一人っ子

15.隼人のアホ――ッ!!


 ある日の放課後、最寄りのスーパー。

 そこで隼人は最近聞きなれつつある、鈴を振るような声を聞いた。


「あ」

「……よ、よぅ」


 口から洩れるのは、バツの悪そうな返事。

 それもそのはず、隼人は見られたくない姿を晒していた。

 文具や玩具を扱うコーナーの一画で腰をかがめ、一心不乱に物色している姿である。


「……食玩?」

「いやその、これはだな……」


 それはもう、じっくりと吟味している姿だった。

 1つ1つを手に取って目当てのモノがあるかどうか振ってみたり、箱の上から何かわからないかと指で押してみたりと、どこからどう見てもガチの姿である。

 そして、こんな面白いものを見逃す春希でもない。彼女の目は面白いおもちゃを見つけた子供のようにいい笑顔を作る。慌てるのは隼人だった。


「こ、こんなとこで奇遇だな! 学校の外で出くわすなんて変な感じというか、制服姿ってことは学校帰りか?」

「ふぅん、恐竜の化石と鉱物の原石ね……そういや隼人って変わった石とか集めるの好きだったっけ」

「そ、そうだ、買い物が途中だった! いやぁ、早く買って帰らないとな!」

「ボク、昭和の駄菓子屋シリーズでジオラマ作ったよ」

「……………………マジ?」

「うん、マジ。これ見て」


 そう言って春希はスマホの画面を見せつける。

 木造の掘立小屋みたいな小さな店にコーラの看板が掲げられ、それらしい駄菓子だけではなく、自販機、ガチャガチャ、アイスクリーム冷凍庫に虫取り網までが置かれている。

 まさにザ・昭和レトロといった感じの駄菓子屋の画がそこにあった。


「って、これ村尾のばーちゃんの店じゃん!」

「そそ、思い出しながら作ったんだよね」

「凄いな、地面とか木とかまで……いったいどうやって?」

「百均。板に石粉ねんどにカラーパウダーといった材料からボンドにテープや筆といった道具まで全部揃うよ」

「すげぇ、百均! 本当にあるのか、都市伝説じゃなかったんだ!」

「駅前のビルにも……って驚くのそっち⁉」

「いやその……うん、でも本当に食玩でこういうの作れるんだ……」

「苦労したよ~アイスクリーム冷凍庫が欲しいのにさ、ひたすらベンチばかりが溜まっていって……うふふ……確率って何だろうってどれだけ考えたことか……」

「あのその、春希、さん……?」


 春希の目からサァーとハイライトが消えていき、うつろな表情になる。しかし口元は笑っている。明らかに尋常じゃない様子だった。

 隼人は本能的に、沼に引きずり込まれる自分を幻視した。背筋に薄ら寒いものを感じる。そしてそっと食玩を棚に戻す。


「どうしたの、買わないの? この田舎の祭り・屋台シリーズとかすごくそそられない?」

「よ、よーし、買い物! 買い物に戻ろうな、春希! な!」

「ああっ、食玩~っ!」


 そして強引に沼の住人春希の背中を押して、この場から引きはがす。

 食玩は沼である。隼人は深く、心に刻んだ。




◇◇◇




 その後手早く買い物を終えた2人は店を出る。何だかいつも以上に疲れてしまっていた。


「ふぅ、危ない所だった……ボク、もう少しで新しい沼に沈みにいくところだったよ……」

「ほどほどにな……うん?」


 隼人の荷物はさほど多くない。

 今晩の筑前煮に足りない鶏肉やコンニャク、ごぼうの他には、メインに据える鮭の切り身くらいだ。小さな子供でも問題ない量である。

 一方春希は、両手が塞がれるほどに買い込んでいた。何度も荷物を持ち替えて、歩きにくそうにしている。


 だからそれは、隼人にとって当たり前の行動だった。


「ほれ、それ貸せ――って、結構重いな。そっちもな、っと」

「は、隼人⁉」

「む? 残りは自分で持てよな」

「え、あ……うん」

「ってこれ、ほとんどが冷凍か。じゃあちょっと急ぐぞ」


 隼人は半ば強引に、だけど自然な感じで春希の荷物を取り上げ、家へと促す。


 春希は驚くと共にひどく困惑していた。

 今まで学校とかで荷物を持ってくれようとした人はいた。ただし、そこには必ず打算や下心が存在していた。今の隼人のように、ただただ困っているから手を差し伸べる――そんな風に接してもらった経験がない。


 事実、隼人にそんなものはなかった。

 もし月野瀬で春希のように荷物に困った人を見過ごせば、たちまち村中で後ろ指さされるようなネタを提供することうけあいだ。田舎の恐ろしいところだ。ただの身に染みた習慣なだけである。


 しかし春希にとってはそうでない。

 初めての経験に胸は驚きと喜び、戸惑いと疑問でない交ぜになってしまい、どうしたって隼人を意識させられてしまった。


「なぁ、いつもこんなに買ってるのか?」

「え、あの、うん。一度に大量買い置き派」

「そっか」

「うん……」

「……」

「……」


 しかしそこで会話が終わってしまう。

 無言のまま昔と同じように肩を並べる。頭1つ分差が出来てしまっている、そんな隼人の顔を、時折チラチラ見てしまう。

 しかし隼人は春希に気にも留めずに歩くだけ。いつもと変わらない横顔が、なんだか憎らしくすらあった。


 春希は何か言いたいけれど、このままでもいいような――そんな複雑な気持ちのまま夕暮れの道を行く。聞こえてくるのは互いの足音のみ。だけど妙に心地よい。


(まぁ、これも隼人だからかな)


 そして、明かりの灯らぬ自宅に到着した。

 この7年、出迎えてくれる人の居ない・・・、真っ暗な家だ。そこに隼人と一緒に帰る……なんだか不思議な気分だった。


「着いたな。どこに置けばいい?」

「カギ開けるから玄関にでも置いといてよ」

「オッケー……じゃ、俺は帰るわ」

「あ、待って!」

「うん?」

「……あーいや、その……」


 それは咄嗟とっさの言葉だった。意識しての言葉じゃなかった。

 しかしそれゆえに本音が混じったものになってしまっており、それが酷く春希を動揺させる。


「番号! そうだ、スマホの番号とかID教えてよ! よく考えたらボクたちまだ連絡先交換してなかったよね!」

「あーその……ごめん」

「…………ぇ」


 その動揺を隠すようにくし立てたものの、返ってきた言葉によって頭が真っ白になってしまった。


 まさか断られるとは思ってもいなかった。頭が状況を理解することを拒否し始め、心の奥に閉じ込めていた孤独が顔を出す。心臓が、張り裂けそうに軋みあげる。

 何か大事な何かが抜け落ちていくかのような錯覚さえあって、だから――


「俺、実はスマホ持ってないんだ……」

「隼人のアホ―――ッ!!」


 その安堵に変化した叫び声は、ひと際大きなものになるのだった。

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