47.ぶっきらぼう


 三岳みなもと別れた隼人は、半ば放心状態で教室に向かっていた。


(春希が本命、か……)


 二階堂春希はモテる。

 それは転校初日に森からも教えられたことだし、実際、隼人の目から見てもなるほどなと納得する可愛らしさである。

 皆に慕われ頼りにされて、いくつかの手伝いをしている所も目にしたこともあった。


 しかし再会して以来、隼人の前では、ずっとかつての時と同じノリでの付き合いをしてきている。

 それだけでなく、他の人には見せないような弱い部分も見せている。

 手は掛かるし厄介なところもあるけれど、危なっかしくて放っておけないやつ――それが隼人にとっての春希という存在だ。


 だから、いまいちモテると言われてもずっと実感がなく、先程の三岳みなもの言葉も、本当かどうか疑わしくさえ思っていた。


「おはよー……っす?」

「よっ、ひんぬーマニア霧島」

「勘弁してくれ……で、アレは何だ?」


 教室に入ってきた隼人の目に飛び込んだのは、あちらこちらで真剣な、そして深刻そうな顔を突き合わせている女子たちの姿である。

 一方で男子はと言えば、普段通りの様相を演じながら、どこかそわそわとしていて落ち着きがない。


 隼人は昨日色々と弄られたこともあり、また今日も弄られるのかもと少しばかり身構えていたこともあって、若干拍子抜けしてしまう。


「あーまぁ、なんだ、耳を澄ませばわかる」

「はぁ」


 森の言うことが今一つわからず、首を捻りながら自分の席に向かう。

 必然的に隣の席の春希のグループに目が行き、会話も耳に入ってくる。


「やっぱり一番怖いのはリバウンドかな」

「むしろ痩せてからが本番まであるね」

「あ、コレだけを食べるだけ系は、マジ詐欺だから」

「ふふっ、激しい運動系は確実に罠よ……空腹はね、最高のスパイスってのがよくわかっただけだったわ……」

「あーし、夏休みまでに絶対、あと5キロ痩せるんだ……」

「夏服はどうしても身体のラインが出るもんね……」

「今年、今年こそはきっと……ッ」

「ふんふん、つまり適度な運動と食事に気を付けるのが一番いい感じでなんですね」


 女子たちに囲まれた春希は、真剣な様子でダイエット談義に花を咲かせていた。

 彼女たちの中には経験則からの言葉もあり、話にも俄然、熱がこもっていく。

 また夏も近いということから水着やファッションの話題へと広がるだけじゃなく、彼氏が欲しいだとか恋がしたいとかいうセリフも口に上がり、それが男子を落ち着かなくさせている要因だというのがわかった。


「とまぁ、ダイエットだそうだ」

「うちの妹もダイエットだって騒いでたな、流行ってるのか?」

「夏だし、そういう時期じゃないのか? よし、1つ忠告しておいてやろう、ダイエット中の女子は情緒不安定だ。だから手負いかつ飢えた獣かなにかだと思え」

「随分と実感がこもってるな」

「はは、彼女がそうでさ」

「そういや居るって言ってたっけ。付き合い長いのか?」

「んー、中学終わりからだから、それほど長いわけじゃ……ただ幼馴染だからなぁ。そういう意味での付き合いが長いっちゃ長い」

「ふぅん?」


 その森の言葉は、なんだか不思議な感じがした。

 隼人にとって幼馴染と言えば春希である。

 確かに春希は美少女だ。性格だって本性とも言える部分も知っており、仲も良好だ。

 しかし、付き合いたいとか恋人になりたいかと言われると、どこかピンとこない。何かが違うと思ってしまう。

 そのくせ海童一輝というイケメンが春希のことが好きだと知らされて、モヤモヤしてしまっている。


「……なんだかよくわからないな」

「やったらわかるかもよ? オレ達もしてみるか、ダイエット」

「しねーよ」

「んじゃ1つだけアドバイスだ。お腹を空かせた女子にはな、胸をいっぱいにしてやるといいぞ」

「は?」

「頑張ってるのを褒めて、甘やかして、スキンシップしてやればいいんだよ」

「は……妹にそんなこと出来るか、って、惚気か!」

「ははっ」


 そんな森と微妙に話の噛み合わないやり取りをした後、自分の席に座る。

 隣を見れば普段と変わらない――とてもダイエットが必要と思えない春希が目に入る。

 しかし女子同士熱心に話し合い、そして笑い合いながらもダイエット談義に耽ふける姿は、どこにでも居そうな普通の女の子に見えた。


 これはごく当たり前とも言える光景だ。

 今まで1人だったと言い、良い子・・・という擬態をして壁を作ってきた春希にとって、これはとても良い傾向のはずだ。

 だというのにどうしてか、春希と自分は違うのだと言われているようで、それを認めたくなくて――だからその挨拶は、随分とぶっきらぼうになってしまった。


「……おはよ」

「あ、おはようございます、霧島くん・・・・

「――ッ」


 にっこりした、昨日のことなど何もなかったかのような嫋やかな笑み。完璧な、二階堂春希・・・・・の笑顔。だというのにそれを向けられて、隼人の顔はますますしかめっ面になってしまう。


 それに気付いた女子が、呆れるような声で茶々をいれる。春希によく話しかけている、クラスでも中心にいる1人で、ショートボブの明るい髪と性格の、人好きのする女子だ。


「もぅ霧島ってば、昨日二階堂さんに言われたことをまだ気にしてんの? はいはい、男子がおっぱい好きなのなんて皆知ってることだから、誰も特に気にしてないって」

「っ! いや、その、俺は……」


 周囲からも「ほらほら、顔が怖いぞー」「笑って笑って」「あーしもほら、昨日はちょっと悪ふざけが過ぎたっていうか」といった、隼人をフォローをするような、春希を擁護するかのような声が上がる。

 そして、申し訳なさそうな顔をする春希と目が合った。


「あの、昨日はごめんなさい、霧島くん」

「……別に、怒ってねぇよ」


 しかし隼人は、ガリガリと頭を掻いてそっぽを向く。

 隣からは揶揄からかうような笑い声が聞こえてきた。

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