53.かつてと同じ、1人だけの昼


 海童一輝と途中で別れ、教室に戻ってきた隼人は、すぐさま男子に囲まれた。


「な、なんだよ」

「うんうん、よくやったぞ霧島!」

「美少女がイケメンに食われるのを阻止したお前は英雄だ」

「よし、今日の昼と放課後は空いてるよな?」

「一度じっくり乳について話さねばなるまいて」

「それから二階堂さんの幼馴染のこともな!」


 男子たちは馴れ馴れしく隼人の肩を組み、バカみたいにテンション高く絡んでくるが、その瞳はいずれも真剣だ。決して逃しはしないという意気込みが感じられる。

 隼人は助けを求めるように周囲を見回すが、やれやれと肩をすくめる森と、『ばーか』と唇を動かす春希の姿が目に入るのみ。ガックリと項垂れてしまう。

 それだけ周囲の関心を買う行動してしまった自覚もあって、これから始まる追求大会に腹を括った。


 一方春希は、そんな隼人の様子を見ながら、やけに気分が高揚しているのであった。


 女子の間での海童一輝の噂は知っている。

 しかしそれは春希の経験則から、彼が自分に興味が無いということも知っている。

 アレは、周囲が勝手に盛り上がっているだけの代物だ。


 海童一輝は春希の目から見ても、女子にさぞかしモテるだろうという認識があった。あのスペックだ、否定する要素を探す方が難しい。

 しかし彼はおそらくきっと、自分と同じようにそういったものに辟易しており、勝手に周囲が盛り上がっているならば近寄る者は少なくなる――そんな噂を利用する、同志とも言える共感すらあった。


 だからこそ乱入してきた隼人の行動には驚かされたし、それに――


(――あれ、どうしてボク、喜んでるんだろ……?)


 そんな自分の感情に、戸惑ってしまうのであった。

 先ほどはしゃいで隼人の背をバシバシしてしまったのも、きっとそれに起因してのことだ。

 だけどそれは、決して悪い気分ではない。


 次の休み時間も、その次の休み時間も、先ほどの行動に対して詰問される隼人を見れば、どうしたって顔がニヤけてしまう。

 春希がそんな顔をしていれば、隼人と目が合っても、拗ねたような表情でプイっと顔を逸らす。


(ふふっ)


 ここ最近隼人にしてやられっぱなしだったこともあり、春希はますます顔をニヤけさせてしまうのであった。



 しかし、昼休み。

 本日二度目の訪問者によって、春希の笑顔は固まってしまっていた。


「霧島くんはいるかい?」

「海童……っ?!」


 爽やかな、人好きのする笑顔を浮かべた海童一輝が、隼人を訪ねてきたのだ。

 春希ではなく、隼人を、である。

 突然の事態に驚いたのは春希のみならず、教室中が水を打ったように静まり返ってしまう。

 さすがの海童一輝本人もこの状況に、苦笑を零すのを隠せない。


「……俺に何の用、ていうか、何しにきたんだよ?」

「そりゃあ、霧島君と親睦を深めに。お昼は弁当かい? そこ座っていい?」

「あ、おい……ったく」

「うんうん、さっきの野菜みたいな写真とかさ、他には無いの?」

「あるにはあるが……」

「それはいい、見せてよ」


 あくまで海童一輝は自然体だった。

 無邪気とも言える様子で、既に男子たちに囲まれていた隼人の輪の中に、するりと入り込んでいく。


「あ、霧島、そういや巫女さんの写真とかあったよな」

「森、お前……いや、確かにあるけどさ」

「へぇ、いいよね、巫女さん。お祭りも。僕も他にメイドさんとかも好きだったり」


 そんな彼の言葉に反応したのは、他の男子や一部の女子である。


「お? 実はオレもナースとか」

「チャイナもいいぞー」

「なんだよ海童、話せる奴だな!」

「ご、ゴスロリとかどうかなー? あーし、実はちょっと興味あったり」

「わ、私も実は――」


 彼の意外とも言える大らかさに毒気を抜かれたのか、隼人だけでなく他の皆も、海童一輝を中心にどんどん話に加わっていく。流石の人気者、そのカリスマをいかんなく発揮している。


 それを見た春希は、混乱してしまっていた。

 わけが分からなかった。

 春希の目から見て、和気あいあいと話す隼人と海童一輝を見れば、自分の中の感情をどう処理して良いかわからない。


 そして輪に入っていない周囲からは、彼と自分を見つめる視線が集中している。


「そ、そうだ。私行かないと」


 誰に言うでもなく、だけどワザと声に出して呟いて、席を立つ。

 二階堂春希・・・・・が昼休みに用があるのは、いつもの・・・・ことだ。誰も不審に思う人はいない。


 教室の去り際チラリと隼人の方を見れば、困った笑みを浮かべていた。それが何だか、心に引っかかった。


 ……


 教室を出たものの、春希が向かう先なんて1つしかない。

 秘密基地。避難場所。旧部室棟にある縦に細長い6畳ほどの空き部屋。


「……何か、広いな」


 思わず独り言ちてしまった。

 ヌードクッションを広げ、ぺたりと珍しく女の子座り・・・・・をした春希は、もそもそとお昼代わりのサラダチキンバーを取出し食べる。


(…………)


 どうしたわけか、中々喉を通らず、胸につまってしまう。

 なんとかそれを嚥下して時計を見るも、ここに来てまだ2分も経っていない。昼休みの時間はまだまだたっぷり残っている。

 いつもは隼人が使っているヌードクッションを見れば、先ほどの皆に囲まれたことを思い出す。


「隼人は捕まっちゃったしなぁ」


 そうではない、とわかっているが、自分がのけ者にされたようで疎外感を感じてしまう。

 適切かどうかわからないけれど、なんだか隼人を取られてしまったという錯覚すらある。


 寂しさから自然と頭に手が伸びて――そして髪を撫でられたことを思い出し、ブンブンと頭を振った。


(あー、もうっ……うん?)


 その時、春希のスマホが通知を告げる。差出人は隼人だ。


『すまん、抜けられそうにない。今日の分は貸し・・にしといてくれ』


 春希の眉間に皺が寄っていく。

 あの状況からは抜け出すのは至難の技だろう。

 それに自分だって、つい先日抜け出せなかったこともあった。


「そっかぁ……」


 1人だと認識した瞬間、心にぽっかり空洞が出来たような感覚に襲われる。

 隼人が悪いわけじゃないのに、恨めしく思ってしまう。


 やがて時間だけじゃなく、自分の感情も持て余してしまった春希は、部屋を出て当てもなく彷徨い歩き出した。

 とはいえ、人の目を避けての行動だ。ある程度、行く場所なんて限られてしまう。

 だからそこに行き着くのは、ある意味必然と言えた。


「……ぁ」


 そこに居たのは、この学校という空間ではやたらと目立つ麦わら帽子にジャージ姿の小柄な女の子――三岳みなもである。

 彼女の姿を見つけた瞬間、どうしたわけか春希は身を隠してしまった。

 どうやら花壇の野菜の世話に夢中のようで、こちらに気付いた様子はない。


 春希と三岳みなもに、これといった接点はない。クラスも違うし、せいぜい互いの名前を知っているといった程度だ。

 人目を避けているのだから、とっととこの場所を去ればいい。


『――土いじりは最高に楽しいんだよ!』


 だけど、そう言って園芸部に――彼女のいる部活に入ると言った隼人のことを思い出してしまった。気付けば無意識のうちに足が誘われてしまっていた。


「あーその、こんにちわ、三岳さん」

「ふぇ、霧し……に、二階堂さん?!」


 相変わらず小動物じみていて、可愛らしい反応をする女の子だな、と思う。

 そして彼女が一瞬、『霧島さん』と言いかけてしまった事に気付き、春希の胸がズキリと軋むのであった。

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