33.行ってみたかったんだ
目当てのキャリアショップは、駅から歩いてほど近い場所にあった。姫子だけじゃなく、春希も同じキャリアである。
隼人は初めて入る店に緊張しており、そして初めて触れる物、初めて聞く単語、プランなどなど、大いに戸惑ってしまう。完全にテンパってしまっている状態だった。
「あーその、春希?」
「はいはい。ええっとこれはね……」
そのいっぱいいっぱいになっている様は、春希をして
いつもアレな姿をみせている春希だが、そこは流石の優等生、隼人の求めに応じてショップ店員の言葉をかみ砕き、分かりやすく説明していく。
店に入ってから1時間と少し、隼人はすっかり春希のお世話になったものの、なんとかスマホを手にすることが出来た。
「はぁぁぁ、助かったよ、春希。1人じゃ無理だった」
「どういたしまして。で、結局ボクのと一緒でよかったの? 他にも色々あったのに」
「お揃いの方がいいだろう?」
「お、お揃っ、隼人⁉」
「だってほら、使い方で分からないことがあったら聞けるしさ」
「あ、はい。そゆこと。でもそれってひめちゃんと同じでも良かったんじゃ?」
「え。だって姫子は妹だぞ? 聞くのはなんか気まずい」
「むぅ、ボクにはよくわからない感覚だなぁ」
そんなことを言いながら、ブラブラと街を歩く。
本日の目的は隼人のスマホ選びだ。それを済ませた今、もうここに用はない。
――だけど、このまま帰るのは何かもったいない。
それが隼人と春希に共通した想いだった。
特に隼人にとっては初めて訪れる大都会である。
緑の代わりにコンクリート、野菜の無人販売所の代わりに飲み物の自動販売機、月野瀬近辺では1つしかなかった信号機と横断歩道があちらこちらに乱立していれば、その初めて見る光景がやたらと楽しくて、絶えずキョロキョロと見渡してしまう。完全にお上りさんそのものであった。
そんな周囲の景色に圧倒されていた隼人であったが、ふと隣を見てみれば、何だか歩きにくそうにしている春希に気が付いた。どうしたことかと足元を見てみれば、かかとの高い今日の為に下ろしたと思われるミュールサンダル。
「あーすまん、歩くの早かったか? それ、履きなれてないんだろ?」
「へ、ミュール? 別にそんなことないけど?」
「いやでも、歩きにくそうにしてたぞ?」
「あー……」
それを指摘され、春希は困った様な恥ずかしいような顔をする。てっきり履物が合わないものと思っていた隼人は、いぶかしげな顔を作る。
春希は一瞬ためらいを見せるも、少し背伸びをして口元を春希の耳元に近付けて、情けない声で囁いた。
「スカートの丈がですね、短いのれす」
「……は?」
それは予想外の言葉だった。
春希の姿を見てみれば、確かにいつもの制服の時よりもずっと短い。
あちらは膝頭にかかるかどうかの長すぎず短すぎず、春希の清楚さを引き出す絶妙な丈であり、
だが決して短すぎるというわけではない。制服でもこれくらいの丈の娘はよく見かけるし、それに姫子もこれくらいのものをいくつか持っている。
そんな隼人に理解というか共感を求めるように、春希が言葉を続ける。
「ええっとね、生地も薄いし頼りないし、非常に太もものあたりがすーすーします。あと風か何かの拍子で
「はぁ、大変……だな?」
春希はそんことを神妙な顔で言うけれど、隼人としてはいまいち実感できるものではない。
「ボクは悟ったね、ミニスカートは女子力矯正器具だって。もう短いの穿いてる子は、修行しているようにしか見えないよ」
「そ、そうなのか」
「そうだよ。ていうかボクだけこんな思いをするなんて不公平と思わない? 隼人も着よう? ボクの苦労をわかって!」
「やだよ、無茶を言うな。大体似合わないだろ」
「そうかなー? 隼人はひめちゃんのお兄ちゃんなんだし、絶対似合うと思うんだけど。むしろプロデュースした……はっ! 今ちょっと昨日のひめちゃんの気持ちがわかった!」
「おい、やめろわかるな、目がマジだぞ!」
「いひひ」
そんなじゃれ合うような話をしつつも、歩く速度を緩めた隼人は、あるものが無いかと周囲を探る。
しかし隼人の目には、色んな店や広告、看板がひっきりなしに飛び込んできており、ぐるぐると目を回しそうになってしまう。
「うん? 隼人、他にもどっか行きたいところあるの?」
「あぁ……だけどこうも店とか多いとな」
「はい、こういう時こそスマホの出番だよ」
「あ、そうか!」
「店の名前と街の名前を入れて検索すれば――」
「うわ、出た! すげぇ! ええっと――」
そんな無邪気に喜ぶ隼人を見て、春希は目を細めるのだった。
◇◇◇
駅からは徒歩10分ほど、街の外れの方にそれはあった。
地上5階、地下1階、総売り場面積1000坪超、国内有数の規模の百均ストアである。
「でっけぇ……」
「うわぁ、大きいとは聞いてたけど、これは想像以上だよ」
「春希も初めてなのか?」
「ん、ボクは基本家で1人の引きこもりだったからさ」
「……よし、行くぞ!」
「ちょ、隼人⁉」
隼人はそんな風に少し困った笑いを浮かべた春希を見て、それ以上は言わせないとばかりに、強引にその手を引いて店へと入る。
少し恥ずかしいだとか緊張とかもあったものの、店に足を踏み入れた瞬間、その圧倒的とも言える陳列された様々な物量に
目の前にある案内板には、食品、食器、化粧品、衛生用品にバス用品といった生活必需品から、車、園芸、玩具、パーティーグッズ、インテリアに工具など趣味やDIY用品まで多種多様なものを取り扱っているのがわかる。
「バカな……これら全てが100円で買えるだと? 一体どうなってるんだ⁉」
「あはは、ほら見て食品のところ」
「え……あー、そうか、スーパーのセール品の方が安いな」
「ふふ、そういうこと」
そんなやりとりをしつつ、隼人は興味を引くものへと吸い寄せられて行く。
これほどまでに商品が並んでいるところを見たのは初めての経験であり、むくむくと何か買わないとという使命感にもにた物欲が沸いてきてしまう。
「くっ、食器買いたい。買い換えたい。用途に応じて色々揃えたい。ああ、くそ! 全部買い換えても3000円もあれば……いやでも……」
「今使ってるのはどうするの?」
「それなー、間に合ってるし買う必要まったく無いんだよなー」
「じゃあさ、あっちの収納コーナーは?」
「え、なにこれ、こんなに色んな種類があるの⁉ ちょっと強制的に片付けしたくなってくるんだが!」
そして購買意欲を無駄に刺激されたのは、隼人だけではなかった。
「待て春希、その苔の玉は本当に必要なのか⁉」
「そんなのボクが一番わかってる! だけど、この子がおうちに連れていってって
「冷静になれ、それを買って一体何に使うんだ?! 苔テラリウムでもつくるのか⁉」
「違う、違うよ隼人、ただ買いたいから買うだけなんだ!」
「正気に戻れ、春希ーっ!」
春希もまた、様々な興味を惹くものに吸い寄せられ、財布の紐を緩みに緩めようとしていた。
ハッキリ言って、ただ浮かれてじゃれ合ってるだけの2人だった。
かつて田舎の野山で虫や野草を探していた時と同じように、それぞれが興味を持つ売り場を歩き回る。あぜ道や山道を走り回った時と同じように、エスカレーターを駆け上っては陳列棚の森を探検する。
目的があるわけじゃなく、ただただ2人で一緒に居て遊ぶ。それがとても楽しかった。
たとえ春希が女の子だったとしても、先ほど嫌というほどドキドキさせられてしまった相手だとしても、隼人にとっては掛け替えのない親友――ただ、それだけが重要なことだった。
「……結局迷い過ぎて何も買えなかった」
「あはは、昔から隼人ってそういうところあったよね。村尾のばーちゃんのとこに駄菓子買いに行って、結局決められなくてさ」
「迷った時は大体ラムネとアイスで、それが定番になってったっけ」
「そうだね、懐かしいね。あの頃は――」
どこか懐かしむような、それでいてふと切ない表情を覗かせる春希。
隼人はあまり人前に見せることの無い感情を目の当たりにし、きゅうと胸が締め付けられるのを感じる。
「はる――」
ぐきゅうぅぅ。
「――き……」
「あ、あはは、お腹空いたね」
「そう、だな。もう1時回ってる、道理で。どこかで食べてくか?」
「あ、それならボク、行きたいところがあるんだ!」
そう言って振り向いた時の春希には、いつもと同じ悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
隼人はそれが、余計に気にかかる。
都会の空を見上げれば、山ではなく無機質なビルが目に飛び込んできた。
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