5.再生都市アンガル Quest Completed

時空を超えて、アルドは再びアンガルの地を踏んでいた。

緑豊かな自分たちが生きる時代とは打って変わって、生気の薄い土地だ。

あいかわらず埃っぽい風が吹きすさび、魔素と呼ばれる澱んだ空気が息苦しささえ感じさせる。


(色々なことがあったけど、無事に輝く花を手に入れることが出来た。

あとはこれを魔獣のじいさんに届けるだけだ。

そうだ、ついでに借りたこの本も返さなきな)


アルドは一路、老いた魔獣の家を目指した。


先日老いた魔獣を寝かせた家の前に立ったアルドは、玄関のドアをノックした。

家の中から出てきたのは、キキョウだった。


「あっ、キキョウ!」

「あら、アルドじゃない」


彼女はアルドたちの長い旅の一部を共に過ごした仲間であり、老いた魔獣を寝かせたときに知らせに行こうとした相手だ。


彼女はアルドとの旅を終えてからも、ここアンガルで日々を過ごしている。


地上で暮らす魔獣たちは、さっさと空に逃げた人間たちに良い印象を持たないが、キキョウは魔獣たちにも受け入れられてすっかり集落の一員である。


粗末な生活をしているにしては艶やかな長い黒髪を後頭部の高い位置で結い、ダブルボタンのジャケットに緩いズボンの活動しやすい格好をしている。

すらりと高い上背には黒がよく映え、体の線を出す服ではないために本来の体格よりは肉付きが良く見える。


着飾るという言葉とはほど遠い姿ながら、きりりと上がった目じりと眉、すっと通った鼻筋、厚ぼったい愛嬌のある唇と、きつい印象を与える顔立ちだが、気さくな振る舞いが近寄りがたさを一掃している。

つまりは、人の目を惹くには十分の容姿だった。この滅びに向かう地上に人間が居ればの話だが。


そんな彼女が、アルドが訪ねようとしている老いた魔獣の家の中に居た。

アルドが久々の再会を喜ぶと、キキョウは声をひそめた。

「お人よしのあなたの事だからこのおじいさんを助けている最中だろうけど、今は遠慮して」

「どうしてだ?」

「おじいさん、もう限界なの。だからこうやって最後の別れをするためにみんな集まってるの」

「だったらなおさら、これを見てもらいたいんだ」

アルドは懐から、今まさに限界の老いた魔獣に見せてほしいと頼まれた輝く花を取り出した。

「なるほど、そういうことね。じゃあ入って」

キキョウは経緯を察してアルドを中に引き入れ、すぐにドアを閉めた。


アルドが家の中に入ると、近親者や近所に住む魔獣たちに囲まれて息も絶え絶えな老いた魔獣がベッドに横たわっていた。

突然やってきた人間を訝しげに見やる魔獣の面々に、キキョウがアルドを通すように囁く。そうして出来たすき間をアルドが通ると、出会った頃から打って変わって弱弱しくベッドに臥せる老いた魔獣の姿があった。


アルドにとって馴染のない青肌で顔色が悪いかどうかは分からないが、か細く早い呼吸、起き上がる力もないほど脱力しきった様子を見る限り、キキョウの言う通り限界が近いことが見て取れる。


ほとんど開かれていない目には何が映るのか……こうして別れを惜しむ人々の様子が彼自身に見えているかも怪しい。

それでも、アルドは老いた魔獣のそばにかがんで、そっと輝く花を見せた。

すると、老いた魔獣の目はこれまでになく見開いて、きらきらと光りだす。



「おお……おお……花が輝いている……これが……あの本で見た輝く花……」

「うん、ちゃんと周りの人に、これだって教えてもらったんだ」

時間旅行が前提の話をしても、この老いた魔獣に分かるわけがない。


さらに、周囲の視線がアルドに対して訝し気になった。

アルドのうかつさにキキョウは頭を抱えたが、当の話し相手である老いた魔獣は露ほども気にしていないようだった。


老いた魔獣は微笑んでその花を注視した。

もはや花に触ろうと手を動かす力はない。

「ありがとう…人間の若者よ」

「じいさんに見てもらえてよかった」

「最後に…いいものを見せてもら……え……」

アルドへ感謝の言葉を言い終わらないうちに、老いた魔獣は目を閉じ、それが最後の呼吸となった。

同時に、輝く花の光も失せた。


アルドは一瞬驚いたが、この老いた魔獣から託された本にこう記述があった。


---この花は、地上や大気より貯めこんだプリズマによって輝くと考えられる。

プリズマが豊富な場所では強く輝き、プリズマが弱い場所では輝きは弱くなることが理由だ。

現在そのような場所は見つからないが、もしプリズマがまったく無い場所にこの輝く花を置けば、花に蓄積されたプリズマの力が無くなると同時に輝きを失うだろう。---


A.D.1100年の地上はまさにプリズマが失われた場所であり、この本にある仮定が事実ということが今証明された形となった。


花の輝きが無くなる前にこのじいさんに輝く花を見せられてよかった。

アルドはひとつの命が消える痛みを感じながらも、どこか安堵する部分もあった。


老いた魔獣に覆いかぶさって泣きわめく子供、胸を痛める壮年の女性、妻らしき人は居ないようだからおそらくは既に先立たれていたのだろう。

「アルド、これ以上は」

「うん」

部外者が長居をするものではない。キキョウは言外にそうアルドに告る。

アルドは頷き、老いた魔獣の別れを惜しむ人々を尻目にこの場を去った。



アルドを待っていたのは、相変わらずの寂れた集落に充満した埃っぽい空気の流れだった。

アルドの短い黒髪と赤い羽織がふわりとたなびく。


アンガルはもともと人口が少ない集落で、しかも近所の人間が先ほどまでアルドがいた家に集まっており、で普段より行き交う人々が少ない。

ひときわ寂しいアンガルの様子を眼前に写し、アルドはぼんやりと考えていた。


(このアンガルは奇跡的に魔獣が住めるほどに大地の汚染が抑えられているが、街の外を少し歩けばもうそこは人が住めなくなった汚染区域だ。

居住が可能なアンガルでさえ、活気はない)


魔獣たちは、危険な汚染区域に資材や食料を探しに出る、その辺に生えた草を摂取したりなどの努力を重ねて暮らしているが、決して先は明るくない。


(自分に出来ることは、何もない)

アルドは痛感した。


彼らのために何かをしたいと思ったところで、そのとっかかりすら見つけられないのだ。

反転、この時代に生まれた人たち自身が、手を尽くすことが必要だとも感じている。


(それでも魔獣たちが、この汚れた大地で少しでも暮らしやすくなるようになるといいな、と願うのは勝手だろうか)


アルドはふと、命尽きた老いた魔獣の傍らに添えてきた輝く花を手に入れる過程で深く関わった魔獣の兄妹と関わったことを思い出した。


(あの時、オレが人間を憎んでたあの魔獣とあいつらにとってよりよい未来を模索しようとも、800年も経てばこんなふうに寂れた地上で、食うや食わずの生活に追われるのか……)

魔獣にも800年を生きる寿命は無いから、あの兄妹がこのような生活をするわけではない。

それでも、アルドは考えずにいられなかった。


人間が逃げ場として空の上に作った曙光都市エルジオンに居ながら地上の研究をする仲間の話を聞く限り、地上汚染は止められず、100年もしないうちにこの場所にも住めなくなる可能性が高い。


(それでも、アンガルに住む彼らや、月影の森に隠れ住む兄妹の幸せを願うのは勝手だろうか……?)

もやもやとした気持ちを抱えながら、アルドは地上に吹きすさぶ乾いた風を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輝く花を求めて @mitanimayu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ