29.オーバースロー!
それは花束というより、丸く花々がキュッとコンパクトに詰められており、ブーケと言ったほうがしっくりくる。
ズッキーニの雄花を中心に、花冠を編む要領で編まれたナスやトマト等の白や黄、紫の小さな花たちが周囲を賑わす。
花のことがよくわからない隼人にも、それが凄く手の込んだものだという事はわかる。そしてなにより――
「可愛らしいな」
「……えっ⁉」
「花がいっぱい集まって賑やかでさ、ははっ、野菜の花もこうして見てみれば、全然印象が違うや」
「……あ、あのその、剪定で! 切り落とした子たちも、こうすればって思いまして!」
「そっか、すごいな三岳さんは」
「っ!」
隼人は素直に感心していた。
何故、野菜の花? どうして三岳さんがここに? 色々と思うこともある。
だけど隼人にとってそんなことが吹き飛んでしまうくらい、野菜の花ブーケが生き生きしている様に見えた。それを作り出した三岳みなもを、称賛の目でまじまじと見てしまう。
「あぅぅ……」
三岳みなもは困惑していた。
ただでさえ「可愛らしい」なんて言葉を不意打ちで浴びせられた上、異性からのそんな目を向けられてしまうと、彼女の頭は真っ白になってしまい、涙ぐみながら「あぅあぅ」と鳴くだけの生き物になってしまう。
(んー、……やっぱり似てるよな)
隼人にはそれがやっぱり、月野瀬の源じぃの驚くとメェメェと鳴くだけしかできなくなる羊に似ていると感じ、喉の奥にくつくつという笑い声を噛み殺す。
自分を笑われたと思ってしまった三岳みなもは、ますます顔を真っ赤にしていき、恥ずかし気に身動ぎし――そして隼人に向かって、勢いよく何かが飛んできた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
パシっとそれを受け止めてみれば、コーラのペットボトルである。
わけがわからなかった。
一体誰がと思って周囲を見渡せば、顔をゆでだこのように紅潮させた入院着の老人が、オーバースローの投げ切ったフォームのまま、わなわなと肩を震わせている。
「き、きき、き、貴様、この小僧ーっ! ワシのみなもに何しておるかーっ!」
「おじいちゃん!」
「え……えぇっ?!」
三岳みなもの手にある野菜の花ブーケに入院着姿の老人。
その1つと1人を交互に見やった隼人は、どう言う状況なのかというのを察する。
「おい小僧、そこに直れ。みなもを泣かせおって……いったい何をした⁉ まさか……答えろ、場合によっては容赦せん!」
「いや、俺はそのっ、ちょっ……」
「待って、おじいちゃん違うのっ!」
何を勘違いしたのか老人は、歩行補助用のシンプルな杖を振り回す。
その顔は孫娘同様真っ赤に染まっており、一周回って冷静になっていた隼人は「あ、血筋かな?」などと思ってしまう。
だがその気迫と目つきの鋭さは、隼人をして猟友会の熟練ハンターよりも熾烈さを感じたじろいでしまった。事実、振り回してきた杖の太刀筋は、老人のそれと思わせないほど苛烈であった。
「よくもワシの孫娘をーっ!」
「痛っ、痛ーっ!」
「お、おじいちゃーん!」
だからこの誤解を解くのには、結構な労力を費やすことになるのだった。
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