噂とレシピと

46.女子の間で有名な話


『おにぃ、あたし達ダイエットするから』

『そうか、がんばれ……って、達ってことは春希もか?』

『うん。だから夕飯のダイエットメニュー、よろしくね』

『はぁ、俺そんなレシピ知らねーぞ?』


 というやり取りがあったのが昨夜のこと。

 隼人はその事を思い出しながら通学路を歩く。

 2人ともダイエットが必要とは思えないのだが、鬼気迫る様子の姫子に、とてもじゃないがそんなことは言えなかった。


(俺のレパートリーって、基本的にツマミとかそういうものばかりだからなぁ)


 また隼人にとって、ダイエットという単語は今まで無縁のモノでもあった。

 月野瀬において車は、1人1台が当たり前という田舎である。ちょっとした買い物等どこに行くにしても距離があり、まだ学生である隼人達はひたすら徒歩か自転車を強いられており、運動不足とは無縁の生活を送ってきている。食事にカロリーがどうとか考えたことも無い。


 だからこれは悩ましい問題だった。

 そもそも姫子とは分担交互だったはずだという、恨みがましい思いもある。


 だけど、春希の均整のとれたスタイルも思い出す。

 あれはきっと、色々な努力の上で成り立っているのだろう。


『隼人って、料理得意になってたんだ』

『ぐぅ、これが胃袋を掴まれるという感覚か……』

『やっぱり1人より皆で食べた方がいいね』


 そして同時に、自分の作った料理をおいしそうに頬張る春希の姿が頭を過ぎってしまった。

 なるほど、肥えさせてしまった責任があるかもしれない。


「これを機にレパートリーを増やすのもいいかな」


 意気込みを語るかのように、あえて口に出してみる。

 その口元は、機嫌良く緩んでいた。




◇◇◇




 登校してから朝のホームルームまでの時間。

 隼人は時間に余裕がある時は、なるべく野菜の植わった花壇に顔を出すようにしていた。


 月野瀬に居たときのように、土いじりをしていると落ち着くというのもある。

 また、よく誤解を生む三岳みなもに話、というか言い訳をするためというのもあった。


 ちなみにここ最近の花壇の世話は、もっぱら草むしりである。

 この時期は油断しているとすぐに雑草まみれになってしまう。まだ小さな芽のうちに、こまめに摘んでしまうのが一番楽なのだ。


 せっせと手分けをすれば、ほどなくしてむしり終わる。わざわざ袋に入れるほどでもない、頑張れば片手でも持ててしまうほどの量なので、そのまま抱えて集積所の方へ持っていけば、朝の世話もおしまいだった。


「これで全部かな?」

「はい、ありがとうございます、霧島さん」


 頬にちょっぴりの土をつけた三岳みなもが笑顔で答える。

 彼女の今の恰好は、体操服に麦わら帽子と軍手、お洒落とは程遠い月野瀬女子(※主に子供のジャージを着ている)スタイルで、より一層、隼人は親近感を覚えてしまっていた。

 正直、ダイエットメニューなんて想像もつかないという悩みもあり、だから何となしに世間話をする調子で話を振った。


「三岳さんはさ、ダイエットってしたことある?」

「ふぇっ?! わ、私太ってますか?! だ、ダイエットした方がいいですかっ?!」

「ち、違う! その妹が! 俺の妹がダイエットに協力しろって! 三岳さんは全然その必要ないよ!」

「ご、ごめんなさい、また早とちりして……あうぅぅ……」


 相変わらずの早合点をして、顔を青くしたり赤くしたりと忙しい三岳みなもであったが、落ち着いてくると首をコテンと傾げながら、うーんと唸って、一緒になって考えてくれる。


「やっぱり、重要なのは運動と食事でしょうか?」


「俺に求められているのは食事だな。作ってるの俺だし。けど作れるのが、まぁいわゆる味付けの濃い、男飯、とかそんな感じなのばかりなんだけど」


「あ、霧島さん料理をなさるんですね。あ、そう言えば先日も茄子の一夜漬けのレシピ、すごく助かりました!」

「はは、それはよかった。俺は昔から必要に迫られて……母親がちょっとね」

「あ、もしかしてこの間の病院って……」


 そういって、三岳みなもは目を瞬しばたたかせたと思うと、隼人を覗き込む。

 不思議な表情だった。

 感心とも共感とも言える目をしており、それはいったいどういう意味を持つのかと思っていれば、その表情がふにゃりと笑顔に変わる。


「霧島さんは、良いお兄ちゃんなんですね」

「なっ?! べ、べつにそういうんじゃないっていうか!」

「ふふっ」


 今度は隼人が慌てふためく番だった。

 三岳みなもは洒落っ気こそないものの、ダイヤの原石とも言える可愛らしい顔をした女の子である。だからその言葉は、身内以外の同世代の女子以外には極端に耐性の無い隼人を、ドギマギとさせるには十分な威力があった。


「慣れないことでも、誰かの為に頑張れることって、すごく素敵だと思います。うちも昔、おじいちゃんが……」

「……三岳、さん」


 それは様々な感情が混じった声だった。

 少し切なそうな顔であらぬ方向――病院のある方に視線を向けられると、すぅっと思考も冷え込んでいく。

 きっと彼女に、人に言いにくいことがあるのだろう。


 隼人は、ああくそ、と頭をガシガシかいて、三岳みなもに向き直る。


「……さっきさ」

「はい?」

「俺料理するのかって聞いたってことは、三岳さんもするのか?」

「えぇ、まぁ」

「別にダイエットメニューとかそういうのじゃなくても良いからさ、何かお勧めレシピあったら教えてくれよ」

「構いませんけど……その、私のはおじいちゃんとかが好きそうなやつというか……」

「ならダイエットにも良さそうだ。脂分とか少なそうだし」

「あ! ……くすっ、そうかもしれませんね」


 お互い顔を見合わせ笑い合う。

 互いに何かが引っ掛かっている。

 まだまだ知り合って日も浅く、相手のことなんてわからない方が多い。

 だけどこれは、お互い共感し、認め、同志と確認するかのような笑みでもあった。


「では今度は私が、メッセージでレシピを――あ!」

「うん…………んっ?!」


 校舎裏。焼却炉もある集積所。

 そこは、掃除の時間でもなければ、まず生徒が訪れる場所ではない。

 だというにそこには、どこか張りつめた空気を醸す1組の男女の姿があった。


 さすがに、これがどういう状況なのかわからない隼人ではない。


(こ、告白か?! 告白シーンなのか?!)


 だが初めて目撃する男女に関するそういった出来事に、完全にテンパってしまっていた。

 見てはいけないんじゃ、でも気になる。覗き見はいけない、だけど動くと見つかるんじゃ? そんな相反することが頭の中でぐるぐるして、混乱はどんどん深まるばかり。


「あ、あの男性の方、海童さんですね」

「海ど……え?」

海童かいどう一輝かずき、すごくモテることで有名なサッカー部の人ですよ」

「へ、へぇ……」


 三岳みなもに言われ、初めて相手の方をよく観察してみる。

 スラリとした高い身長、部活で鍛えられ引き締まった肉体、そして切れ長の瞳に甘いマスク。

 確かに隼人の目から見てもイケメンで、見た目からしてモテるというのがよくわかる相手だった。女子が騒ぐの当然だろう。


 だというのに三岳みなもはやけに冷静な様子で、それが隼人の混乱さに拍車をかける。

 そして彼女はこの先の結果はもうわかっているとばかりに、平坦な様子でこの先のことを予言した。


「じきに女子の方がお断りされてどこか行きますよ、ほら――」

「あ……」


 三岳みなもの言う通り、やがて女子は肩を震わせ去っていく。

 後に残されたのは済まなさそうな顔をした男子――海童一輝が佇むのみ。


 隼人にとっては誰かを呼び出して告白するだなんていう、都市伝説じみたものに遭遇しているというのにも関わらず、彼も、そして三岳みなもも、この状況にやたらと慣れている様子だ。

 だから混乱した頭のままの隼人は、素直な疑問の言葉を零す。


「……どうして?」

「慣れですよ。私も最初驚きましたけど、ここ、結構な告白スポットの様でして。あ、彼だけではありませんよ?」

「そう、なのか」


 未だに誰かと付き合ったことのない隼人は、告白という単語ですら、どこか遠くの異国の言葉に聞こえてしまう。


「でもフラれるっていうのもよくわかったな。結構可愛い子だったしさ」

「あ、女子の間で有名な話があるんです」


 しかしその後に続く言葉は、更に理解出来ない言葉だった。


「海童さんの本命は二階堂さんだって」

「……………………え?」


 それは隼人の思考を吹き飛ばし、頭を真っ白にさせるのに十分な言葉だった。

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