した先には、顔に手を当てあわあわする、三岳みなもの姿があった。

 彼女の視線は春希と隼人の腹に向けられており、明らかに見慣れぬ異性の肌に赤面し、落ち着きがない。


「あのその、仲が良いのはいいことなんですが、ここはそこだし、あぅぅ……え、えっちなのはダメだと思います!」

「三岳さんっ……おい、春希! あーくそ、入部届もまだ渡していないのに」

「あ、あはは、ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎたかも」


 三岳みなもは純情だった。

 お腹という、普段は人に見せぬ部分を見せられ、羞恥のあまり立ち去ってしまう。


「……どうすんだよ」

「ボ、ボクからも謝っとく……」


 春希は気まずそうにしつつも、どこか機嫌の良さそうな声色に思えた。

 それは子供の頃によく見た、失敗しちゃったね、とか次からは気を付けよ、といった、反省しているんだかしてないんだかの悪ガキの顔そのものだった。

 なんだか呆れるようなため息が出る。


「ほら、ボクたちも遅れないように教室行こ?」

「……あぁ」


 隼人はどこか、春希がいつもより浮足立っているかのように感じた。


(頑張る、か……)

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