眩しくて
51.待ってくれ!
慣れないレシピの弁当作りに手間取った隼人は、いつもより遅い時間に登校していた。
朝の教室はいつものように喧騒に包まれている。
何人かはうっかり忘れた課題に取り組んでいたり、写させてもらっていたりもするが、その大多数は友人同士でお喋りするもので占められている。
「うん?」
自分の席に着くと、スマホに着信が届く。
誰からかなと思って画面を開くと、そこにはまるで天狗のように鼻の生えた茄子が写っていた。
差出人は三岳みなも。
一緒に添えられていた『調子に乗られているのでしょうか?』という文字を見れば、「くくっ」と笑いが零れてしまう。
他にも『へそを曲げられました』とか『逆上がり中です』と言った、ぐねぐねとぐろを巻いたり天に向かって逆さまに生っている甘長唐辛子の画像もある。
どれも形の悪い野菜たちだ。スーパーなどではあまり見かけないが、月野瀬に居た頃では、売り物にならないとよくお裾分けされた、馴染みの深いものでもあった。
少しの懐かしさを感じつつ、その彼女の独特の感性の言葉に、隼人は肩を震わせる。
「なんだ霧島、ニヤニヤして。何を眺めてるんだ、例の彼女・・か?」
「違ぇよ、森。野菜だ。見たらわかる、ほれ」
「……わはは、なんだこれ、おかしな形だな!」
「だろ? 市場には出てないけど色んな形があるからな」
「へぇ、もっと他にこういう画像ないのか?」
「んーと、そうだな……あっ!」
「おっ?」
突如、野菜以外の画像が映った。
隼人からは、しまったという驚きの声が、森からはこれは見逃せないなという興味津々の声が漏れる。
「あーあー、うん、わかる。わかるよ霧島。男なら誰だって巫女さんが大好きだもんな」
「いや待て森、これは別に俺の趣味とかじゃなくてな、祭りのというか」
「うんうん、祭りだな、わかる。祭りの楽しみは巫女さんもそうだけど、女子の浴衣にあるよな」
「それは否定しないが……そういや、やっぱりこっちの祭りとかでは皆、浴衣を着たりするのか?」
「おう、地元とかの夏祭りでな。てか前住んでいたところでは着なかったのか?」
「……着るような若い奴が居なかった」
「そ、そうか」
巫女の画像は村尾沙紀だった。今朝、彼女がレシピと一緒に送ってきたものだ。
だが、これを説明するのは少々面倒臭い。
さてどうやって誤魔化そうかと思った所で、話が浴衣とへと逸れた。隼人はその事にこっそりと安堵する。
その浴衣の話が他の男子の興味を引いたのか、そこでわっとなって集まってきた。
「やっぱ浴衣って特別感あるよな! それを着てるってだけで、女子が5割増しで可愛く見える!」
「髪型もそれに合わせてるっていうか、うなじ、最高だよな!」
「露出が少ないのにエロく見えるし!」
「いや、それはない」
「ないない」
「そ、そんなことないよな、霧島?!」
「お、俺に聞くなよ」
そして何故か男子の間で浴衣談議になってしまった。
どうやら近くの公園で自治体主催の夏祭りがあるようで、男子の中には露骨に女子の方へ視線を向ける者もいる。
隼人もふと隣を見てみれば、春希が興味津々な、そしてどこかイタズラっぽい目を向けているのに気付き、思わず身構えてしまう。
「男の人って、やっぱり浴衣が好きなんですか?」
「いや、それは……」
顎に人差し指を当てて、コテンと首を傾げて疑問を投げかける様は、たとえ計算ずくで揶揄からかうつもりだとわかっていても――隼人には『へー、ほー、ふーん、いっやぁ、男の子だねぇ、そういうの好きなんだぁ』という裏に隠れた声が聞こえているとしても、大変可愛らしい。
だがそれは、あくまで隼人限定である。
「おう、当たり前よ!」
「てわけで二階堂さんの浴衣姿を見せてください!」
「オレらと一緒に祭りへ!」
「むしろ彼女になって下さい付き合って下さい!」
春希の挑発とも揶揄からかいとも取れる言葉に、周囲の男子はヒートアップしていく。
その予想外の反応に、春希はビックリしてしまう。
「ご、ごめんなさいっ?!」
「ちょっ、あんたたち何言ってんの?!」
「離れろ、このケダモノ共!」
「大丈夫、二階堂さん?!」
そしてたちまち、そんな騒ぎ出した男子達から春希を庇おうとする女子達という構図に発展する。
春希はこれも予想外だったのか、「アレ? アレ?!」と言って目を回してしまう。
(はぁ、まったく……)
どうも最近の春希は、少々地の部分である粗忽ものなところを発揮してしまうことが多い。
隼人はしょうがないなと大きなため息を吐きつつ、女子や森たちと一緒に男子を諫めるのであった。
「はは、やっぱりさ、二階堂って変わったよな」
「……俺にはよくわからんが」
「取っつきやすくなったというか、以前と違って余裕が出来たというか……やっぱり女子の間での噂も本当かもな」
「噂?」
「二階堂春希には、彼氏が出来た」
「……………………は?」
間抜けな声が出たという自覚はあった。
今だって、森が言ったことの半分も理解できていない。
確かに春希はここ最近変わったというのは確かだろう。
きっとそれは良い傾向に違いない。
だがそのことと、彼氏が出来たということが、どうしたって隼人の中で結びつかない。
そんな隼人が混乱していると、にわかに教室の入口のあたりが騒めき始めた。
「その、二階堂さんは居るかい?」
「あ、はい、なんでしょう?」
「ほら、噂をすれば」
「あいつは――っ」
海童一輝だった。
どうやら春希に用がある様で、呼び出している。
思わず彼の下へと行く春希の顔を見てみるが――いつも通りの
だというのに、どうしてか隼人の胸には嫌な感情が渦巻いてしまっていた。
『あ、女子の間で有名な話があるんです』
先日の三岳みなもの言葉を思い出す。
ふと辺りを見渡せば、ニヤニヤしつつも春希を見守る女子のグループと、複雑な表情で見守る男子のグループが目に映る。
それがなんだか、周囲が既成事実を作り上げているようで、嫌な気持ちになってしまう。
彼はどう思っているのかと視線を向けるも、隼人の位置からは海童一輝の表情は確認できない。
ただ、彼の身振り手振りが大きくて、それがまるで緊張から来るもののように見えてしまって、それが三岳みなもの言葉に信憑性を持たせてしまう。
「――で、部活の申請の件は、同じ一年の二階堂さんに聞いてくれ、って言われたので」
「はい、それでしたら生徒会室の方ですね。んー、一緒に私も行きましょうか」
「ああ、助かるよ」
どうやら部活絡みの話のようだった。
何故春希に聞きに来ているかわからない。
だけど、春希と海童一輝が肩を並べて教室を出ようとして――そのときにチラリと見えた、彼のホッとしたような顔が見えたとき、隼人は考えるよりも先に身体が飛び出し、追いかけてしまっていた。
「待ってくれ!」
「はゃ……えっ?!」
「君は……?」
隼人の目の前の2人からだけでなく、教室中からも驚きの声が上がるのであった。
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