海色心中

ルルルルルルル

第1話

女が砂浜を歩いていた。目立った石ころもない、極楽浄土のような白い砂浜だった。女の趣味は心中である。何処からか遊覧に来た、年端もいかぬ少女と契りを交わし、開かぬモーセの如く、バージンロードを練り歩く。道中少女が、静かな微笑を浮かべ、ついと命が消えていく時、女は底知れぬ幸福を覚えた。しかし、女は所詮人間である。どうにもその幸福を受け取るためには、息苦しさを感じる。出来ることなら、少女の面影がなくなる程朽ち果てるまで隣にいたい。女はそんな事を思いながら、共に海を歩いた少女達を思い、時折瞳を潤ませた。


さてここに、極楽浄土のような白い砂浜を遊覧しにきた、一人の少女がいた。麦わら帽子の似合う、小麦色に日焼けした、死に時の少女だった。少女の趣味は心中である。活発さとは裏腹な、無限の虚空を思わせる黒い瞳は、どうにも人を死に誘いやすい。既に六人の同級生が、その瞳に飲まれ、プールや川に揉まれ、静かな微笑を浮かべ、ついと命が消えている。少女はまだ愉悦と言う言葉を知らなかったが、同級生の灯火が、風に、波に攫われた時、下品にも涎を垂らし、餌を与え捨てられた駄犬が如く喜んだ。


「まぁ!」


波打ち際を歩いて数刻、二人が合間見えた。女はその瞳に身震いを一つ。アァ海豚にでもなって、この少女の亡骸の周りをグルグル踊る事が出来たなら。そう思い人間である自身を悔やんだ。少女は瞳の釣り針にかかった女を見て、やはり身震いを一つ。アァ海月にでもなって、この女の亡骸の周りをグルグル踊る事が出来たなら。そう思い、本当に自分も海で命を捨て、海月に生まれ変わろうかと考えた。

双方グルグル思考を凝らす中、飛んでいた鴎鳥は、どちらかでも藻屑になって頂けたら、啄ばみやすいのにと密かに喉を鳴らした。


「そこのお嬢さん。どちらへ?」


女は恭しく尋ねた。

「宜しければ、私お供致しましょう」と。


少女は答えた。

「なんて甘美なお誘いかしら。此処へ来たことはないし、砂浜は見飽きてしまったし、退屈していたの。」


女は泡のように微笑むと、少女の手を取り、甲に接吻すると水面に足を向けた。胸まで海原に抱かれた時、我ながら優雅な佇まいで歩いていると、双方が思っていた。今日のお相手は随分お遊びに手慣れてて、人の手を取ったのは初めてではないなと、これも双方が思った。


脳天まで波にさらわれた。二人はどちらが決めたまでもなく抱き合い、海と女と少女の境界がなくなった。海豚になれたら。海月になれたら。そんな願いは遥か過去に置いてきた。今はあなたが居れば。あなたと私がなくなれば。それを願える相手がいる。それだけが幸せで、幸せで、幸せで。あたたかさが込み上がる。あなたはどうだろう?そう思い薄ら目を開けると、ジィとこちらを覗いていた。境界がないとは思い込み、仮初めだった。でも


命がついと消えていた。乙女も既に消えていた。鴎鳥は行末に溜息を一つ。啄むのはまた今度。一鳴し、翼を高高と掲げ、何処かへ飛んで行った。砂浜は相変わらず、美しく白い。

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海色心中 ルルルルルルル @Ichiichiichi

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