18.ほら、ボクの言った通りでしょ?
教室に着いたのはSHRの5分前だった。
隼人も途中からは傘も差さず収穫をしていたので、それなりに濡れてしまっている。
「水も滴るいい男だな、霧島」
「うるせぇよ、森」
「で、それ何持ってんだ?」
「野菜。おすそわけ」
「何がどうしたら、そんなの貰えるんだ……」
「え、普通に貰わない?」
「ねぇよ⁉」
そんなやり取りをしながら席に着く。さほど強い雨ではなかったが、それでも制服が肩に張り付くほどに濡れており、ポタポタと髪から水滴がいくつか机に落ちる。少し気持ち悪いが、そのうち乾くだろう。
「大丈夫ですか、霧島くん?」
「え、あぁ……」
そんな隼人に、春希が心配そうに声を掛ける。
クラスのみならず校内でも心優しく人当たりが良いとされている春希のことだ。席が隣ということもあり、話しかけてくるのは
しかし彼女の目は僅かにニヤついており、まるでおもちゃを見つけた子供そのものだった。それを見逃す隼人ではない。何か仕掛けてくるんじゃないかと身構えてしまう。
「傘、持ってなかったんですか? 良かったらこれ、使ってください」
「い、いや、悪いからいい! 放って置けばすぐに乾くだろうし」
「ダメですよ、風邪ひいちゃいます」
「あ、ちょっ、はる……二階堂ッ!!」
あろうことか春希は自分のハンカチを取り出して、隼人の顔を拭き始めた。
春希は一種のアイドルじみた人気を誇る美少女である。そんな彼女が心配そうに声を掛け手ずから濡れた顔や髪を拭く。
ガタッと教室中の至る所から席を立つ音が聞こえ、中には教室を飛び出し雨の中へと突撃する男子すらいた。
(こ、こいつっ!)
その春希の口元は、してやったりとばかりにほくそ笑んでいた。完全に確信犯である。
これは堪らないと、隼人は慌ててハンカチを奪い取った。
「あ、ありがとな! ええっとこれ、洗って返すから!」
「別にそのまま返してもらっても構いませんよ?」
「っ! い、いや、そういう訳にもいかないから! な⁉」
「そうですか……ならその、スムーズに返却できるよう、スマホの連絡先、教えてください……っ」
「なっ、ちょっ、おまっ!」
かなり強引な展開だった。席が隣で明日にでも返せるとか、スマホを持っていないのを知っているだろうだとか、色々とツッコミたい部分も多々ある。
それがいつの間にやら、二階堂春樹がこの
妬み、羨望、やっかみ混じりの視線が、それはもう痛いほどに隼人の肌を刺す。目の前で
「ご、ごめん、俺スマホ持ってなくて……って、おいっ!」
「そう、ですか……ごめんなさい、いきなり私なんかが無理を言って……」
「ああ、その、違うんだ! 俺、本当にスマホ持ってなくてっ!」
それはどちらかと言えば、周囲に対する言い訳になっていた。
周囲からは「そこまでして二階堂と連絡先交換したくないって……」「二階堂さん可哀想……」といった囁き声ばかりだ。
どれだけ隼人が持っていないと主張しても、そんなはずが無いという目で見ており――それが余計に彼ら、特に男子の感情を刺激した。
「霧島、ちょっと話をしようか」
「転校して日が浅いからさ、お互いまだまだ知らないことだらけのようだな」
「なぁに、簡単な質問に答えてくれるだけでいいんだ」
「待ってくれ俺は……って、森! 裏切ったな!」
「ははっ」
隼人は彼らに連行され、たっぷりと
そんな隼人の姿を、春希はちょっとすっきりとした面持ちで、小さな舌先を出して見つめていた。
◇◇◇
その日の放課後は、すぐさま春希の家に連行されていた。
「ほら、ボクの言った通り、スマホ持っていない隼人の方がおかしいんだよ――っと、そこ!」
「うん、よくわかった。大変な目にあった。それと春希が人気だっていうのも――よっと!」
「へへーん、そりゃあボクも? 努力していますから……って、あぁ、HPが!」
「突っ込み過ぎだ、回復……って俺、MPねぇわ」
「あぁーっ!」
ちなみに新作アクションRPGをしたいからという理由である。RPGを2人でするのはどうかなと思うが、春希は隼人と一緒の時だけ進めるという心づもりらしい。
隼人達が生まれる前に発売された作品のリメイクで、春希は獣人の格闘家、隼人は傭兵の剣士を操作していた。基本、回復はもう一人のCPU任せの脳筋プレイである。
ともあれ、そんな風に強引に進めていった結果、全滅してしまった。お互い強引過ぎたかな、と笑い合う。
「ところで隼人、その野菜どうしたの?」
「貰った。三岳さんに。お礼にって……少し分けようか?」
「……ん、ボクはいいや。
「うん? そうか?」
何かが引っかかるような物言いだった。しかし春希はすぐさま、何事もなかったかのように、それよりもと話を戻す。
「そういえばさ、隼人は何でスマホ持ってないの? 家でそういう方針だとか?」
「そんなことないぞ、姫子とかバリバリ使いこなしてるし……あ、そういや姫子が会いたがってたぞ。今度うちにも来てくれよ」
「え、ひめちゃんが⁉ うん、行く行く! ……それはそうと、どうしてスマホ持ってないの?」
「うぐっ……いやその、だな……」
「じぃ~~……」
「ええっと、その、なんとなく、です」
「……はぁ⁉」
春希の素っ頓狂な声が自室に響き渡る。隼人はバツの悪そうな顔をして目を逸らす。
「こんなに便利なのに⁉ 向こうでも使ってる人結構いたんじゃないの⁉」
「あ、あぁ……畑の管理にアプリを使ったり、耕耘する動画をアップしてる人とか結構いた……というかその春希さん、笑わないで聞いてくれますか?」
「よろしい、なんですかね隼人くん? 言ってみたまえ」
「その、種類とかいっぱいあり過ぎてな……どれを選んでいいかわからなくなって、その……」
「ぷふっ……あは、あははははは!」
「笑うなよ、結構真剣に悩んでるんだぞ! くそ、貸し5くらいにしてやる!」
「ごめんごめん。なるほどね、迷い過ぎて混乱して買えなかった、と」
「悪いかよ」
タイミングが無かった。確かにそれもある。
「ふふっ、そうかぁ……それじゃ、今度の週末ボクと一緒に選びに行こうよ」
「いいのか?」
「うん、約束だよ」
「……あぁ!」
そして2人は顔を見合わせ笑いあう。
ゲームをしながら週末の約束をする。それはかつての姿と全く同じでもあった。
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