42.ふんっ!


 昼休み。

 退屈な授業から解放された生徒たちが、自由へと解き放たれる時間。

 教室の各所から、それを謳歌しようと様々な声が上がる。


「ささ、二階堂さんこっち!」

「お弁当? 学食? どっちにしてたって連れて行くけど!」

「あーしさ、前から二階堂さんのことに興味あったんだよね」

「えとその、わたしのカバン……み゛ゃっ?!」


 そしてキラキラした乙女の目をした女子の集団は、翼の生えた虎さながらに、春希を咥えて彼女達の巣たまり場へと連れ去っていく。

 隼人はそんな春希を心の中で合掌しつつ、そそくさと秘密基地へと逃げ込んだ。

 幸いにして食べ盛りの男子諸君は、隼人への興味よりも食欲の方が勝まさっており、森にいたっては授業終わりを告げるチャイムと共に、教師の合図も待たずに食堂へと飛び出していた。


 縦に細長い6畳ほど旧部室棟、現資材置き場にある空き部屋、そこが隼人と春希の秘密基地兼避難所シェルターである。


「……殺風景だな」


 そんな言葉が漏れてしまう。

 春希がこまめに手入れしているおかげなのか小綺麗なものの、ここにあるのは入口に立てかけてある箒1つと、カバーも何もかけられていないヌードクッション2つだけである。そのせいなのか、夏だというのに寒々しく感じてしまった。


「今度、クッションカバーでも見繕ってくるか」


 敢えて思っていることを口に出しながら、弁当を広げる。話す相手も居ない食事は機械的で、普段よりも随分早く食べ終えてしまった。

 時間を確認すればここに来てまだ5分も経っておらず、昼休みの時間はまだまだ残っている。

 いつもならここで適当に春希と話しているだけで、あっという間に時間が過ぎていくというのに、何故だか時間の進みがやたらゆっくりに感じてしまう。色々と持て余してしまう。

 それだけでなく、この部屋がやたらと広く感じてしまっていた。


(……春希、あいつ今まで昼は、ずっとこの部屋で1人で居たのか)


 ふと、そんなことを考えてしまった。

 良い子・・・擬態・・、一軒家での一人暮らし。

 気になることは色々ある。


 だが、考え始めると色々ドツボに嵌りそうになったので、ガシガシと頭を掻いて立ち上がる。

 そして隼人はある場所へと足を向けた。




◇◇◇




 炎天下の昼休み。校舎裏手の端にある畝うねが作られた花壇。

 そこには、くりくりとした癖毛が特徴的の、小柄な女の子の姿があった。


「よっす、三岳さん」

「あ、霧島さん!」


 この暑さの中、三岳みなもはそれを苦ともせず植えられている野菜の世話をしていた。

 しかしその顔はあまり芳しいものではない。どうしたことかと花壇に目を向けてみれば、へなへなとして元気のない状態の野菜たちの姿がある。そんな隼人の視線に気付いた三岳みなもは、困った顔でとつとつと話し出す。


「その、水やりも土が乾かないように毎日していますし、適宜剪定もしているのですが、最近皆の元気が無いようでして……」

「あー、別に水やりは毎日しなくてもいいんだわ。数日に一度大量にやって地面の中まで水分を行き渡らせた方がいいというか……毎日少量だと湿らせた部分がすぐ蒸発しちゃって、水分不足になってしまうんだ」

「え……ええぇっ?!」

「まぁでも、これは見た感じ水不足じゃないね。こいつら最近いっぱい花や実を付けていた……てことは、いっぱい体力を使ったってわけ。さて、これはどういうことでしょう?」

「た、体力? ええっと、その……」


 三岳みなもは隼人のなぞかけのような質問に、顎に指を当ててうんうんと唸りながら小首をかしげる。

 隼人はそんな彼女の姿を、どこか懐かしむような顔で目を細めた。


(やっぱ似てるなぁ)


 野菜の花と実、羊を連想させるくりくりとした癖毛をひょこひょこさせているのを見ると、どうしても月野瀬の源じぃの野菜の花実を狙う羊たちを想い起こされ、何となく懐かしい気持ちになってしまう。

 やがて何かに気付いたのか、三岳みなもは「あ!」と声を上げた。


「栄養が足りてないんですね、つまり肥料!」


 興奮気味にキラキラした目で見上げてくる。

 その様相はえらいでしょ、ほめてほめてと言わんばかりの小動物じみていて、隼人はつい頭を撫でてしまいそうになるが、グッと堪える。


「うん、その通り。野菜も分かりづらいけど、体力使うとへとへとになっちゃうからね。肥料ある? 追肥、手伝うよ」

「野菜も人と同じ様に……あ、肥料あります! ええっと……」

「直接根っこや茎に当てないようにして、円を描いて囲むように撒くといいかな」

「は、はい! んっしょ……」


 花壇としては大きいけれど、畑としては家庭菜園の域を出ない。2人で手分けすれば、肥料を撒くのはすぐに終わった。

 それでも真夏の太陽の下でのことである。

 月野瀬で炎天下での作業は慣れているものの、隼人もすっかりと汗だくになってしまい、制服がべったりと肌に張り付いてしまっていた。


「出来ました、ありがとうございます!」

「あ、あぁ……っ?!」

「その、なにか……?」

「いやその……」


 額の汗を手の甲で拭いながら彼女の方を見てみれば、隼人同様ぴったりと制服のブラウスが身体に張り付いていた。その華奢ではあるが女の子らしい曲線が浮き彫りになってしまっている。

 小柄ではあるものの、姫子妹とは比べ物にならないかつ、春希以上のボリュームのモノが目に飛び込んできてしまい、思わず顔を逸らしてしまう。

 そんな不審な隼人の行動を疑問に思ったのか、三宅みなもはまたもコテンと首を傾げた。


(……油断してた)


 いくら月野瀬の羊を連想させると言っても、三岳みなもは同い年の女の子である。

 同世代との付き合いに乏しく、また、あえてそうした部分は意識していなかった隼人であるが、無防備にもそんな姿を晒されてしまうと、さすがにドギマギしてしまう。

 更に言うと今までの彼女といえば、オシャレにも無頓着でくりくりの癖毛のまま土いじりをしているのだが、よくよく見れば愛らしい顔立ちをしている。ダイヤの原石とも言える少女でもあった。


「ぼ、帽子っ!」

「え?」

「その、麦わら帽子何か被った方が良いかなって。暑いし、熱中症とか怖いからさ」

「あ、そうですね。最近とても暑くなってきていますし」


 そんな何かを誤魔化すかのように言った隼人の言葉を、素直に忠告として受け取った三岳みなもは、これは無用心だったとシュンとしてしまった。

 隼人は言い訳がましくいっただけの台詞だったので、そんな彼女の表情に罪悪感を感じてしまう。

 そんな何とも言えない空気を醸し出している2人の間に、突如ハンドタオルが差し込まれた。


「三岳さん、帽子もそうですけど、服装もどうにかしたほうがいいかもしれませんね。男子にはちょっと目に毒な感じになってしまっていますよ?」

「は……二階堂?」

「ふぇ?」


 いつの間にか、ニコニコと三岳みなもにハンドタオルを差し出す春希が傍に来ていた。

 その視線は三岳みなもの胸元の、汗で張り付いたブラウスの下からもくっきりと浮かび上がっているレース模様へと注がれている。


「ぴ、ぴゃあぁあぁぁぁっ!!」

「あっ!」


 指摘された形になった三岳みなもは、自分の状態に気付くとみるみるうちに顔を真っ赤にしたかと思うと、春希から受け取ったハンドタオルを胸に抱いて走り去る。

 その後姿を見送ったあと、ジト目の春希が隼人に向きなおりボソリと呟く。


「……ふぅん?」

「いや、その、ちが、これはだな……っ」

「スケベ」

「そんっ……ええっと」

「…………えっち」

「……」

「……」

「…………ごめん」

「ふんっ!」


 それは、普段の春希らしからぬ言葉と態度である。

 だけど、不穏な何かを感じ取った隼人は、反射的に謝ってしまうのであった。

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