9.おいっ!?
ついでとばかりに、春希と共に花壇から教室へと向かう。
いい時間になっていた。昇降口は遠く、かつてのように肩先を並べて早足気味に急ぐ。
そんな中、隼人はふと春希の視線を感じてしまい、横を見る。
「うん、何だ?」
「べっつにぃ~? どうしてボクの方が見上げなきゃ、だなんて思ってないよ~?」
「……子供か!」
「ぷいっ」
つーんとそっぽを向き、「昔はボクの方が背が高かったのに」と
その
昔も今も変わらぬ幼馴染。同じ過去と思い出を共有した仲。
しかし教室に足を踏み入れれば、たちまちただの冴えない転校生と優等生の高嶺の花へと変化してしまう。
「あ、二階堂さんだ」
「よし、ここは二階堂に聞いてみよう。英語の課題なんだけどさ、この訳だけど……」
「すまん、こっちもついでに教えてくれ」
「あーしも!」
「えぇっと、
猫を被りなおした春希は、男女を問わずあっという間に囲まれた。一瞬にして隣の席の人口が過密する。
どうやら彼らは昨日出た課題の件で、春希に聞きたいことがあるようだった。
(そういや成績優秀なんだっけか)
昨日聞いたことを思い出す。それでも押しかけているうちの何割かは、春希と話をしたいだけが理由なんじゃないか、などと考えてしまう。
きっと春希自身も、その事はわかっているのだろう。
それでも静かに微笑み
隣の席ではあるのだが、田舎者で人混みの苦手な隼人は、自主的に窓際の方まで避難して、人気者の幼馴染の様子を観察することにした。
(擬態、って言ってたっけか)
そんな昨日の言葉を思い出す。隼人も最初、その擬態に騙された1人だ。
もっとも騙されたからと言って、春希にどうこう言うつもりはない。
隼人にとって春希は
擬態にも何か理由もあるのだろう。無理に聞き出す気も無い。もし必要となったら言ってくれる――そんな信頼感があった。
今はただ大変だなぁと、人に囲まれている春希の様子を眺めて苦笑いを零す。
「二階堂、凄い人気だろ? あれ、いつものことなんだぜ」
「凄いな。確かに見た目は可愛いとは思わなくもないが……ええっと?」
「そういや自己紹介まだだっけ? 森だ。
「あぁ、よろしく、森」
話しかけてきたのは、明るく脱色した髪が特徴的な、少し軽い感じのノリの男子生徒だった。昨日積極的に質問してきた1人でもある。
森はニヤニヤした顔をしながらも隼人の隣に陣取り、一緒に春希の方へと視線を移す。
「まぁ、転校したてであの輪の中へ飛び込むには敷居が高いわなぁ」
「俺は別にそういうのは……そっちこそ、あそこに行かなくていいのか?」
「高嶺の花だからね。そもそもオレ、彼女もいるし、観賞用って感じ?」
「なるほど?」
「オレ以外にもそういう奴も結構いるぜ?」
「へぇ」
教室を見渡せば、友人同士で会話に興じる者、せっせと課題を写す者、文庫本を開いて本の世界に没頭する者、色んな人が見てとれる。彼らも時々春希の方に視線を移すこともあるが、皆が皆、春希にべったり興味があるというわけではないようだ。
二階堂春希は特別な存在だ。
特別だからこそ、自分達とは住む世界がかけ離れている――そう考える人も多いのだろう。隼人自身もそう考える側の1人だ。そのハズだ。そのハズなのだ。しかしどうしてか、春希を見ていると眉にしわが寄ってしまう。
「……」
「……なるほど、うんうん、頑張れ霧島」
「は? いきなり何を?」
「まぁまぁ。わかってるって」
「いや待て、何か誤解している!」
「ははっ」
何を思ったか森は、そんな隼人を
神妙な気持ちになっていたのは否定できない。
7年という時間は想像以上に長い。互いに知らない事も多いだろう。だけど、あの時のように子供というわけじゃない。
(これは……やっぱり学校では関わらない方がいいか)
容姿端麗、文武両道。
『擬態』をしている、と言っていた。つまり、そんな
「ふぅ……」
「霧島?」
「ん、何でもない」
「そうか?」
少し寂しい気持ちもある。
だけど隼人は自分に言い聞かせるように息を吐き出し、春希の様子を見守った。
◇◇◇
そして訪れた昼休み。
それまでの間も、散々皆に囲まれる春希を目に収めてきた。
学校に於いて、隼人とは住む世界が違う。そのことを散々見せつけられた形だ。
「霧島くん、ちょっと付き合って下さい」
「はっ……二階堂、さん?」
だから一瞬、その言葉の意味がわからなかった。
隼人は困惑しつつも春希を見つめるも、その顔は先程までと同じように静かな微笑みを湛え、だけどその瞳はどこか切羽詰まった真剣実を帯びていて、無視も出来そうにない。
教室がにわかに騒めき始めた。
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