14.苦手だ
引っ越してきて以来、色々と慣れぬことに戸惑うことが多い隼人であるが、どうやら世の中にはいつまで経っても慣れないというものがあるらしい。
(あれは……)
その日の放課後、春希はきゃいきゃいと騒ぐ女子のグループに捕まっていた。
「ねね、今ドラマでやってる十年の孤独、見てる?」
「見てる見てる! 女優の田倉真央ってうちらの親世代って信じられないよね」
「どう見てもお姉さんって感じで……そういやさ、近くで撮影してるんだっけ?」
「うそーっ⁉ あ、そういえばうちのクラスの鶴見さんがD組の金宮くんにドラマ撮影どうこう言いながら誘ってた気がする!」
「ちょっとまって! あの2人最近仲良かったけど、そういうこと⁉」
「うひゃー、これはこれは。ね、二階堂さんはどう思う?」
「あのその、私は……」
どうやら話題のドラマの話からどこそこの誰との関係が怪しいなどといった恋バナの話に巻き込まれているようだ。
それだけならさして珍しい話というわけではないのだが、どうにも春希の様子がおかしい。いつものように静かな笑みを浮かべて
隼人は、春希ってあの手の話が苦手そうだなと、くつくつと喉を鳴らしながら観察する。
そんな
何が春希をそうさせているのかはわからない。しかし気付いた以上、は無視することも出来ない。
「二階堂、ほら廊下、何か呼ばれているぞ」
「……え?」
「よほど慌ててたのか、
「……あ、はい! そうですね!」
そう言って隼人が意味ありげに片目を瞑れば、色々察した春希は慌てて荷物を纏めて席を立つ。
「すいません、用事が出来ましたのでこれで!」
二階堂春希は優等生だ。誰かに何かを頼まれることは珍しいことではない。
事実、春希の周囲を囲んでいた女子達も別段気にすることなく「じゃあね~」「頑張って~」と言った声を掛けて見送っている。それらを見て隼人も席を立ち、旧校舎資料置場にある一室、秘密基地へと向かっていった。
◇◇◇
「助かったよ、隼人」
「別に」
隼人が少し遅れて顔を出せば、壁際でぐったりとした様子で膝を抱える春希の姿が出迎えた。どうやら正しく隼人の意図をくみ取ってくれたらしい。
春希はぺしぺしと自分の隣の床を叩く。確かに手伝いという体で抜け出してきたのだ、すぐさま帰るわけにもいかないだろう。
隼人はこのまま春希を1人にするのも気が引けることもあり、隣に座る。それを抜きにしても、どこか弱ったような顔を見せる春希を放っておける筈もない。
そして隼人が座ると同時に、春希はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
「はぁ、どうして女子ってこう、誰が惚れた腫れたとかいう話が好きなんだろうね……」
「そりゃ、女子だからじゃないのか? 姫子もそういう番組に噛(かじ)り付いてるし」
「あはは、ひめちゃんもかぁ。ボクとしてはどの男優と女優の相性よりもどのキャラと機体の相性とかの話の方が好きだし、どの組の誰と誰の関係が怪しいとかよりも、あのゲームプロデューサーが新規で人員募集していたり開発班が移動して動きが怪しいといった話の方が好き、なんだけど……」
「……なんだけど? そういう話が好きそうなやつもいるんじゃないのか?」
「あはは、そういうの好きなのって大抵男子でしょ? そのね、中学のころ変な勘違いさせちゃったというか、その……」
「……ぶふっ!」
「は、隼人ーっ⁉ もう、他人事だと思って! それ以来、話しかける相手にも気を遣うようになったんだからね!」
「ごめ、いて、って背中叩き過ぎ! ……そうか、モテる二階堂さんも大変なんだな」
「……そうだよ、大変だよ」
春希は抱えた膝に顔を埋め、その声色に影を落とす。
あまりに真剣実を帯びたその呟きに、隼人は
そして春希はいっそ
「ボクは恋バナが苦手だ」
「……」
誰に聞かせるというわけでもなく独り言ちる。
それは今の春希を形作っているものの感情の発露だった。それでいてどこか寂しそうにしている顔を見せられれば、隼人はこの親友に何かを言わねばという想いが
『そうか』、という一言で聞き流すことも出来た。
しかし隼人にとってその迷子にも似た顔は、かつての――のときの姫子と重なってしまい、気付けば半ば衝動的に春希の頭に手を乗せ乱暴にかき混ぜてしまっていた。
「ぅわっぷ! 隼人、いきなり何すんのさ⁉」
「……あーすまん。姫子ならいつもこれで誤魔化されてくれるから、つい」
「もぅ、頭ぐちゃぐちゃ! この髪セットするのって、すっごく手間なんだからね!」
「悪かったって」
「…………ぁ」
春希の抗議を受けて隼人は慌てて手を離した。だというのに、それと同時に春希は甘えるような切ない声を漏らし、隼人を見上げてくる。
「……ぼ、ボクはひめちゃんと違うんだからね。誤魔化されてあげないんだから……」
「っ、と言われてもな……」
隼人は自然と上目遣いになった春希と見つめ合う形となってしまった。
その体勢は春希が意図したものではなく、7年の間にできてしまった男女の差というべきものによる偶然の産物である。しかし隼人はその潤んだ瞳に吸い寄せられるように魅入ってしまう。
至近距離で見せられる幼いころの面影を残した大きな瞳、ぷっくりとした唇から漏れる息遣い、幼馴染という贔屓目(ひいきめ)を差し引いても整っていると分からせられる顔立ちにドキリとしてしまう。
慌てて目を逸らすも、目端には自分と違って触れれば壊れてしまいそうになるか細い肩と、女子特有の平均よりかは少し控えめな膨らみが自己主張している。
それらが嫌でも隼人に春希が異性なのだということを、強制的に意識させられていく。
思わずごくりと喉が鳴る。
(あれ、もしかして春希って可愛いのか……?)
春希と視線が絡み合う。隼人は自分でも不埒なことと理解しつつも、一度離した手が伸びていった――時のことだった。
「一体こんなところに何があるって言うんだ?」
「あの、少しばかり先輩にお願いがありまして」
「「――ッ⁉」」
窓の外から一組の男女の声が聞こえてくる。思わず隼人と春希は互いの身体を固まらせてしまう。
「ったく、今度は何を貸してほしいんだ? この間の漫画の続きは最新刊だから無理だぞ。お金と言われても金欠だし……あ、貸しっぱなしだったソフト返――」
「せ、先輩の人生をこれからずっと貸してください……っ!」
「オレの……って、んんーっ⁉」
「ん、んん……んぅ、んっ……」
「んんん……っぷは! お、おま、ちょ、いきなり何を……っ! 思いっきり歯がぶつかったというかっ!」
「す、すいませんっ! だ、だってわたし初めてでっ!」
「そ、それはオレもというかっ……」
「あ、先輩も初めてだったんだ、よかった……ていうかですね、その、好き、です……」
「……っ⁉ あ、いや、その……って、お前はいつもいきなりす、ぎ……」
「先輩……」
「……ん」
資料置場にもなっている秘密基地のある旧校舎は人気が無い。
となれば、彼らのように告白スポットとなるのも必然と言える。
「「……」」
隼人と春希は窓の外から聞こえてくる、くぐもった仲睦まじい声を聴きながら、顔を真っ赤にしながら息をひそめていた。互いにどうしていいかわからない。そのくせ外から聞こえてくる状況と自分たちを比べてしまう。
2人の間に流れる空気は、何とも気まずいものであった。
「えへっ、せーんぱいっ!」
「お、おい、歩きにくいってば!」
そして外の彼らが去っていくと同時に、隼人と春希は弾かれたように身を離し、そして互いにそっぽを向いた。
「い、いやぁ、その、アレだな、アレだったな!」
「う、うん、そうだね、アレだね、アレ!」
彼らが作り出した空気のお陰で、どうしてもそわそわしてしまい落ち着かない。
2人して無意味だと分かっていても、自分のカバンの中身をひっくり返しては丁寧に詰めるというよくわからない作業を繰り返す。
そして幾分か時間が過ぎ少し落ち着いたころ、春希はしみじみと呟くのだった。
「……ボク、やっぱり恋バナは苦手だ」
「……奇遇だな、俺もだ」
お互い顔を見合わせ、苦笑し合うのだった。
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