第15話 決めつけは芽生えのもと
その後聞き込みした中に、
だが複数の証言を得て分かったのは、
老舗和菓子店には
冥華の母親は生徒へ自ら話しかけるタイプではない。むしろ接客以外では全く口を開かないという。だが客の会話に意外と聞き耳を立てているようだ。それで学園の情報には精通しているのだと保護者コミュニティでは有名らしい。
その母親が珍しく、店先で娘と口論しているのを目撃した生徒がいた。
曰く、体育祭の活躍次第では
母親に実際それほどの決定権があるかは定かでないが、剣呑な雰囲気で冗談には見えなかったらしい。
(
メモ帳に視線を落として
『体育祭で活躍』という条件を達成できないと踏んだ
(なんの解決にもならねえ先延ばしだ。他人の都合なんざ気にしねえクソ女。つまりはオレの同類だあ)
確信を得ながらも、一瞬なぜか脳裏に兄の顔が浮かぶ。
(ま、あいつの考えてることは分かんねえしなあ。代わりに同類の考えることなんざお見通しなんだよ。全力で邪魔させてもらうぜえ
にやりと口角を上げてスマホを取り出す。あとは物的証拠を見つけるか自白を引き出すかで脅しつけて解決だ。そう莟に連絡を入れようとして、滑らせた指を止めた。
「っと、今日は久々に部活あるっつってたなあ。オレのパシリに自主練に生徒会の手伝い、あと部活か……。頑張ってんだよなあ、あいつ」
こっちのことは明日でいいか、と十瑪岐は莟と分担した生徒会の仕事へ手を伸ばすのだった。
◇ ◆ ◇
準備運動がてら全力ダッシュ十本を済ませた莟は、ゴムチップ舗装のトラックの上でふとため息を吐いた。久々の練習なのに集中できていない自覚がある。
「はぁ……」
「今日はため息多いね。どしたの?」
莟の横で駆け足を止めて、みつ編みの少女が声をかけてくる。同じ一年生の友人だ。
「あ、
「え~珍しい。部活の時は走ることしか考えてない陸上のマグロみたいなのに」
「そんな生死はかけてないよ? そうじゃなくて、どうやったらもっととめき先輩の役に立てるかなぁって」
十瑪岐にとっての人付き合いとは、貸し借りを清算しあって続いていくものらしい。そう以前語っていたのを覚えている。つまり彼と友人関係を続けるためには彼の役に立たねばならないということではないか。
(なんだかんだでお世話になってるし、いやお世話してる気もするけどとにかくもっと役に立ちたい。そしてとめき先輩の唯一無二な親友の座をこの手に勝ち取るんです!!)
莟は内心で奮起する。
むんっと拳を握る莟に
「えっ、なにそれ。やっぱ恋?
「ちょっ、声がおっきいよ。そして誤解だよ。わたしはただ、もっととめき先輩と仲良くなりたいなって」
「ええっー! そんなの絶対恋じゃん。絶対に恋じゃん!」
「や、だから違う──」
「違わないよ。だって今より仲を進展させたいんでしょ?」
「そうだけど、そういうことでは」
「いやいや二人とも十分に仲良さげじゃん。なのに今以上のものを求めちゃうとかそんなの特別な関係になりたいってことでしょ。それすなわち恋だよ莟ちゃん」
「えぇ……そ、そうなの?」
「間違いないって! いやー、清純無垢だった莟ちゃんも色を知るお年頃なのですな」
「発言がなんかおじさんっぽいよ。……って、流されそうになったけど、これは恋じゃないって」
「なんでそう断言できるのさ。自分の本当の気持ちなんて自分でも分からないものでしょ?」
ね? と
「それは…………そうかもだけど。でもわたし、これが恋には思えないし」
スクリーンに映るもどかしさも、ラブソングに歌われる切なさも、小説に描かれる気持ちの揺れ動きでさえ、共感できた試しがない。
その気持ちが分からない。合致しない。想像で同意を示してみても、やっぱりどうしてもズレてしまう。
だから違う、と思う。
そんな莟の憂患を
「そんなのみんな通る道だって。恋かな? って思って恋かもってなったらあとはもう恋なんだよ」
「???」
「もうっ、こうなったらばんばんアピールしてどんどんアタックしてかなきゃね! 莟ちゃんって疎そうだから、徹底的に後押ししちゃうぞ~! 莟ちゃんの恋路応援隊長務めちゃう!」
由利のハイテンションに押し切られそうになる。
その背後から、背筋を震わせる冴え返りのような冷たい声が降りた。
「
焦げた肌に練習着を着たポニーテールの少女が、ゴミの擬人化を見るような侮蔑のにじむ視線で
ドッと冷や汗が噴き出す莟とは違い、
「えへ、ごめんちょっと盛り上がっちゃって。すぐ退くよ。それよりねえねえ
「…………」
意見を求められた
「……他人から決めつけられて断言されたら、本当じゃなくたってだんだんそう思えてきちゃうものでしょ。そんなの洗脳と変わんない。本人の中で答え出てないのに、周りがとやかく言うべきじゃないんじゃない」
「あそっか確かにそうだ。ごめんね莟ちゃん。テンションぶち上がっちゃって」
「ううん、親身になってくれてたの分かるし。……
睨みつけてくる
「
言いたかった罵倒を何重にもオブラートで包みましたという顔で吐き捨て、
見送った
「いやぁ、相変わらずピリピリしてるね
「うん……」
(『本当じゃなくたってだんだんそう思えてきちゃう』か……。そういうあやふやなものなんだ。でもこれっていう『正解』がないのなら、みんなは自分の気持ちをどうやって恋って確信してるんだろ。どうして正解のないものなのに、みんなおんなじとこにたどり着いて同じことで盛り上がれるの? うーん?)
そんな考え事が頭の中をぐるぐる回っていたからだ。
(恩人さんへのあの時の感情が恋だったかすら、わたしにはまだ分からないのに……。少なくとも、とめき先輩への気持ちとあの時の感覚は、たぶん別物のはず。でもこの気持ちも思いこめば恋になって、でも恋ではなく、ええっと……。とにかく、恋って感情を知りたいってずっと思ってきたけど、恋に近づくことだけが恋を知る方法じゃない……のかも? んん? 何言ってるんだわたし?)
自分で考えてさらに訳が分からなくなりながらそれでも思考を止められないのは、それほど焦がれているからに違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます