49.あ、そういえば


 夜、というにはまだ早い、日の入り前の黄昏時。

 霧島家の食卓では、2人の少女の不満の声が上がっていた。


「おにぃ、ないわー」

「いやぁ、これはさすがにボクも……うん……」

「……わかってる。さすがに俺も、自分でもどうかと思ってる」


 ダイニングテーブルに広がっているのは、塩が振られた枝豆にスライスされた冷やしトマト、ピリ辛味噌だれを添えられたカットきゅうりに、メインは玉ねぎと青ネギを散らした鳥皮ポン酢。それらに白米の代わりに冷ややっこを添えれば、まさにビールがあれば完璧と言わんばかりの、飲み会メニューが出来上がっていた。


「そうだった、おにぃが作れるのは、お酒のおつまみ系に偏ってるんだった」

「あ、あははー……隼人にも、うん。あははー……」

「ま、まぁ見た目はアレだが、ダイエット向きではあると思うぞ?」


 と、いうことがあったのが先ほどのこと。

 ちなみに春希も姫子も、見た目がどうとか何だかんだと言いながら、しっかり完食している。


 一応、隼人なりにもダイエットの良さそうなものはと、調べてはいた。

 しっかりたんぱく質を摂って、カロリーと糖質を押さえ、食物繊維をたっぷりとという基本に則ったメニューをレパートリーから選んだ結果が、あのひどい絵面と言われた夕食のメニューである。


「うーん、ダイエットメニューなぁ……」


 隼人は自分のベッドにゴロリと寝転びながら考える。

 やはり作る以上、喜んで食べてもらったほうが嬉しいというのが本音だ。

 だが考えてみるも、なかなか妙案が思い浮かばない。


(相談してみるか……)


 そう思った隼人は、三岳みなものアドレスを呼び出し、夕飯時に撮った画像を添付して『不評でした』と一言添えてメッセージを送る。

 待つこと10分少し、苦笑いした顔文字がぺたりと貼り付けられた返事が来た。彼女の困惑が感じ取れる。


『すまん、何とも言いづらいものを送ってしまった。ダイエットと言えば野菜メインというイメージがあって……何かないだろうか? 妹に文句を言わせたくない』

『うーん、そうですね……花壇で採れた夏野菜の煮びたしとか、美味しくて良いとおもうんですが』

『それって一度油で素揚げして、出汁に漬けこむのか? うぅーん……』

『カロリー面でちょっと、ですね。すいません、力になれなくて』

『いや、これはこれで美味しそうだ。よかったらレシピを教えて欲しい』

『はい、今度送っておきますね』

『ありがと』


 そんなやり取りを経て、ムクリと身体を起こし、頭を掻く。

 他に連絡先を見てみるも、森の他にクラスの男子の名前が数名のみ。とてもじゃないが、ダイエットメニューの意見が出てくるとは思えない。


(そもそも女子の知り合いがなぁ……あ、そういえば)


 ふと思い立ち、姫子の部屋へと向かった。廊下を挟んですぐ向かいだ。


「姫子、ちょっといいか?」

「っ! い、いきなりなに?! 急にドアを開けないでよね!」

「っと、すまん」


 返事を待たずに扉を空けると、そこに胡坐をかいて両手を合わせてぐぐぐと力んでいる姫子に吠えられた。目の前には雑誌が広げられており、なにかのストレッチの最中のようである。

 どうやらあまり見られたくない姿のようで、ぐるると唸って早く用件を言えと威嚇してくる。


「村尾さんのIDとか教えてもらえたらなぁ、と」

「は? 沙紀ちゃんの?」


 隼人の言葉が意外だったのか、姫子は怪訝な顔をした。そして兄の真意を探ろうと眉をひそめつつ、ひとしきり見回し、1つ大きなため息を吐く。


「おにぃ、さすがにモテないからって、妹の友達に手を出そうとするのはどうかと思うの」

「ばっ! んなつもりじゃねぇ! ただ、その、連絡先くらいっていうか……っ!」

「どうだか。それにあの子、おにぃのこと気にはしていたけど、基本的に苦手に思ってたしなぁ」

「う、そういやそうだった……」


 隼人と姫子の親友、村尾沙紀とはぎくしゃくした仲だった。顔を合わせてもよく姫子の背中に隠れられたし、学校や道端で1人の時に出会っても、そそくさと逃げられることも多かった。姫子にはイタズラか何かしたのかと問い質されたことは、一度や二度ではない。

 それを思い出して、がっくりと項垂れた隼人を見た姫子は、またも大きなため息を吐く。


「はぁ……一応、あたしから沙紀ちゃんにおにぃのアドレス教えとくから。返事がくるかどうかは沙紀ちゃん次第だからね」

「頼む」


 そして姫子に、シッシと手で追い払われるかのように部屋を出る。

 村尾沙紀との繋ぎに失敗したと思った隼人は、スマホを部屋に置いて、せっせと洗い物などの家事をこなし、そのまま風呂へと入った。結構な時間が過ぎていた。


「……うん?」


 部屋に戻ればスマホが通知を伝えており、差出人を見れば知らないアドレスだった。

 だが、件名に『村尾沙紀です』と書かれており、メッセージを開くと『何か用でしょうか?』とそっけない文章が書かれている。

 届いた時刻を確認すれば小一時間前、丁度姫子の部屋を出た直後のことであり、話を聞いてすぐさま連絡を寄越してきてくれたらしい。


(参ったな……)


 随分と待たせてしまったなと思いつつ、返事を打つ。


『久しぶり、でいいのかな? 用件だが、最近姫子がダイエットしていてな、なにか良い食事メニューを知らないかな、と思って』


 すると、随分待たせてしまった割りには彼女からの返事は早く、フリック入力に慣れてるんだな、と感心してしまうほど返事が立て続けに来た。


『そうですか』

『ダイエットをしたことないので、わかりませんが』

『【ダイエット】【食事】【おすすめ】で検索すれば、何かわかりませんか?』


 どれもそっけない返事だった。だけどそれは、親友からの頼みだから義理に応えてくれたんだな、と苦笑する。


『そうか、ありがとう』

『それだけですか?』

『また何かあればよろしく』

『そうですか』


 そんな感じで話が終わる。

 相変わらずの感じだったが、無視されなかっただけ上出来だと思い、ぐぐーっと伸びをした。


「せっかくだから、寝る前に調べてみるかな」


 隼人は村尾沙紀のアドバイス通りに調べてみるも、ヒットしたのがコンビニでのお勧めとか、チェーン店でのカロリー、食材に関する栄養的な解説ばかり。

 結局目移りしている夜が更けていき、いつの間にか意識を手放していた。


 …………


 ……


「……ん、寝てたのか」


 気付けば部屋に朝日が差し込まれており、時計を見ればいつもの時間になっていた。

 PCと違い寝転びながら見られるスマホのせいで、いつの間にか寝落ちしてしまっていたらしい。


「てて、首が……うん?」


 そして、いくつかのメッセージが届いている事に気付く。


「白滝を使ったパスタに、鶏むね肉のアレンジ料理、それにきのこたっぷりオムライス……凄いな、でもこれ」


 全て村尾沙紀からのものだった。義理堅く丁寧にわかりやすいレシピも書かれており、これなら見栄え的にも春希や姫子も喜びそうだ。

 だがその送られた時間は全て日付が回ってからの遅くのものだった。


(姫子のためって言ったから、頑張って調べてくれたのかな……うん、これは……?)


 送られてきた画像の中に、1つだけ料理とは違うものが紛れ込んでいた。


『今年の祭りの衣装です。どうですか?』


 そんなメッセージと共に添付されていたのは、祭りの時だけに着る、村尾沙紀の特別な巫女装束だった。


 たまに神社で目にする白衣と緋袴に、金の刺繍が施された涼し気な千早を羽織り、髪飾りや化粧も施されている。

 それらはただでさえ色素が薄く幽玄的な美しさのある彼女を、この非日常的な衣装によって、より幻想的に演出していた。


 しかもその表情は今まで隼人が見たことの無い自然体の笑顔であり、思わず妹の友人だとわかっていても、ごくりと息を呑んでしまうだけの魅力的である。


(これは……いやいや、うん)


 どうしてこの画像を送って来たかはわからない。

 だけど隼人はすぐさま、妹の姫子がよく新しい服とかの意見を求めてくることを思い出す。

 つまりは、これもそういうことなのだろう。変に勘違いしてはいけないことだ。


 おほん、と咳ばらいをした隼人は、とりあえず今はお礼の返事を送らなければとメッセージを打ち込んでいく。


『ありがと、姫子も喜ぶよ。それとよく似合ってる、可愛いな』


 そして昨夜とは違い、数分のタイムラグで返事が来る。


『そうですか』


 その内容は、相変わらず素気ないものだった。

 もしかしたら、朝早くに返事を送って、起こしてしまったのかもしれない。


(村尾さんの迷惑にならないよう、連絡とか考えたほうがいいかもな)


 隼人はそう苦笑を零すのだった。

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