放っておけるかよ!
21.でも、何も言えなくて
パステルカラーの家具に可愛らしい小物類、そして床に転がる段ボール。
そんな姫子の部屋にて、朝から霧島兄妹の攻防が繰り広げられていた。
「起きろ、姫子いい加減に起きろ! 起きてくれ! もう8時過ぎてる!」
「んぅ~、冷しゃぶサラダうどん……」
「わかった、今晩作るから起きてくれ!!
「ごまだれ~」
「姫子ーっ!」
姫子は時々大寝坊をかますことがある。
そういう時は決まって隼人が起こすのだが、今日はことのほか手ごわかった。
声を掛けても揺さぶっても起きる気配が無く、布団ごと地面に叩きつけてようやく「ふぎゃあ!」と声をあげて目覚めるのだった。
それからは大慌てて準備をすませ、2人そろって弾かれたように家を飛び出す。
「うぎゃー、髪ぐちゃぐちゃーっ! お腹も空いたーっ! 朝から汗だくで最悪―っ!」
「だからっ! 俺はっ! 昨日早く寝ろとっ!」
「だってーっ!」
原因は姫子の夜更かしだった。
隼人も何度か早く寝るように促(うなが)したのだったが、深夜まで隣の部屋からスマホの通知音が途切れることはなかった。完全に姫子の自業自得である。
(くそっ、今度夕飯に生トマト入れて無理矢理食わせてやるっ!)
隼人はせめて夕食に姫子の苦手なものを出して、復讐しようと心に誓うのであった。
◇◇◇
隼人が教室に駆け込んだのは、始業ベルがなる直前だった。
「よ、霧島。寝坊か?」
「俺じゃなくて妹がな、森」
「へぇ、妹いるんだ。いくつ?」
「1こ下、中3。……で、あれは何だ?」
「うーん、説明が難しいな」
隼人と森が見つめる先には、クラスメイトが巡礼のように一人の少女を訪れるというような光景が広がっていた。
その対象になっているのは春希であり、その顔はどこか憂いの色を帯びている。そんな彼女に対し、皆が心配そうに代わるがわる声をかけているという状況だ。
「二階堂さん、大丈夫?」
「何かあったら言ってね?」
「はい、大丈夫です。昨夜なかなか寝付けなくて……」
しかし春希は静かな笑み浮かべて応えるも、その腫れぼったくなった目のせいで、どう見ても何か辛いことがあったけれど気丈に振舞う――そう見えてしまい、周囲の不安を煽ってしまっていた。
(……あいつっ!)
しかし隼人から見てみれば、どこからどう見ても姫子との深夜までのやり取りのせいにしか思えなかった。思わず眉間に手を当ててしまう。
「……ぁ」
その時、不意に春希のスマホが通知を告げる。それに気付くや否や、そわそわしながらメッセージを読み、くすくすと忍び笑いを零してみれば、それは周囲を動揺させるには十分な破壊力を秘めていた。
「昨日の夜は眠れなかった……今の嬉しそうな顔……まさか……っ!」
「待て、逆説的に考えると今まで居なかった方が不自然なんじゃないか?」
「転校生は……霧島はどこだ⁉ 奴を吊るせ! スマホが出てくれば奴が黒だ!」
特に一部の男子は殺気すら放ちながら、隼人と
「……ぁ」
そこでようやく、春希は自分の言動がいかに周囲に誤解を生みだしているかに気付く。
「(ど、どうしよう⁉)」
「(……ったく、貸し、だぞ)」
隼人は小さくコクコクと頷く春希を見て、大きく、そしてわざとらしくため息を吐き、自分の席へと向かった。
「おはよ、二階堂。随分嬉しそうにスマホ見てるけど、
「か、彼女っ⁉ いや、ちが、はやっ…………その、霧島くん……?」
「いやだってほらさ、なんか初めて出来た彼女に一喜一憂しているみたいで……待ち人、というか懐かしい人に会ったみたいでさ」
「ええっと……」
突然の話の振りに春希は面食らってしまった。そして、今まさに知りたかったかのような話題の切り込みに、周囲も固唾を飲んだ様子で春希を見守り注目を集める。
そんな春希に向かって、隼人は意味ありげに片目をつぶる。そして見つめ合うことしばし、隼人の意図を汲み取った春希は、くすりと笑ってスマホの画面を見せてきた。
「そうなんです! ほら、これです――可愛い子でしょう? 子供のころ以来に再会してその、昨夜は思い出話に花が……」
「お、おぅ、そうだな、可愛い? 子だな……?」
そこに写っていたのは、昨夜隼人の家に来た時に撮ったツーショット写真だった。あの時の姫子はコンビニ行くためと気合の入れたデート服とメイクである。写真の映りも悪くない。隼人の身内の
それは隼人の隣や後ろから画面を覗き込み、「お、可愛い」「仲良いんだね」「どこの学校の子?」と言った好意的な意見からも伺(うかが)い知れた。どうやら姫子も世間的には評価される容姿らしい。
周囲も次第に姫子に対する興味へと移っていき、いつの間にか春希に対する不穏な空気は薄れていき、やがてやってきた担任の「うるさいぞー、席につけー」という言葉と共に霧散した。
出欠を取りながら、隣の席の春希が隼人にむかって唇を動かす。
「(ありがと)」
その顔をよく見れば、笑顔であるものの目の下に隈が伺えた。昨夜の深夜までのやり取りの証である。
――っ。
何かを言おうと思った。『ばーか』、そんな悪態の1つでも吐こうかと思った。
だけど不意に昨夜の灯かりない真っ暗な春希の家を思い出して――何も言えなくなる。言えなくなってしまった。どういう訳だか、胸がモヤモヤとしてしまう。
「(……ほどほどにな)」
そっと、そう返すだけだった。
春希はバツが悪そうに、そして気恥ずかしそうに笑い返した。
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