57.秘密、ね?


(う、どうしよう……)


 春希にとって、よくない展開だった。

 そして伊佐美恵麻たちにとっては、これ以上ない状況だった。

 姫子はビックリして春希の背に隠れてしまうが、それを許す彼女たちではない。


「ほぅほぅ、この娘が例の幼馴染の」

「スラっとして綺麗~、うちらの1個下だよね? てかその制服あーしの中学のだし!」

「なるほど、霧島っちの気持ちもわかる」

「あ、私は伊佐美恵麻。姫子ちゃん、だよね?」

「ひ、ひゃう……っ」


 先ほどまでの自分自身のことを思い出す。

 彼女たちの容赦ない質問攻めに晒されれば、きっと姫子も色々なことを喋ってしまうだろう。

 別にそれは困る事ではない。姫子が隼人と兄妹であることや、その2人と実は幼馴染だということは、別に隠すようなことではない。


 だけど、どうしてもそれが、とてもイヤ・・なことと思ってしまう。


「は、はるちゃん……」

「…………ぁ」


 その時、ぐいっと春希の制服の裾が引かれた。

 振り返って見てみれば、緊張と不安で瞳を揺らす姫子の姿があり、それがかつての記憶を想い起こさせる。


 幼い時。

 はやと・・・と野山を駆けずり回っていた頃。

 月野瀬の村の集会などで見知らぬ大人に囲まれて、こうして姫子に背中をくいっと引かれることがあった。


(あのときは何て言ったんだっけ……)


 隼人は探検と称して、勝手にその辺を歩き回ってたことだけは覚えてる。

 姫子は昔から人見知りするところがあった。


 ここは年上の自分がなんとかしなければ――そんな想いが沸き起こる。


(ボクがしっかりしないと!)


 春希はにっこりと姫子に笑いかけ、そして強引に手を引いて、伊佐美恵麻たちと隔離した。


「もぅ、ひめちゃんが怯えています! それ以上はダメですよ!」

「……ぁ」


 手を腰に当て、眉を吊り上げる。あからさまな、怒っているぞというポーズだ。

 そんな春希の姿を見て、少々自分たちが強引だったと気付いた伊佐美恵麻は、真っ先にバツの悪そうな顔をして頭を掻きながら謝罪する。


「あーゴメン、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかも」

「ひめちゃんはこっちに引っ越してきて、色々まだ不慣れなんです。お手柔らかにお願いしますよ?」

「え、えとその、あたしもびっくりしちゃって……へ、変な態度取っちゃってごめんなさいっ」


 そして姫子があわあわしつつも頭を下げると、破顔一笑、春希は表情を変えて少し背伸びして、自分よりも少しだけ背の高い姫子の頭を撫でる。


「はい、ひめちゃん良く出来ました。えらいえらい」

「ちょ、はるちゃんやめてよ! 子供じゃないんだから!」


 じゃれ合うようなやり取りをする春希と姫子。

 2人の様子は仲睦まじく、どこかお姉さんぶる春希と、嫌がりつつも信頼を寄せているのがわかる姫子の反応を見せられれば、伊佐美恵麻たちもその間に割って入ろうとする気も起こらない。


 ~~~~♪


 そして誰かのスマホが鳴った。


「あ、おにぃからだ。牛乳とヨーグルト、醤油を買ってきて……う、微妙に重たくなるものを……」

「あはは、私も半分持ちますから。そういうわけですので、みなさん、また明日です」


 そう言って春希は笑顔で別れの挨拶をして、姫子を促してこの場を去る。

 後に残された伊佐美恵麻たちは、2人の背中を見送って、そして誰からともなくポツリと呟きだした。


「随分仲良さそうだったね」

「うん、あんな二階堂さん初めて見た」

「それよりも聞いた?」

「あの娘、おにぃ・・・って言ってたよね?」

「しかも二階堂さん、一緒に彼女の家に寄るようなことも……」


 彼女たちの間での会話に、聞き逃すことのできない単語があった。


 再会した幼馴染。

 その彼女のの存在。

 最近の二階堂春希の変化。


 伊佐美恵麻たちは互いに顔を見合わせ、想像力を加速させる。


「「「「きゃーーーーっ!!」」」」


 夕暮れのファーストフードの店先に、少女たちの黄色い声が響き渡った。




◇◇◇




 行きつけのスーパーで買い物を済ませた春希と姫子は、一緒にマンションへの道を歩く。

 春希は目の前には、いつもと違って大きさが並んだ影法師が映る。


(ひめちゃんがこっちに来てから、一緒に帰るのって初めてだっけ)


 そんなことを考えていると、おもむろに姫子が話しかけてきた。


「……はるちゃんって、学校じゃあんななんだ」

「あ、あはは……変、かな?」

「んー、変というか、いつもの姿を知ってるだけに不思議な感じ? そういや初めてコンビニで会ったときも、あんなだったっけ」

「そうだね。でのボクは大体あんな感じ」

「そっかぁ。じゃあ今のはるちゃんの姿は、あたしたちだけの秘密・・だね」


 にかっと、姫子がイタズラっぽく笑う。


(…………あ)


 秘密・・


 その言葉が春希の胸にストンと落ちて、先ほどの正体不明のイヤな・・・気持ちの正体に気付いてしまう。


「どうしたの、はるちゃん?」

「っ! んんっ、なんでもないっ! 秘密……うん、そう、秘密だねっ!」


 そう言って春希は秘密を連呼する。

 思えば幼稚な感情だ。

 ただ、現在の自分と隼人との秘密めいた関係が、それがなんだか特別なことであることの証のような気がして、周囲に知られたくなかっただけというものだったのだ。


「今日の夕飯は何かなー?」

「さぁ?」


 誤魔化すように話題転換。

 春希は自分に呆れながらも、でもどこか機嫌良さそうに隼人と姫子のマンションに向かう。

 思えば幼馴染の家で毎日のように夕飯を頂くというのは、普通なことではない。世間に知られれば、どんな誤解を招くか分からない。だからこれも、秘密にしなければならないことだ。


(だけど、もっと……)


 子供っぽいとはわかっている。だけど、そんな秘密めいたことを、もっと重ねたいと思ってしまう。


 10階建てのファミリー向けマンション。

 いつの間にか通い慣れてきた、幼馴染の新しい家。

 少しずつ変化を見せ始めた感情は、発する言葉も変化させる。


ただいまー・・・・・――え?」

「おにぃ、買ってき――あれ、珍しい」

「おぅ、遅かったな」


 そしていつもと違う変化を見せたリビングの様相に、固まってしまった。


「やぁ、いらっしゃい・・・・・・


 見慣れた調理する隼人の後姿の他に、ソファーでくつろぐ1人の壮年の男性が居た。春希の記憶の中のそれよりも、若干老けた感じがする彼は、にっこりと笑って出迎えてくれる。

 思いがけない相手だった。

 だが、彼がここに居るのは当然だ。


「お、お久しぶりです、おじさま……」


 猫を被りなおした春希は、丁寧に頭を下げて緊張気味に挨拶をする。

 隼人と姫子はそんな春希を怪訝な顔で眺める。


 彼――霧島きりしま和義かずよしは隼人と姫子の父親であり、そしてきっと、どうして春希が幼いころ月野瀬に居たかの事情を知る、大人・・だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る