20.1人っ子


 それから20分後。

 霧島家の食卓に、勢いよくラタトゥイユのパスタを頬張る春希の姿があった。


「うぅ、おいしい! おいしいから悔しい! 隼人なのに!」

「でしょー? おにぃが料理上手過ぎるから、あたしの料理スキルが全く上がらなくなっちゃってるの」

「わかる!」

「わかるな、春希。あと覚えろ、姫子」


 春希に話を聞けばコンビニに弁当を買いに来たということだったので、それじゃあとばかりに姫子が誘った形である。

 さすがにコンビニの前であれだけ大声を出したので、居た堪れなくなったというのもあった。

 何かしらの悪態を吐きつつも美味しそうに食べる春希を見て、隼人の口元も緩んでいく。


「おいしかった、ごちそうさま! おかわりしちゃった! これで太ったら隼人のせいだからね!」

「おにぃの料理ってさ、おいしいんだけど、ついついご飯が進むものばっか作っちゃうから……これはもう女の敵だね」

「うん、女の敵だ」

「ねー」

「ねー」

「ええぇぇ……」


 うんうんと頷きあう春希と姫子。

 最初に顔を合わせた時の緊張やよそ行き顔はどこへやら、久しぶりに会ったというのに、離れていた時間を感じさせず、長年の友人のように話が盛り上がる。


 何だかんだと言って、姫子と春希は月野瀬では数少ない同世代の子供であり、隼人の背中を追いかけて遊ぶことが多かった。

 その時の絆が、たとえ7年という時間と距離が離れていたとしても、確かに春希と姫子の間に息づいている――それが実感出来て、3人の顔は自然とあの頃のように笑顔になっていた。


「それにしてもはるちゃん、すんごい美少女になったよね。あたし最初全然気付かなかったし、びっくりしちゃったよ」

「あはは、ボクの擬態・・もなかなかのもんでしょ?」

「うん、すっかり騙された! ていうかあたしさ、はるちゃんのこと男の子だと思ってたんだよね。おにぃも昔と変わってないって言ってたし、むしろパワーアップして猿からゴリラになってたって言うし」

「んんんん~、隼人~っ⁉」

「おーっと、洗い物しないと」

「貸し、だかんね!」


 春希のジト目を受けた隼人は、ドキリとしてしまい、そそくさとキッチンへと逃げ込む。


 うやむやにしてしまっていたが、姫子と同じく隼人も、春希のことを男だと思い込んでいたのだ。なんだかバツが悪く、それを誤魔化すように食器を洗っていく。そんな隼人の後ろ姿を、春希と姫子は顔を見合わせて笑った。


「……うん」

「どうしたの、ひめちゃん?」

「やっぱりおにぃの言ってた通り、はるちゃんははるちゃんだなぁって。なんかね、上手く言えないんだけどね」

「あは、何それ。でもそっか、隼人もそう言ってたんだ……」

「そうだはるちゃん、連絡先交換しよ? あたしおにぃと違ってスマホ持ってるし。おにぃと違って」

「あ、うん、しよしよ! やっぱり持ってない隼人がおかしいよね」

「大体おにぃは昔からさぁ――」

「そうそう、隼人って――」


 春希と姫子。再会した幼馴染の少女2人、共通隼人の話題で盛り上がっていく。

 田舎と都会、空白の思い出、7年の時、話は尽きることはない。

 楽しい時間は過ぎるのが早く、笑い声と共に夜が更けていく。


「うぅ、さすがにそろそろ帰らないと……あれ、そういやおじさんとおばさんは?」

「んー、今日も遅いみたい」

「そっか。それじゃ、お邪魔しました」

「うん、連絡ちょうだいね、はるちゃん」


 時刻は午後9時を少し回ったあたり、春希はさすがに居座り過ぎたかなと腰を上げる。

 後ろ髪を引かれるのは春希だけでなく姫子も――そして、隼人も同じだった。


「――送るよ」

「隼、人?」


 突然の申し出に、春希も、そして隼人もびっくりした顔になってしまう。

 どうしてそんなことを言ってしまったかだなんて分からない。お互いポカンとした間抜けな顔を晒すことになるがしかし、姫子は感心顔になっていた。


「そうだねおにぃ、ちゃんと送ってあげなよ? はるちゃん、こんなに可愛いんだし」

「うえっ⁉ あ、あの、いいよ別にっ! ほら、走ればすぐの場所だし、ボクは別にっ」

「ええっとその、だな……うん、これはあれだ、貸しをつくる絶好のチャンスだからな」

「あっ、隼人っ!」


 隼人はそんな言い訳めいたことを言いながら、そそくさと勝手に外へ出る。春希もそれを追いかけるようにして、霧島家を後にした。


「まったく、貸しを押し付けちゃってさ、もう!」


 などと悪態を吐くものの、その顔はどこか嬉しそうだった。




◇◇◇




 大通りにあるコンビニへの道と違い、春希の家がある住宅街は人も車の通りも少ない。その分、立ち並ぶ家々からは営みの灯かりが漏れていた。きっと、どこも団欒の時間なのだろう。

 そんな道を、隼人と春希は肩先を並べて歩く。

 お互い、何だか不思議な気分だった。悪くない気分だった。


「そういやさ」

「うん?」

「ひめちゃん、可愛くなってたね」

「え、そうか? 俺にはよくわからんが」

「いいなぁ、ボクもあんな妹か弟、欲しかったなぁ」

「そんなに良いもんじゃないぞ? よく寝坊して起こさなきゃだし、態度もデカいしわがままだし、リビングのテレビは占拠して譲らないし」

「あはは、その姿が容易に想像できるところがひめちゃんらしいや」

「だろ?」

「でもね――と、着いちゃった」

「おぅ」


 何度か訪れた春希の家、ごく普通のありふれた一軒家。

 だけど灯かりが点いていないというだけで、どうしてか隼人には歪(いびつ)なものに見えてしまった。


「隼人にはひめちゃんが、ひめちゃんには隼人が居て、ちょっぴり羨ましいな」

「春希……?」


 そんなことを言いながらしかし、春希は特に何も感じない風にポケットからカギを取り出し、暗闇へと吸い込まれていく。



「ボク、1人っ子・・・・だからね」



 春希は少し寂し気に笑いながら、振り返った。

 何か言いたい――だが隼人に掛ける言葉が見つからない。


「おやすみ隼人、またね・・・!」

「あ、あぁ、またな春希」


 またね、を殊更強調してドアが閉められていく。

 なんだか釈然としない気持ちが残っている。


 隼人は別れ際にまたなと挙げた手で、そのままガリガリと頭を掻いた。

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