54.自分と違う、その笑顔が眩しくて


「ええっと、そのぅ……」

「は、はい、何でしょう?」


 それは衝動的な行動だった。

 特に彼女に何か用があったわけではない。

 だから、話しかけたはいいけど、何を話して良いか分からない。口ごもってしまった春希に、三岳みなもも困った笑みを浮かべている。


「な、何をしているのかなぁって思いまして」

「せ、剪定と草むしりを……」

「あ、あははー、ですよねー!」


 見ての通りの状況だった。わざわざ聞くようなことでもない。

 三岳みなもは春希の意図が読めず、苦笑いを浮かべてしまう。


「……」

「……」


 2人の間に沈黙が横たわる。何とも言えない微妙な空気である。

 そもそも、普段の春希と三岳みなもに接点はない。


 春希はどうしたものかと思いながら、まじまじと彼女の姿を観察する。

 背は157cmの春希より1回り以上小さくて、くりくりとした癖ッ毛が特徴的だ。小動物的な愛嬌があって、よく見れば可愛らしい顔立ちをしている。


(あ、この子ってば結構可愛い? ……ボクとは、違うタイプだよね)


 もしかしたら、隼人の入部の理由は――


「あー、もうっ!」

「に、二階堂さんっ?!」


 そこまで考えたところで、春希は突然に大声を上げてしまった。

 胸に生まれたモヤモヤした気持ちを振り払おうと、髪型が崩れるのも厭わずガシガシと頭を掻きむしる。


 当然、そんな奇行とも言える二階堂春希・・・・・の姿を見せられた三岳みなもにしてみれば、たまったものではない。

 驚き、そして自分が何か粗相をしてしまったんじゃないかと、あわあわと狼狽えてしまう。


 そんな彼女を目の当たりにした春希は、少しだけ冷静さを取り戻し、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「あ、あはは、ごめんなさい。ちょっとその今、ボク、嫌な奴になってた」

「ボク? ええっとその……何か悩み事ですか?」

「あーうん、そう。最近ちょっとね」

「そう、ですか……」


 はぁ、と大きなため息を吐く。

 全くもって、自分で自分に呆れてしまう。


 ここに居ると、余計なことを考えそうだ――そう思って、踵を返そうとしたときのことだった。


「つ、土いじり!」

「……へ?」

「土いじりしましょう! いいですよ、土いじり! 心が落ち着きます、はいこれ!」

「え? え? いや、ちょっと!」


 三岳みなもは、心配そうに春希を覗き込んでいたかと思えば、いきなり自分が被っていた麦わら帽子を押し付けてきた。そして強引に春希の手を引っ張っていく。

 彼女の小柄で大人しそうな見た目からは、少々強引で驚かされる行動だ。

 そして紫の花が咲く茄子の前まで来たら、にっこり笑ってハサミを差し出す。どうやら春希がやれということらしい。


「こことここの、いらない枝とか払っちゃいましょう。花ごとバサ―っと!」

「ええっと、かなり切っちゃうけど良いの? 3分の1くらい無くなっちゃうよ?!」

「はい、大胆にいっちゃってください。散髪みたいなものですよ」

「そ、それなら、えーいっ!」


 春希は戸惑いつつも、そして三岳みなもに教えられながら刈り込んでいく。

 野菜を前にして初めてわかることなのだが、1つとして同じ形のものはなく、それぞれが個性的だ。

 だから剪定するにしても、これだといった型にはまった答えが無い。1つ1つに向き合わないと、どうすればいいかわからない。中々に頭を悩ませるものである。


 いつしか額に大粒の汗を浮かべ、頬は三岳みなもと同様に土で汚れてしまっている。

 しかし、そんなことが気にならないほどに、のめり込んでいくのだった。


「ここは、スパーって感じで切っちゃえばいいのかな? 切り過ぎかな?」

「大丈夫ですよ、この子たち結構たくましいので、へっちゃらです」

「よーし、ざくーっと! ふふ、でもこの花とかが野菜になっちゃうって思うと不思議だね!」

「そうですね、凄いと思います」

「あ、そうだ! 今度収穫のとき……に……」

「是非来てくだ……二階堂さん?」


 それまで野菜に夢中だった春希は、振り返って三岳みなもの顔を見た。彼女の表情はひどく優しげで慈しむものだった。

 同時に、どれだけはしゃいでいたかも自覚する。顔に熱を帯びていくのがわかる。


「その、ボク……」

「ふふっ、笑ってくれましたね」

「あぅぅ……」


 どうやら見透かされているようで、恥ずかしくなってしまった。

 そんな春希を目に留めた三岳みなも、は微笑みながら春希の隣に移動して、目線を野菜に向ける。


「私、野菜を育てる前に、ちょっとショックな出来事があったんです。悲しくて辛くて泣いちゃって……でも、お腹はしっかり減っちゃって、それがなんだか可笑しくて。花は咲いたらそこで終わりですけど、野菜はそこからが本番で、実に生るって聞いて……だから、最初はそんな興味本位からでした」

「三岳、さん?」

「実際育ててみると、何も知らないことだらけでした。お世話も想像以上に大変で、でもそれ以上に楽しくって……ええっと、さっきから私何を言ってるんだろう……その、ですね、好きなことが出来て救われたと言いますか……」

「…………ぁ」


 三岳みなもは恥ずかしそうに自分のことを言いながらも、胸の前で両手を握り、「あぅぅ」とか「そのぉ」と唸りながらも、真剣な目をじっと見つめて言葉を紡ぐ。

 それは彼女なりの励ましだった。


 なんてことはない。春希が気落ちしているのを見て、彼女なりに元気付けてくれようとしているだけなのだ。

 三岳みなもを見返せば、その瞳からは打算や下心といったものが無いことがわかる。わかってしまう。


(あぁ、この子、いい子なんだ)


 演技の自分と違い、純粋に誰かのために思いやれる――それが三岳みなもだった。


 春希の中で彼女の認識が変わる。

 それと同時に憧れも似た想いが芽生える。正直なところ、打算的なものもあった。


 だけど、もっと色んなことを知りたいと思ってしまった。


「ね、またここに来ていいかな?」

「あ……はい、喜んで!」


 そういって笑った三岳みなもの顔は――春希にとって、とても眩しかった。

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