第16話 致命的な相違点
ついに金曜日を迎えた放課後。どこもホームルームを終え、教室の活気は遠い。前回はすぐ来たはずのお迎えは未だ現れず、莟は
机に突っ伏していた冥華がのそりと顔を上げる。
「……来ない」
「ですね。
質問に
「……仕方ない。こっちから行く。どうせまた決められなくなってるだけだろうから」
「?」
「ていうか、今日もメイカたちに付いてくるの」
「他団には他の人が付いてるはずですよ」
笑顔で嘘を吐く。
◇ ◆ ◇
テロ予告の犯人はおそらく
そして動機は身内との確執と推測される。
そう十瑪岐に教えられてから、莟は生徒会の手伝いの合間に
が、役立ちそうな情報は未だ引き出せていない。話を受け流すのと話を引き出すのはまた別の技術であると実感する莟であった。
そんなこんなで
「私が先にお願いしたんだから!」
「貴女が押し付けたいのはただの雑用でしょう。私は
「あははー、二人ともとりあえず一度手を放して。ちょっと肩の関節が痛い痛い痛たたたた」
なぜか
「えっ、何がどうしたんです!?」
「…………」
莟は驚きで体を強張らせたが、
「あ! 冥華ちゃんだ! どうしたの教室にまで来て。もしかして会いに来てくれた?」
「どうしたじゃない。いい加減に時計見るクセつけて。今度は何をもめてるの」
言いながら両腕にとりつく先輩たちを引っぺがす。それに対する三年生の反応は両極端だった。
「げっ
「あっ、
顔を引きつらせる者と輝かせる者。それを見て冥華は
「……
「
「……この人たちの表情でなんとなく把握した。まず
「そっ、それは……えっとぉ……」
「はい、
「大事なお守りなの。一人じゃ探しきれなくて。教室に戻って来た人の中で私のお守り見たことあるのが
説明する間も視線が窓の外へ引き寄せられている。
「雨も降りそうだし、急いだほうがいいかもね。場所の見当はついてます?」
「うん。そこの窓からだから、そう遠くには落ちてないはず」
廊下から事態を見守る莟は、
「行くよ
「あれ、
「そろそろ融通を利かせること覚えて。優先順位くらい自分で付けれるようになりなさいよ」
「えへへ、ごめんね
◇ ◆ ◇
靴に履き替えお守りを探す。お守りといっても布の入れ物ではなく、狛犬の小さなマスコットらしい。
雑木林をそれぞれ手分けして掻き分ける。莟はなんとなく観察対象の
「もうこんなに時間経ってたんだね。冥華ちゃんを待たせちゃってたなんて。反省だな」
独り言の大きい少女である。莟は真横に
「二人のお願い、どうして断らなかったんですか?」
少なくとも片方は一蹴してしまってよかったように思うが。単純な質問のはずなのに返事がない。不審に思って隣を見ると、
「断らない理由なんて、そんなこと初めて訊かれた」
それこそ独り言みたいに呟いて、すぐ持ち前の明るい表情に戻った。
「どうしてって言われても、私って断らないからさ」
「断れない、ではなくですか」
人の頼みを断れない人間は時折いる。他人にどう思われるかと怯えて、自分に不利なことでも引き受けてしまう人が。だが
火苅は探し物の手を止めずに変わらない笑みを浮かべる。
「だって、そうしないとみんな
「それって……」
言いようもないざわめきが胸をよぎって、莟は後ずさった。二の句を継げずに会話から離れてしまう。
自分の臓腑を這っていった気持ち悪さを的確に表す言葉が思いつかない。ただ今まで火苅に抱いていた印象が、じわじわ何かに侵食されて姿形を変えていく感覚だけが確かにあった。
「ちょっとそこの一年生、ちゃんと探して」
「あっ、はい!」
移動したために、奥のほうの
枝の隙間から光が差して、そのまつ毛が濡れているのが遠くからでも分かってしまった。見ているほうの胸にも痛みが走る。少しでも力になろうといっそう探す手を速めると、いつの間にか
莟は自分の役割を思い出し、二人の小声に耳を澄ませた。
「これから一か月、一日一回五分以上は
「なんで?」
「抑止力。どうせ
「そっか。よく分からないけど冥華ちゃんの言うことなら、私やるよ」
機械的な返事に、また莟の背筋に冷たいものが走った。火苅の言葉には何か致命的なズレを感じる。
莟はその正体にようやく思い至った。自分が友人と話しているとき、恋愛の話題になったときのあの感覚。周りに置いて行かれて追いつこうとして、余計に道を外れてしまう、あの時のちっぽけな絶望感。まるであれを外から見せられているようだ。
なぜ
逆に言えばズレを認識しない人種は、
それに認知しているのはむしろ、
(とめき先輩、これ、わたしの手には余ります……)
正直もう関わりたくないとすら思ってしまう。手早くお守りを見つけて逃げてしまおう。そう無心で地面を探っていて、その声に気づくのが遅れた。
「──っと、ちょっと
気づけば後ろから手首を掴まれてバンザイさせられている。何が起きたか分からず拘束されたまま振り返る。そこには猫を捕まえたみたいなポーズの
「……その草、触るとかぶれるから。気を付けて」
「あ、ありがとうございます……」
名前を呼ばれたことに茫然としたまま礼を口にする。
「
「はーい。お任せ。はいチーズ」
「メイカじゃなくてイラクサを撮って。なんでローアングルしてるの」
「だって照れてる
「この草が残しとくと危ないって言ってんの。その耳はただの空洞なの? 反響音は変質するの?」
そこへ数人の生徒が固まってやって来た。
「おぉい、手伝いに来たよ~」
先頭の男子生徒が手を振っている。
「あ、もしかして黄団のみんな?
「トップ二人が練習に遅れるんだから当然でしょ。大勢巻き込んだほうが安心だし」
「さっすが冥華ちゃん。私そんなの思いつかなかったよ」
「…………ふんっ」
鼻を鳴らして冥華は落ち葉を掻き分ける作業に戻る。
遠目に見ていた莟は、二人の様子を見ていて思ったことがあった。
(あれ? この人たちもしかして、第一印象と逆だったりする……?)
二人のことはまだ詳しく知らないが、それは間違っていないような気がした。
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