56.二階堂さん、変わったよね


 姫子が春希たちと出会う少し前のこと。


 隼人と春希のクラスメイト伊佐美いさみ恵麻えまは、明るい髪色と性格が特徴的な、クラスでも中心にいるような女の子である。


「恵麻、すまん。今日は色々・・あったし、一緒に帰れそうにない」


 昼休みの終わりごろ。彼女にそんな風に話しかけてきたのは、彼氏兼幼馴染の森伊織だった。

 台詞自体は申し訳なさそうなのだが、その顔と声色は面白いおもちゃを見つけた悪ガキそのものである。そして今も、彼の視線は教室の一画、転校生である霧島隼人を中心としたグループに注がれている。つい先ほどまでは、あの・・海童一輝も一緒におり、周囲の注目を集めていた。


「うんうん、なるほどなるほど。後で色々・・教えなさいよ?」

「おうさ!」


 彼氏からのつれない言葉だというのに、恵麻はさして気にした風もなく快諾する。

 それは森伊織が幼馴染だからという気安さと信頼、そして彼女自身も気になっていることだったからだ。

 転校生に、最近の女子の。ここのところ好奇心を刺激されることも多い。

 特に二階堂春希の周囲が騒がしい。

 彼女は人気者だ。清楚可憐な容姿に人当たりの良い性格、それに運動も勉強もトップクラスという絵に描いたような存在だ。それは理解出来る。

 だけどあまりに超然としていて偶像的で取っ付きにくい――それが先日までの伊佐美恵麻の認識だった。


(二階堂さんも変わったよね)


 しかし今は違う。


「……よぅ」

「……ふふっ」


 今も教室に戻って来たかと思えば、隣の席の霧島隼人と何かしらのやり取りをして、呆れや揶揄い、ちょっぴりの慈しみの混じった顔を見ればどうだろうか?

 高嶺の花で孤高の存在と思われた彼女は、今や普通の女の子としての顔を見せることがある。


(……うん?)


 恵麻は視線を感じて振り返る。

 そこには、彼女と同じく野次馬根性を発露させた瞳をする女子達と目が合い、頷きあう。


 ここに二階堂春希を勝手に応援して見守る会が結成されたのだった。




◇◇◇




「二階堂さん、時間ある? ちょっといいかな?」

「はい、大丈夫です。なんでしょう?」


 その日の放課後。

 恵麻はすぐに春希に話しかけた。すると、彼女からはニコニコとした嫋たおやかな笑みを返してくれる。


 これ自体はよくある光景だった。

 弱小少人数のバスケ部である恵麻は、部活関係の書類や人数合わせの助っ人を頼むことが多いからだ。


「そっかぁ、今日は大丈夫なんだぁ」

「んじゃ、あーし達といっしょに行こっか」

「駅前のワスドでいいよね? 新作気になってたし!」

「あんた、ダイエット中にそれは太るんじゃ」

「野暮なこと言うなし」

「み゛ゃっ?!」


 しかし今日に限っては違った。

 勝手に応援して見守る会の活動は速やかに実行され、恵麻以外の女子たちが春希を取り囲み捕獲する。

 突然の彼女たちの行動に驚いた春希は、普段の二階堂春希という仮面が剥がれた奇妙な声を上げてしまい、それが余計に彼女たちの顔をニヤニヤとさせてしまう。


「……っ!」

「――んっ!」


 教室の去り際、彼氏兼幼馴染の森伊織と目が合う。

 どうやらあちらもあちらで霧島隼人を捕獲しており、互いに首尾は上々と親指を突き合わせる。

 2人は似た者同士のカップルでもあった。


 恵麻たちが連れたって移動したのは、駅前にあるハンバーガーチェーン店だった。

 彼女たちのように学校帰りの学生たちの憩いの場でもあり、非常に賑わっている。

 他学年の生徒や、他校の制服の姿も見受けられ、それぞれが他愛のない話で笑顔の花を咲かす。


 そんな中でも時折チラリと視線が寄越されるくらい、春希は注目を浴びるほどの存在感を放っている。

 だが今は、その柳眉を眉間に寄せながらも、たどたどしく級友たちの質問に答えていた。


「――キロです。その、4キロも増えてしまって……」

「うそ、それでも全然普通の体重じゃん!」

「4キロ増えてそれって……イヤミか!」

「あーしなんて、ダイエット成功してもその数字ならんし!」


 彼女たちの質問は苛烈だった。

 せっかくの機会だからか、ここぞとばかりに責め立てるように浴びせかけていた。


 本来、春希はこうした女子のノリに慣れていない。

 当然だ。今まで壁を作って誰とも関わろうとしてこなかったし、そんな彼女に関わろうとする者も居なかった。


 だから、4kgも体重が増えたこと、アイスが好きで食べ過ぎたこと、家ではゲームをしてることが多い事、最近幼馴染の姫子と一緒に買った服のこと、そんな様々なことをついつい口を滑らして話してしまう。

 彼女達の雰囲気に呑み込まれてしまった春希は、答えるたびに、どうしてそこまで言っちゃったんだろうと、どんどんと羞恥で顔を赤くしていくのだった。


 伊佐美恵麻たちもまた、今まで神秘のベールで包まれていた二階堂春希の素の部分が垣間見られ、非常に興奮していた。

 もはや彼女達の目には、春希はどこにでもいる普通の女の子のようにしか映っていない。

 だからその質問も、次第に遠慮が無くなっていくのだった。


「そうそう、幼馴染の女の子のことも教えてよ」

「かなり可愛い子だよね? うんうん、自慢げに話すのもわかる」

「よく遊んだりするの? 今度紹介して?」

「てかモテそうな子だよね、彼氏とかいるのかな?」

「そうそう彼氏と言えばさ、二階堂さん彼氏出来た?」

「み゛ゃっ?! か、彼氏ッ?!」


 それは唐突な質問だった。


「む、この反応は居なさそう」

「残念、だけどこれは」

「恋は女を変えるっていうからねー」

「うんうん、好きな人が出来た感じ? 海童くん? それとも――」

「いや、ボっ、わ、わたしはそんな……っ」


 あまり春希が意識したことのない話題だっただけに狼狽えてしまったのだが、彼女たちがどう捉えるかはわからない。


「ま、恵麻のように彼氏が出来ても変わらない奴もいるけど」

「あ、でも、たまにすごく惚気るよね」

「付き合い長いんだっけ?」

「そりゃなかなか変わらないよ。伊織は腐れ縁の幼馴染の彼氏だからなー」

「だよね」

「幼馴染かー」

「お、幼馴染の彼氏?!」


 今度は春希が大きな声を上げる番だった。

 それは春希にとって、無視できない言葉でもあった。

 思わずガタリと席を立ち上がってしまう。


 そんな春希の反応にビックリした彼女たちは驚きの視線を返し――それによって少し冷静になってシュンと縮こまる。


「いえその、最近私の幼馴染とその、霧島くんのことがありまして……色々複雑に考えてしまって……」


 苦しい言い訳だった。

 だがそれは、彼女たちの関心を寄せるには十分な内容でもあった。

 そしてあながち嘘でもない。


「あぁ、なるほど。姫子ちゃんだっけ? 幼馴染が取られるの、いやだよね」

「紹介とかしてあげたの?」

「てかさー、霧島っちのあの反応ってやっぱ一目惚れ?」

「霧島もそんなに悪くないやつ……あれでも、それなら何で今朝、二階堂さんを追いかけて……」

「あ、あぅぅ……」


 しかし想像力たくましい彼女たちは、どんどんと話題を広げ、春希では収拾がつかなくなってしまう。

 そして今日の春希は、非常に口が滑りやすい状態になっているという自覚があった。

 秘密主義という訳ではないが、それでも話したくないことと、話せばややこしくなるものがあるのはわかっている。


「え、えーと、今日はもう帰らないとだから!」


 だから今日はここまでと言わんばかりに、勢いよく立ち上がり、この場を去ろうとした。


「あっ!」

「って、もう6時回ってんじゃん!」

「うちらもそろそろ……って、待ってよ!」


 追いつかれる前に逃げ切ろうとして店を出るも、そこでバッタリと、この場では出会っていけない相手に出会ってしまう。


「ひ、ひめちゃんっ!?」

「あれ、はる……ちゃん……?」


 学校帰りと思しき姫子だった。

 咄嗟のことにどうして良いか分からない春希の後ろから、伊佐美恵麻たちが追い付いてくる。


「あ、この娘、例の二階堂さんの幼馴染の!」


 たちまちに姫子もろとも取り囲まれる。その包囲網は、今までの比でなく厳重だ。

 目をキラキラとさせる彼女たちをやり過ごすのは無理そうだ――春希はそんな、諦めに近い念を抱くのであった。

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