17.不意の約定
初夏の雨が通学路のアスファルトを叩く。
周囲を見渡せば、色とりどりの傘が見える。見た目に華やかなものも多い。
実用性重視の黒く地味な折り畳みを使っていた姫子は、「くっ、女子力が……ッ!」と渋い顔をしながら中学校へと向かっていった。
そんな妹の姿を見送った隼人は、田舎と違ってぬかるみや水たまりのない舗装された道路に感心しながら校門をくぐる。そして、視界の端に件の花壇を
あの日、ズッキーニ受粉をさせてから数日、当時のものがそろそろ結実している頃である。そう思うと、どんどんと花壇の様子が気になってくる。
ならばと花壇に顔を出してみれば、例のくりくりとした髪の毛が特徴的な女生徒が、雨に濡れるのを厭わず野菜の世話をしている姿が目に見えた。
「お、いい感じに生ってるな。いくつか収穫してもよさそう」
「……あっ!」
「どんな感じ?」
「はい、見てください! ズッキーニもちゃんと大きくなりましたし、
「あぁ、剪定バサミを貸してくれる? これとかもう採っちゃおう……袋か何かあればいいんだけど」
「はい、ビニール袋があります!」
ズッキーニの他にも、いくつかの実が生っていた。中には熟れ過ぎてしまっているのもある。きっと、どのタイミングで収穫していいか分からず、機を逃してしまったのだろう。
借り受けた剪定バサミを片手に、それぞれどのくらいが適切な時期なのかを説明しながら刈り取っていく。隼人にとっては慣れ親しんだ作業であるが、彼女にとっては初めてのことであるようで、その顔はえらく真剣だ。
花壇としては大き目だけれど、畑としては家庭菜園の域を出ないこともあって、ものの数分で収穫は終わる。それでもビニール袋には、たくさんの成果を占めることになった。
園芸部の女子生徒は、袋の中身を感慨深い目をして手にしている。
初めて育てた結晶なのだ、感動も
「あ、その、半分! この半分、受け取ってくれませんか?」
「え、いいのか? 俺としてはありがたいけど」
「この子達を収穫できたのは、あなたのお陰ですから」
「別に大したことは……でも、ありがとうな」
「はいっ!」
彼女はとても良い笑顔で返事をした。
喜びがにじみ出ている様子を見ていると、隼人もつられてなんだか嬉しくなってしまう。
彼女はせっせと予備のビニール袋に野菜を分けて詰め終えると、一つ大きく深呼吸。
そして、どこか緊張気味に、必死な様相で見上げてきた。
「あ、あのっ!」
「な、何だ⁉」
隼人は同世代の女子の知り合いなぞほぼいない。いなかった。
だから、こんな風にもじもじしながら、身長の差もあって上目遣いで見上げられたら、ドキドキするなという方が難しい。向けられる真剣な眼差しから目を離せない。
「あ、アドレスとかIDとか教えてくれませんか⁉ そ、その、他に相談できる人が居ないっていうか、色々聞きたいことがあって……い、いきなり私なんかにそんなことを言われても困ると思いますけど、良かったら……め、迷惑になるような事はしませんから、その……」
「…………ぁ」
それは随分と早口だった。
真っ赤な顔に真剣な表情、取り出したスマホは手が赤くなるほど握りしめられている。どれだけ必死で願っているかは、胸が痛くなるほどわかってしまう。きっと、彼女なりの一大決心だったに違いない。
だけど、隼人は彼女に対する返事は1つしか持ち合わせていない。
「その……………………ごめん」
「そう、ですか……」
「いや、違うんだ! 嫌だとかそういうんじゃないんだ!」
「ふぇ?」
「俺、スマホ持ってないんだ……その、電波もロクに届かない田舎からの転校生でえぇっと……」
今度は必至に隼人が言い訳をする番だった。
身振り手振りを加えて、持っていないからしょうがないんだということを、一心不乱にアピールする。
そんな隼人の気持ちが伝わったのか、最初は呆気に取られていた彼女であったが、次第にくすくすと忍び笑いを零していく。気まずさを感じた隼人はがりがりと頭を掻く。
「私、C組の
「俺はA組の霧島隼人。スマホ買ったら教えに行くよ」
「はい、待ってます。
「――っ、あ、あぁ……うん、
想いもかけない単語の登場に、ドキリとしてしまう。
隼人にとって
脳裏に春希の顔が過ぎってしまう。
しかし、ここで異を唱えるのも不自然だった。ただ、今度連絡先を交換しようというだけのことなのだ。
大した意味はない――隼人は自分にそう言い聞かせるようにして、野菜を受け取った。
「ではまた」
「あぁ……」
6月の終わり、初夏の雨、花壇に咲く野菜の花が証人となって、不意の誓いが交わされたのだった。
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