8.おしべとめしべがね――きゅぅぅ


 花壇のある場所は、校舎の裏手とは言え陽当たりの良い場所だ。人の通りも少なく、校内で植物を育てるには最適だろう。

 遠目からでもズッキーニの大輪の黄色い花が、いくつか咲いているのが確認できた。それらの前で月野瀬の源じいの羊に似た癖ッ毛の女の子が、オロオロしているのが見える。


「おはよう、どうしたんだ?」

「ぴゃあっ! ……あ、昨日の」

「花、咲いてるね。受粉は?」

「ええっと、あのその……」

「綿棒があると楽だけど」

「……無い、です」


 園芸部の女の子は、恥ずかしそうに顔を赤らめうつむいてしまう。

 どうやら調べが甘かったようだ。

 このまま何もしなければズッキーニの実は大きくならないだろう。わざわざ声を掛けながら、それじゃあと去っていくほど、隼人は薄情でもない。


「あー、根元に緑色の実の元があるのが雌花、無いのが雄花だな。んでいい?」

「ふぇ? は、はい、よろしくお願いします!」

「花弁は邪魔だから剥いちゃって……剥き出しになったおしべをこう、めしべにこすり付ける。わかるか?」

「や、やってみます! こう、かな……えっとその」

「一度に全部花粉を付けるんじゃなく、おしべ1本でめしべ2~3つくらいは出来るよ」

「は、はい!」


 隼人のアドバイスを受けて、彼女も受粉に取り掛かる。

 畑に比べれば小さいが、花壇としては結構な大きさだ。朝のショートホームルームまでの時間は残り少ない。

 少し急ぎつつも、隼人も久しぶりの農作業に心が弾む。自然と口元も緩む。


「私、野菜って勝手に出来るものだと思っていました……」

「うん?」

「おしべとめしべがくっ付いて、そうした営みがあって実が生って……あぁ、この子達も生きているんだなぁって。そして私たちはそれを食べているんですね……」

「そう、か。そうだな……うん、その通りだ」


 隼人にとって畑仕事は、身近にある生活の一部だった。

 月野瀬は農家が多く、こうした事なんてありふれていた。単なる作業の1つだと思ってしまっていた。


 だからこそ園芸部の女生徒の意見は新鮮で、思わず彼女の顔を見入ってしまう。

 隼人の視線に気付いた彼女は、やおら顔を赤くしていったかと思えば、急に立ち上がって手をバタバタとさせて慌てだした。


「あのその変なっ……変ですよね! おしべとめしべってそれってえっちぃ……はうぅぅ」

「ま、待て!」

「いやその、おしべとめしべのこれって子づく――きゅぅぅ」

「落ち着いてくれ!」


 突然の彼女の暴走に、隼人もどうしていいか分からない。

 隼人には絶対的に、同世代の女子への対応力というものが欠けていた。


「おしべめしべに赤い顔の三岳さん……いったいこれは何をやってるんですか、霧島くん・・・・

「に、二階堂さん!」

「はる……二階堂っ」


 そんな2人の状況にツッコミをいれるかのごとく、この場に春希が現れた。

 その瞳はジト目で咎めるような色を宿している。元が美少女なだけに妙な迫力があり、隼人と園芸部の女子生徒は後ずさってしまう。


「あのえとその、私……お、おはようございます、失礼しますっ!」

「……あっ」


 女子生徒はそんな空気に耐えられなくなったのか、元からいっぱいいっぱいだったことも相まって、脱兎のごとく逃げ出していった。

 後に残された隼人は、むすーっとした様子の春希と2人っきりになってしまう。


「これはだな、その……」

「ふふっ、やっぱりあの子、源さんに怒られて逃げるメェメェ達に似てるね、隼人」

「……春希?」


 どう言い訳しようかと思案していた隼人であったが、予想に反して春希の弾んだ声が返ってくる。その顔は悪戯が成功したかのような、悪ガキの顔そのものだ。


「いつから見ていた?」

「受粉の残り半分くらいから? 何してんだろうって見てたら、あの子が急に赤くなって慌てだして、これはボクが助け舟を出さなきゃと思ってさ」

「結構前からじゃねーか。見ていたのなら声を掛けてくれてもよかったのに……俺に変なこと言ったってなっているぞ、あれ」

「ボクには学校での立場とかキャラがあるからねー、しょうがないんですー」

「俺はいいのかよ」

「隼人はいいの」


 春希はくるりとスカートを翻して、楽しそうな笑顔を浮かべて言う。


「だって友達だもん」

「……なんだよ、それ」


 無茶苦茶な理屈だった。

 2人の間にクスクスという忍び笑いが流れる。


(ま、いっか)


 どうしたわけか、そう思ってしまう隼人であった。

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