52.君は?


 それは感情的な行動だった。

 ついカッとなって、やってしまったことだった。

 春希や海童一輝、そして周囲も驚いているが、一番驚いているのは隼人本人である。


(あー、くそっ!)


 だが言ってしまったものは仕方がないと、隼人は思考をフル回転させる。


「その、だな……部活関係でどこか行くんだろう? 俺もその、入部したいところがあってさ、だからついでにって思って」


 そしてまるで言い訳するかのように、早口気味に言い放ち、ズカズカと廊下を先行する。


「あ、方向逆ですよ、霧島くん」

「……うぐっ」


 春希にそう指摘されれば、隼人の動揺は周囲にもバレバレなわけで、くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。


「一緒に行きましょうか。良いですよね、海童くん?」

「あ、あぁ、構わないよ」


 春希にそう言われれば、海童一輝も複雑な表情をしながらも、そう答えるしかない。

 隼人はバツの悪い顔をしながら春希の背中を追いかける。


 朝のショートホームルーム前の廊下を歩く。

 予鈴までの時間も少ないということもあって、騒めきは聞こえてくるものの、人の姿は見かけない。

 そんな3人の歩く足は、こころなしか速い。


 なんとも不思議な空気だった。

 どことなく機嫌のよい春希に、どこか本意なさげな顔の隼人、それにどうしてこうなっているんだろうという困惑した表情の海童一輝。


 そんな中、口火を切ったのは海童一輝だった。


「この時期に入部って、珍しいね」


 もしが本当だとすれば、隼人は彼の春希へのアプローチを邪魔したことになる。


 しかしその口調は穏やかで、その表情は悪意や裏を感じさせるものではない。純真な興味からといったものだ。


「……転校生なんだよ」

「あぁ、なるほど、君が。どこに入るつもりなんだい? サッカー部ウチなら歓迎するよ?」

「園芸部」

「……は?」


 それは虚を突かれたような声だった。

 海童一輝は困惑の目で隼人をまじまじと見まわす。

 170cm台後半の平均以上の身長に、半袖に制服から覗く腕は鍛えられていて肌も陽に焼けている。身体も程よく引き締まっていて、海童一輝でなくとも何かしらのスポーツをやっているんじゃないかと思う体躯である。


 だから、そんな隼人から園芸部という言葉が出れば、驚くのは当然だ。


 しかし隼人はその反応は、まるで園芸が――畑仕事が馬鹿にされたように感じてしまい、ムッとした表情で食って掛かる。


「なぁ、あんたはサッカー部なんだろ?」

「うん、そうだけど……」

「サッカーの何が楽しいんだ?」

「何って……それは他のスポーツと違って1点の価値の重さ、自由度の高さ、そしてやっぱりチームの皆との一体感というか……それこそいっぱいあって挙げきれないけれど……」

「園芸だって、畑だって同じだ」


 大きく息を吸った隼人は、足を止めて向き直る。


「毎日水遣りや剪定、追肥に雑草や虫の処理、そりゃあ手間暇掛かるし意外と重労働だ。けどな、手塩にかけてくれただけ野菜は応えてくれるし、1つ1つが色んな個性をもってるし、変な形の実が生ると得した気分になる。ほら、これを見ろ! 土いじりは最高に楽しいんだよ!」


 そしてどうだ、と言わんばかりに天狗になった茄子やとぐろを巻いた唐辛子の画像を2人に見せる。


 春希も海童一輝も突然に園芸、というか野菜作りの魅力について勢いよく語りだした隼人にビックリして、目をパチクリとさせるばかりだった。

 そもそも、熱心に土いじりのことを語る男子高校生なんてもの自体がレアである。驚くのは当然だ。


 そして続く春希の――二階堂春希の行動に、海童一輝は度肝を抜かれた。


「あはっ、あはははははははっ! はゃっ……き、霧島くんって、そんなに園芸が好きなんだ! うんうん、ボク・・もそういう熱中できるものがあることは良いと思うな!」

「そりゃ、慣れ親しんだことだし、いてっ、痛いから背中叩くのやめろっ?!」

「に、二階堂さんっ?!」


 春希は堪えきれないとばかりにお腹を抱えて笑い出したかと思えば、バシバシと隼人の背中を叩きだしたのである。それも、気安い感じで。

 二階堂春希は誰にでも優しく礼儀正しく人当たりの良い女の子――そんな認識があった海童一輝は、今の彼女の姿が意外であり、驚くと共に大きな興味を惹く。


「あ……ん、こほん、先を進みましょう」

「……おぅ」

「う、うん、そうだね?」


 そんな彼の視線に気付いた春希は、ワザとらしく咳払い。そして意味も無いのにスカートの裾を払い、場を仕切り直して歩き始める。その変わり身の早さに、呆気にすら取られてしまう。

 目的地である生徒会室は、そこから歩いて1分もかからないところにあった。


「失礼し――て、誰も居ませんか。ええっと、用紙を取って来るので、少し待っててくださいね」

「おぅ」

「頼むよ、二階堂さん」


 何となく熱くなってしまっていた隼人は、色々と誤魔化すようにガリガリ頭を掻いて春希の後姿を見守る。戸棚を探す様子に迷いは見られない。


(こういうの、慣れてるんだな)


 そんなまだまだ知らない春希の一面に、何とも言えない苦い気持ちが胸に広がっていく。


「……知らなかったな」

「ん?」


 まるで隼人の胸の内を代弁するかのように、海童一輝が呟いた。それは隼人に聞かせるために呟いたようにも聞こえた。


「さっきの彼女が、本当・・の二階堂春希なんだろうか?」

「…………さぁな」


 まるで確認するかのような問い掛けだ。

 モヤモヤした気持ちが胸に募り、返す言葉は愛想とは程遠いぶっきらぼうなものになってしまう。


擬態・・、バレたらダメなんじゃねーのかよ……)


 子供じみた感情だとはわかっている。

 だけど先ほどの迂闊な態度の春希に、恨み言を言いたくなる。


「僕は海童一輝。君は?」

「は?」

「名前」

「……霧島隼人」


 しかし海童一輝はそんな隼人にも興味があると言わんばかりに、握手をしようと手を差し出してきた。

 どういうつもりかわからない。その手をしばし眺める。

 その顔を見てみると、にこやかな笑みを浮かべており、悪意があるようには思えない。


(…………)


 噂は噂だ。

 それに春希がどうなろうが隼人には関係ないハズだ。


 だけど、どうしても気になって仕方がないのも事実だった。


「よろしく、霧島くん」

「……おぅ」


 隼人は複雑な表情で、その手を握った。

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