第2章 ~昔と同じノリはボクの前でだけにしてよね、もぅ!~
変わるもの
41.少し、変わった
今日も朝から夏の太陽が、これでもかと存在感をアピールしていた。
「あっつぃ……」
都会の夏は過ごしにくい。
田舎の月野瀬と違い、見渡すかぎりにアスファルトが敷かれている。風で木の葉を震わせる木々の代わりに、エアコンの生ぬるい風を送る室外機が設置された建物が乱立している。ついでに言えば、信号機は黄色で点滅していないものばかりだ。
登校中の隼人は、一歩踏み出す度に汗が噴き出して制服が肌に張り付いてしまい、不快度指数が一層上がってしまって憂鬱な気分になってしまう。
そしてなにより、隼人をやるせない気分にさせてしまうことがあった。
「よーっす、霧島」
「おはよっす、森」
「よっ、転校生」
「おはよう、霧島君」
「お、霧島だ。うーっす」
「……おはよーっす」
隼人が教室に入った瞬間、森をはじめクラスメイト達から生暖かい視線と言葉で出迎えられた。
先週、春希にイタズラ写真を見せられ勢いよくスマホを取り上げてしまって以来、どうも皆からは二階堂春希の幼馴染に、電撃的な一目惚れをしてしまったと思われているらしい。
おかげで彼らの興味は、あれほどのリアクションを見せた隼人の恋の行方に興味津々であり、微笑ましく見守られてしまっている。
(相手は妹姫子なんだけどなぁ……)
ちなみに諸悪の根源である春希は、『ひ、人のうわさも75日だよ』と震えた声を出しながら目を泳がせて言い訳していたりしていた。
そんなことを思いながら自分の席へと向かう。
「……おはよ、二階堂」
「お、おはようございます、霧島くん」
だからだろうか、春希への挨拶はぶっきらぼうになってしまっていた。そしてプイとばかりに目を逸らす。春希の顔は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべている。
しかしその態度がまた、周囲の誤解を助長させているのだが、隼人も春希も気付いていない。
そんな隼人の照れ隠しを髣髴ほうふつさせるような行動を見て、動き出す集団があった。うずうずとした様子の彼女達は、たちまち春希のもとに集まり取り囲み、小声できゃいきゃいと騒ぎ出す。そして時折チラチラと隼人の方をチラ見する。
どうやらお節介を焼くことが大好きな女子の一団のようであった。隼人の目からも春希も必死に抵抗じみたことをしているのがわかるが、目をキラキラさせて興奮した女子たちには敵わない。
やがて春希は、すまなさそうな顔でスマホをもって、隼人に向きなおった。
「あのぅ、霧島くん」
「……なんだよ」
「ええっと、彼女の事なんですけど、その、これを見てみませんか?」
「別にそういうの、いいって」
「あの、そう言わずに……ね?」
「……」
春希が彼女達に何を言われたのかはわからない。
そもそも二階堂春希の幼馴染は姫子であり、隼人の実妹である。正直、見せられても困るというのが本音だ。
だけど、申し訳なさそうにしつつも困った顔の春希を見れば、その
ふぅ、と1つ大きなため息を吐く。やれやれといった様子で画面をのぞき込めば、そこには姫子の写真ではなく、文字が踊っていた。
『何かごめんね。それから今日のお昼は彼女達と一緒にします、ちゃんと誤解も解いておくから!』
春希を見れば、苦笑いをしつつも、任せてよと言いたげに片目を瞑る。
どうやら結構責任を感じているようだった。
元々春希はいざこざを恐れ、お昼は1人でいることを貫いてきた。それを破ってまで事態の収拾を図るという意気込みも伝わってくる。
それに本人にも先日の夕食時に、アレはちょっとした悪戯心からやらかしたことであり、これほどまでの事態になるとは思っていなかったと、何度も謝られている。
(……まったく)
そう思うと隼人の目尻は自然と下がり、仕方がないなと口元も綻ぶ。
「わかったよ」
「っ! はい!」
春希も隼人の心を読み取ったのか、共に安堵した顔を見合わせる。
しかし2人の心の内とは裏腹に、それと同時に「「「きゃーっ!」」」と黄色い声が上がった。
「み゛ゃっ?!」
彼女達はいきなり春希の手を掴み、強引にどこかへと引っ張っていく。逆らうといけないオーラを存分に醸し出している。
「二階堂さん、話をしましょうか?」
「すぐだから、ちょっとだけだから!」
「あーしもこんな面白――んんっ、何か手伝えることがないかなーって」
呆気にとられながらその光景を見る隼人だが、彼女達が転校当初に比べ、随分と気安く春希に接しているのにも気付く。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……それを地で行き、更には文武両道で教師の覚えもめでたい春希は、人気があると共にどこか高嶺の花というか、皆から一歩引かれているところがあった。本人もどこか壁を作っていたので当然とも言える
そんな春希だか、雰囲気が少しだけ変わった。
こうして親しみを持たれているのがその証拠だ。
(あれは大変そうだな。やれやれ、夕飯の時にでも愚痴られそうだ)
正直隼人としては、どうしたわけか胸がモヤモヤしてしまうこともあるが、相変わらず隼人の家に来ればぐてーっと無防備な姿を晒しながら、昔と同じように接してくれる。
そう思うと、くすりと笑いが零れるのであった。
「霧島、そんなに愛しの彼女の凄いモノでも見たのか?」
「森? いや、俺は別に――」
そんな隼人の表情の変化を見た外野が、どう受け取るかは別の問題である。
たちまちそれを目ざとく見つけた森がガシッとばかりに肩を組み、春希の周囲の女子たち負けず劣らずニヤニヤした男子達が、逃さないとばかりに取り囲む。
「まぁまぁ、オレ達って交流が足りないと思わないか?」
「うんうん、確かに二階堂さんの幼馴染ってかわいい子だったもんなぁ」
「な、具体的にどこが気に入ったんだ?」
「え、いや、ちょ、俺は……っ!」
困惑する隼人や春希をよそに周囲は勝手に盛り上がっていく。
転校した当初と比べて、春希は変わった。
そしてまた、隼人を取り巻く環境も変わっていたのであった。
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